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第28話 魔法を教えよう


《賢者の塔》十三階――。


 セリスの槍がひらめき、トロールのひざを正確に貫いた。


「やあああああぁぁ!!」


 巨体が揺らぎ、苦痛に咆哮するトロール。


「ヴォオオオオオオ!!」

 倒れかけたまま、太い腕を振り回す。しかし、その一撃はセリスにはかすりもしなかった。


「遅い!」

 身軽に跳躍ちょうやくすると、トロールの首元に槍を振り下ろす。


 次の瞬間、鋭い切っ先が深々と喉元に突き刺さり、そのまま一気に引き裂いた。


「やった!」


 巨体が地面に崩れ落ちるのを見届けると、セリスは満面の笑みを浮かべながらぴょんぴょんと飛び跳ねた。

「すごいすごい! この槍、本当に使いやすいよ!」


 アウリンが肩をすくめながらユークに目を向ける。

「セリス、完全にノッてるわね。これなら、このまま一気に進めるんじゃない?」


 ユークも興奮気味に言った。

「よし、一気に進もう!」


 この日、ユークたちはとうとう十三階を突破したのだった。




「よしっ! このままの勢いで十四階も行っちゃおうか!」


 ユークはこの調子でさらに深層へと足を踏み入れようとした――が。


「ごめん。私、ちょっと用事があって、今日はここで終わりにできないかしら?」

 アウリンが申し訳なさそうに言葉を挟んだ。


「……仕方ないな。今日はここまでにするか」

 せっかく勢いに乗っていたところだったが、ユークは諦めて肩をすくめる。


「ごめんなさいね」

 アウリンが申し訳なさそうに微笑んだ。こうして報酬を分配し、四人はギルドで解散となった。




「さて、暇になっちゃったな」

 ギルドの時計を見ると、まだ午後二時過ぎ。夕食までにはかなり時間がある。


「なあ、セリス。何かやりたいことあるか?」


 ユークの後ろをついて歩いていたセリスは、少し考えてから屈託のない笑顔を向けた。

「私はユークと一緒ならどこでもいいよ?」


 まったく参考にならない返答だった。


「じゃあ……依頼でも受けてみるか」

 そう言ってギルドの依頼掲示板に向かう。残っていたのは二つだけだった。


『子供たちに魔法を教えてほしい』

『実験を手伝ってくれ』


「……またこの依頼か。まだ残ってるんだな」

 以前に約束した『実験を手伝ってくれ』の方を受けるつもりだったが、なんとなく『子供たちに魔法を教えてほしい』の依頼書を手に取る。


 すると、そこに書かれている依頼主の名前が目に留まった。


「ん? この名前……どこかで聞いたことが……」

 一度気になってしまうと、無視できなくなるのが人の性だ。


「……まあ、別にこっちでもいいか」

 結局、ユークは『子供たちに魔法を教えてほしい』の依頼を受けることにした。


 カウンターで依頼を確認すると、依頼主は今家にいるとのこと。直接向かうことになった。


 依頼主の家があるのは、静かな住宅街だった。同じような造りの家が並んでおり、場所を探すのに手間取ったが、ようやくそれらしい家を見つける。


「ここか……」

 玄関のドアノッカーを数回叩く。しばらくすると、ドアが開き、中から現れたのは――


 短いホットパンツにへそ出しのチューブトップという、目のやり場に困るほど露出度の高い女性だった。

「はい……おや、君は……?」


 ユークは驚きつつも、依頼の用件を伝えた。

「えっと、依頼を見て来たんですけど」


「……ああ! 連絡があったやつか。まさか、君が受けてくれるとはね」


 彼女の名前はアズリア。以前、ユークがカルミアと決闘騒ぎを起こした際に世話になったギルドガードの女性だった。


「まあ、入ってくれ。悪いな、依頼料が安くて。その分他に何か考えておくから勘弁してくれ」

