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第3話 初戦闘


 お試しでPTを組むことにしたユークたち三人は、《賢者の塔》の第五階層を探索していた。


 この階層に出現するのはゴブリン。彼らの実力からすれば圧倒的に格下の敵ではあるが、連携の確認と技量の調整を兼ねて、まずは低層で息を合わせることにしたのだ。


「《リーンフォース》!」


 ユークが魔法の発動を宣言すると、その身体を中心に光が揺らめき、魔法陣が足元に広がっていく。


 淡い青白い光が波紋(はもん)のように地面を()い、仲間たちを包み込むと、まるで祝福を受けたかのように全身がほのかに輝いた。彼のスキル、リーンフォースが展開されたのだ。


 これは、範囲内にいる味方の能力を強化する補助魔法であり、戦いの支えとなる力だった。


「よし、それじゃ行くよ!」


 セリスが短く気合いを入れ、駆け出した。そのままゴブリンの群れへと突っ込み、鋭い踏み込みから長槍を振るう。だが、今回は討伐が目的ではない。


 あくまで連携と技量の確認が狙いだ。セリスもそれを理解しているようで、槍の穂先(ほさき)を最小限の動きで操り、ゴブリンを牽制(けんせい)しながら(たく)みにいなしていた。


 一方、ユークは拾った小石を軽く弾き、遠くにいるゴブリンの注意を引きつけている。


「よしっ、いいぞ! こっちに来い!」


 狙いどおり、数匹のゴブリンが警戒するようにこちらへ視線を向ける。そいつらをうまくセリスの方へ誘導し、彼女の間合いへと押し込む。そうすれば、アウリンの魔法で一網打尽にできるというものだ。


(ふーん。セリスは格下相手とはいえ、あれだけの数を無傷でさばいてるのは中々優秀ね。ユークも、ちゃんと自分の役割を果たしてる。まあ、やって当然のことだけど。補助魔法をかけたら仕事終了とばかりに棒立ちになる強化術士もいるんだから、及第点(きゅうだいてん)ってところね)


 アウリンは詠唱(えいしょう)しながらも、冷静に仲間たちの動きを観察していた。短い間とはいえ、一緒に戦う以上、彼らの実力を正確に把握しておく必要がある。


「下がって!」


 詠唱を終えたアウリンの鋭い声が響き渡る。声に反応したセリスが即座に後退し魔法の効果範囲から逃れる。


「《フレイムバーン》!」


 セリスが後退した直後、烈火がゴブリンたちを包み込んだ。灼熱の炎は一瞬にして敵を焼き尽くし、あたりに焦げた臭いが立ち込める。燃え尽きた地面には、わずかに魔石だけが残されていた。


「ふぅ……よし、ひとまず完了ね」

 アウリンは小さく息を吐き、杖を下ろした。戦闘は、完璧な流れで終わった。



 戦闘終了後、ユークは慣れた手つきで魔石を回収し、背負っていたリュックに詰め込んでいく。


 そんな中、ふと視線を上げると、少し離れた場所でじっと立ち尽くしているアウリンの姿が目に入った。


 彼女は眉をひそめ、何かを考え込んでいるようだった。


「アウリン? どうかした?」

 ユークが声をかけると、アウリンはゆっくりと顔を上げ、真剣な眼差(まなざ)しで彼を見つめた。


「……今の魔法の詠唱(えいしょう)、いつもより早く終わったのよ」


「え?」

 ユークは思わず(まばた)きをする。


 アウリンは魔法の師匠から「結果には必ず理由がある」と教えられていた。その教え通り、今までも様々な事象(じしょう)論理的(ろんりてき)に考え、答えを導き出してきた。しかし、今回の詠唱(えいしょう)時間の短縮(たんしゅく)については、どう考えても理屈に合わない。


 こんなことは初めてだった。


 ユークは一瞬きょとんとしたものの、しばし考え込み、ふと何かを思い出したように手をポンと叩いた。


「もしかして、俺のスキルの影響かも」


「……えぇ!?」

 アウリンの目が大きく見開かれる。


「前に試したことがあるんだ。俺のスキル、武器を振る速度も少しだけ上がるみたいで……もしかしたら、魔法の詠唱(えいしょう)にも影響があるのかもしれない」


 ユークの表情には、どこか確信めいたものがあった。


 彼は以前、自分のスキルの可能性を探るために、さまざまな実験をしていた。


 だが、得られた結果をカルミアに報告しても「気のせいだろ」と軽く流されてしまい、それ以来、深く調べるのをやめてしまっていたのだ。


「……なるほど。確かに、それなら説明がつくわね」


 アウリンは腕を組み、納得したように頷く。威力の増加には気を配っていたが、詠唱時間の短縮という発想はなかった。だが、改めて計算し直せば、確かにその変化は理論的に説明できる。