 そう言いながら、アズリアはユークを家の中へ案内する。


「おーい! お前たち、来てくれ!」

 アズリアが奥に向かって呼びかけると、バタバタと駆け寄る足音が聞こえ、二人の子供が姿を現した。


「挨拶するんだ。できるな?」

 アズリアが子供たちの頭を軽く叩く。


「ペクトです!」

「リマです!」


「「よろしくお願いします!!」」


 少年のペクトは金髪を短く切り、短パン姿。少女のリマは同じ金髪をツインテールにし、フリルの付いたピンクのワンピースを着ていた。


「私はそこで編み物してるから、あとはよろしく頼む」

 アズリアはそう言うと、部屋の隅にある椅子に腰かけ、編み針を手に取った。


 残されたのはユークとセリス、そして目を輝かせた二人の子供たちだった。


「なあ兄ちゃん! 魔法使いなのか!?」

「おねーちゃんも!?」

 子供特有の高いテンションで矢継ぎ早(やつぎばや)に問いかけてくる。


「い、いや。魔法を使うのは僕だけだよ。あと魔法使いっていうか……まあ、見習いみたいなもんかな」


「えー、見習いかよー!」

「ちょっとペクト! しつれーだよ!」

 不満を口にするペクトを、妹のリマが叱る。


「まあまあ、とりあえず魔法っていうものが何なのか、そこから教えようか」


 ユークは、今さらながらに大変な依頼を引き受けてしまったことを実感し始めた。


「まず、魔法っていうのは『力のある言葉』を組み合わせて使う技術なんだ」

 ユークはそう説明すると、手をかざして軽く詠唱を行った。


「≪光≫」

 途端に、彼の手のひらに小さな光が灯る。


「すごい! どうやったの!?」

 ペクトが興奮気味に声を上げた。


「これはね、『光』って言葉自体が力を持っているから、そのまま唱えればこうやって光るんだ」


 ユークはゆっくりと詠唱を続ける。すると、彼の杖の先に淡い光の文字が浮かび、やがてそれが円を描き、魔法陣を形成した。


「でも、本当の魔法はこうやって『力のある言葉』を組み合わせて魔法陣を作って使うんだ」


 ユークは杖ごと魔法陣を動かし、子供たちの目の前に持っていった。興味津々のペクトが手を伸ばしかけたところで、リマがすかさず彼の手を叩く。


「魔法陣っていうのは、力のある言葉の集まり。例えばこの魔法陣は『スパークライト』っていう魔法のものなんだよ」

 ユークは魔法陣に記された言葉を一つ一つ指で示しながら読み上げていく。


「例えばここにある言葉は『光』、『放つ』、『飛ぶ』、『震える』って描いてあるんだ。他の文字にも意味はあるんだけど今は置いておくとして、この文字はただ並べればいいわけじゃなくて、正しい並べ方をしなくちゃいけないんだよ」


「おお……」

 子供たちは息を呑むように見つめていた。


「そして、最後に魔法の名を唱えるんだ。《スパークライト》!」

 ユークが壁に向かって唱えると、魔法陣から小さな光が飛び出し、壁に当たってかすかに光り、そして消えた。


「ねえ、お兄さん……さっきの魔法陣って、順番間違えたらどうなるんですか?」

 リマが恐る恐る質問する。


「うん、魔法は失敗するか、その場で暴発するかのどっちかだね」

 しゃがんでリマと目線を合わせたユークが質問に答える。


「えっ……危なくないの?」

 ペクトが不安げな声を上げた。


「そうだね。今の『スパークライト』は光って震えるだけの魔法だから暴発しても大したことはないけど、もし爆発系の魔法だったら……最悪、指の一本くらいは無くなるかもしれない」

 ユークは脅かすように指を一本立てて見せた。


「ひえっ!」

「きゃっ!」

 二人は小さく悲鳴を上げ、身をすくめる。


「だから、安全に魔法を練習するために作られたのが、この『スパークライト』っていう魔法なんだよ」


(まあ、俺は攻撃魔法だって教わってたし、威力が低いのは使い方が悪いだけだって言われてたんだけどね……)


「でも、俺だったら『シャイニングスパーク』って名前にするな! その方がかっこいいじゃん!」

 ペクトが得意げに言う。


「じゃあ、ペクト君が使うときは『シャイニングスパーク』って名前にするといいよ」

 ユークは微笑みながら答えた。


「えっ? 魔法の名前って決まってるんじゃないんですか?」

 リマが疑問を投げかける。


「ううん。唱える魔法の名前は自分で決めるんだ。普通は魔法を作った人が決めた名前を使うんだけど、人によってはオリジナルの名前をつけてる人もいるよ」


「マジで!? じゃあ『うんこ』でもいいの?」

 ペクトが目を輝かせて言い、リマが冷たい目で彼の頭を叩いた。


「もちろん『うんこ』でもいいよ。ただ、仲間にどんな魔法なのかを伝えるために、事前に説明しておかないといけないけどね」


「すげえ! 俺、将来絶対に『うんこ』って魔法を作るぜ!」

 目を輝かせるペクトと、白けた目をするリマ。


「じゃあ最後に、『光』の詠唱を教えるから、一緒にやってみよう。これで光が灯ったら、君たちも魔法使いになれるかもしれないよ」

 ユークは穏やかな笑みを浮かべ、優しく語りかけた。


「もし使えなかったら?」

 リマは不安そうに眉を寄せ、躊躇ためらいがちに口を開いた。


「魔法使いにはなれないかな」

 その言葉に、ユークは笑みを消し、少し考えてから静かに答える。


「『力のある言葉』にはね、魔法使いによって使える言葉と使えない言葉がある。でも、『光』みたいな基本の言葉は、魔法の素質がある人なら誰でも使えるんだ」

 ユークの説明に、リマとペクトはゴクリと息をのんだ。


「だから……もしこれが使えなかったら、たぶん他の魔法も使えない可能性が高い」

 その言葉に二人の表情が固くなる。緊張が伝わってくるようだった。


 ユークはそんな二人を見て、優しく微笑んだ。


「でも安心して……っていうのは変かもしれないけど。魔法を使える人は珍しいんだ。もし使えなくても、別におかしいことじゃないから」

 その言葉に、リマが少しだけホッとした表情を見せた。


「それじゃあ、詠唱を教えるね」


 ユークはゆっくりと『光』の詠唱を唱え、二人に正確な発音とリズムを教えていく。何度か練習し、二人の声が揃ってきたところで、彼は満足そうに頷いた。


「よし、完璧だね。じゃあ、一緒にやってみよう」


 リマと少年は緊張した面持ちで、ユークの言葉を待つ。


「せーの!」

 ユークの掛け声とともに、三人の声が重なった——


「≪光≫」

「『光』!!」

「≪光≫!」


 リマとユークの手のひらに光が灯った。しかし――


「光った!」

 リマの目が輝く。しかし、隣にいたペクトは呆然と自分の手のひらを見つめていた。


「えっ、なんで……?」

 ペクトの手には、何の変化も起こらない。


 彼は諦めきれずに、何度も何度も詠唱を繰り返した。しかし、どれだけ唱えても、彼の手のひらには一切の光が灯ることはなかった。



「えっぐ……ぐす……」


「すまんな。せっかく教えにきてくれたってのに……ペクト、お兄さんにお礼は言ったのか?」


 ペクトの頭を軽く撫でながら、アズリアが優しく促す。だが、ペクトはアズリアの足に抱き着いて顔を伏せたまま、ますます大きな声で泣きじゃくる。


「うあ゛あああ!」


「……ダメか」

 アズリアは困ったようにため息をつき、手でくしゃっと自分の髪をかき乱した。


 すると、リマがユークの方を向き、ぺこりと頭を下げる。

「あの……お兄さん。魔法を教えてくれてありがとうございました」


「うん。十歳になるまでに毎日練習するといいよ。うまくいけば、いいスキルがもらえるかもしれないから」


「はいっ!」

 リマは元気よく返事をし、嬉しそうに笑った。その後ろでは、ペクトがまだアズリアの足にしがみついて泣いている。


 泣きじゃくるペクトと、申し訳なさそうな顔をしながらも嬉しさを隠し切れない様子のリマに見送られ、ユークは静かにアズリアの家を後にした。


「なんか……可哀想だったね」

 家を出てしばらく歩いたところで、セリスがぽつりと呟く。彼女は心配そうに後ろを振り返った。


「そうだね。でも、依頼の内容にも『もし二人とも魔法が使えなくても報酬は支払う』って書いてあったし、アズリアさんも最初から覚悟してたんじゃないかな」


「うん……」

 セリスは納得したような、しないような表情を浮かべる。


 最初から、二人とも魔法が使える確率なんて低いとわかっていた。それでも、いざ目の前で希望を打ち砕かれる子供を見るのは、決して気持ちのいいものではなかった。


 ユークとセリスは、どこかすっきりしない気分を抱えたまま、静かに宿への道を歩いていった。


◆◆◆


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ユーク(LV.16)

性別:男

ジョブ:強化術士

スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)

備考:一人だけでも適性があってよかった。

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セリス(LV.16)

性別:女

ジョブ:槍術士

スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)

備考:後ろでこっそり真似してみたけどやっぱり光らなかった。

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アウリン(LV.17)

性別:女

ジョブ:炎術士

スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)

備考:前々から探していたものが……

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ヴィヴィアン(LV.17)

性別:女

ジョブ:騎士

スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)

備考:アウリンの用事が何かは彼女も知らない。

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━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

アズリア(LV.??)

性別:女

ジョブ:??

スキル:??

備考:安定してるが高給取りでは無い。

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