(悪くない……どころか、とんでもない大当たりかもしれないわね。調べてみれば、もっとすごい可能性が……)


 師匠に言われて渋々訪れた 《賢者の塔》だったが、思いがけず興味をそそられる研究対象を見つけてしまった。


(……面白くなってきたじゃない)


 退屈な指示だと決めつけていたが、まさかこんな形で興味を引かれることになるとは。


 そんな彼女の脳裏に、かつての師匠との会話が蘇る。


 ――炎術士としての基礎を叩き込まれていた頃。


「アウリン、君は《賢者の塔》についてどれほど知っている?」


 部屋には二人きり。師匠の厳格な声が静寂を切り裂くように響いた。


 アウリンは気だるげに肩をすくめ、師匠の鋭い視線を感じながらも軽く返す。


「ダンジョンでしょ? 全六十階層あって、十階ごとに《番人》っていう強いモンスターがいるんだっけ?」


 適当な口調ながらも、師匠の反応を伺うように彼女は視線を向けた。


「……まあ、間違いではないかな。だけど、《賢者の塔》には他のダンジョンにはない特異な性質があるんだ」


 師匠は腕を組み、ゆっくりと語り始めた。


「この塔に出現するモンスターは、すべてが物理攻撃に対して強い耐性を持っていてね。さらに、その耐性は階層が深くなるほど強化されていくんだ。特に十階以降では、まともに物理攻撃でダメージを与えることすら困難になるだろうね」


「へえ? じゃあ、物理職の探索者は誰も挑戦しなくなるんじゃないの?」


 アウリンは興味なさげに呟く。しかし、師匠はわずかに口角(こうかく)を上げた。


「それがね、そうでもないんだ。《賢者の塔》は、この世界で数少ない、誰でも挑戦できるダンジョンだからね」


「誰でも?」


「そう。多くの国ではダンジョンは貴族や軍の管理下に置かれて、平民は門前払いになっている。だけど、このダンジョンだけは例外なんだ。政治的な事情で所有権が曖昧(あいまい)になっているせいで、誰でも挑戦できるようになっていてね。だからこそ、身分に関係なく探索者が集まって、みんな一攫千金(いっかくせんきん)を狙っているんだ」


「ふーん……。でも、物理攻撃が通らないんじゃ、戦士系の探索者たちは詰んでない?」


 アウリンの問いに、師匠は頷きながら穏やかに微笑んだ。


「だからこそ、この塔では『強化術士』の存在がほぼ必須とされている」


「強化術士? なんで?」


「普通のダンジョンなら、よほど強化の数値が高くない限り強化術士なんて見向きもされない。だけど、《賢者の塔》では違う。どんなに低ランクの強化術士でも、それなりに需要(じゅよう)があるんだよ」


「強化術士の強化なんて、何の役に立つの?」


 疑問を浮かべるアウリンに、師匠は淡々と答えた。


「強化術士のスキルを受ければ、物理職でも十分に戦えるようになる。物理耐性を持つモンスター相手でもね。だからこそ、この塔において強化術士は最も重宝される職業の一つとなっているんだ」


「へぇ~、あの強化術士がねぇ」


 アウリンは呆れたように鼻を鳴らす。


「だから、えり好みさえしなければ、どんな強化術士であろうとパーティーに入れる価値があるということになるね」


 師匠の言葉に、アウリンは少し考え込むように視線を落とした。


「ふーん……つまり、《賢者の塔》では強化術士はある意味最重要職ってわけ?」


「その通り。だけど、それゆえに強化術士の価値を理解しない者も多くてね」


「……へえ」


 その言葉を聞いた当時のアウリンは、興味なさげに肩をすくめていた。だが、今となっては違う。


 実際に《賢者の塔》を訪れ、ユークという強化術士の力を目の当たりにした今、その言葉の意味を実感している。


(師匠の言ってたこと……まんざら間違いじゃなかったってわけね)


 アウリンは口元に笑みを浮かべながら、これからの研究に思いを()せた。

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