第26話 うっわ、えぐ……
レベル上げ開始から一週間後――《賢者の塔》十一階
薄暗い迷宮の通路に、甲殻が擦れる不吉な音が響いた。
二体のソルジャーアントが、セリスの槍を巧みにかわしながら突進してくる。
「来るぞ!」
ユークが鋭く叫んだ。
「任せて!」
即座にヴィヴィアンが前に出る。構えた盾を勢いよく押し出し、先頭のソルジャーアントの突撃を真正面から受け止めた。
「はああああっ!」
力を込めて押し返し、じりじりと壁際へと追い詰めていく。
「ギギャ!?」
「そのまま潰れなさいっ!」
さらに力を込めて盾を前に突き出す。硬い甲殻が軋み、耐えきれなくなった外殻にひびが入った。
次の瞬間、バキリと鈍い音を立てて甲殻が砕け、体液が飛び散る。筋肉が裂け、圧倒的な力に押し潰されるようにして、ソルジャーアントは壁にめり込んだ。
ヴィヴィアンが盾を引くと、そこにはぴくりとも動かない死骸が残っていた。
「《アイスアロー》!」
ユークもまた、迫ってくるもう一体のソルジャーアントの関節に冷気の矢を放つ。
「ギッ!?」
氷の魔法が的確に関節を捉え、動きが鈍る。
「《フレイムアロー》!」
続けざまに炎の矢を撃ち込み、関節を爆破。ソルジャーアントの足が吹き飛んだ。
「ギャッ!」
「《フレイムアロー》!」
再び放った炎の矢が右腕を焼き飛ばす。
「ギャアアッ!」
「《フレイムアロー》!」
さらにもう一射。今度は残った足を焼き払った。
「ギィ……!」
手足を失ったソルジャーアントがもんどり打つように倒れ込む。
「ヴィヴィアンっ!」
「ええ!」
ユークが叫び、ヴィヴィアンが盾を高く掲げる。
「はぁっ!」
力強く振り下ろした盾の淵が、断頭台の刃のようにソルジャーアントの首を刎ね飛ばした。
「よしっ!」
二人は笑顔を交わし、勢いよく手を打ち合わせた。
「「イェーイ!」 」
「……あれ? もう終わってた?」
セリスが戻ってきて、戦場を見渡す。
「アンタたち……」
アウリンが呆れたようにため息をついた。
昨日、とうとう全員が目標だったレベル16に到達し、今日は十二階へ向かう前の肩慣らしとして十一階を探索していた。
一週間の戦闘を経て、ユークとヴィヴィアンの実力は飛躍的に向上していた。
「……これじゃあ、あたしがお荷物みたいじゃないの……」
アウリンが肩を落とす。
「そんなことはない」
ユークが即座に否定する。
「アウリンちゃんは前から普通に倒せてたじゃない」
ヴィヴィアンも優しく微笑んだ。
「……そ、そう?」
「もちろん!」
アウリンが少しだけ元気を取り戻したのを見て、ユークは次の行動を決めた。
「さて、そろそろ十二階へ行こう」
四人は十二階へと続く階段へと足を向けた。
《賢者の塔》十二階
「この階のモンスターはワータイガー。防御力こそソルジャーアントに劣るけど、攻撃力とスピードははるかに上よ!」
アウリンが鋭い視線を向けながら説明する。
「いたっ!」
先陣を切っていたセリスが声を上げた。その視線の先には、しなやかな筋肉を持つモンスター——虎の頭を持つワータイガーが立ちはだかっていた。
その青白い瞳がギラリと光る。まるで獲物を見つけた捕食者のような鋭い殺気を帯びていた。
「よしっ! みんな、いくぞ!」
ユークの号令とともに戦闘が始まる。
「はああぁっ!」
セリスが鋭く踏み込み、ワータイガーの懐へ飛び込む。槍が一閃し、獣の爪と火花を散らす。激しい撃ち合いの後、お互いに間合いを取る。
「《フレイムボルト》!」
ユークの詠唱とともに、炎の矢がワータイガーを襲った。しかし、獣の直感か、それとも優れた身体能力ゆえか、ワータイガーは即座に跳び退り、魔法を回避する。
だが——
「隙ありっ!」
セリスの槍が一直線に突き出された。ワータイガーが避けきれず、首を貫かれる。
「……あのタイミングで避けられるのか」
ユークが息を呑む。
「複数体で来られると厳しそうね……」
アウリンも険しい表情を浮かべた。
「とりあえず、進める所まで進んでみよう」
ユークの決断で、探索は続くこととなった。
ダンジョンの最奥にワータイガーの咆哮が響き渡る。
鋭い爪が宙を裂き、壁を深くえぐった。しかし、それを真正面から受け止めたのはヴィヴィアンだった。彼女の盾が獣の一撃を受け止め、強烈な勢いで押し返す。
「グルルル……!」
「逃がさないわ!」
逃げようとしたワータイガーを、ヴィヴィアンは容赦なく盾で壁へと追い込む。身動きを封じられた獣は、もがきながらも爪を振るうが、分厚い鎧を着た彼女には通じない。
「おお、すげえ……」
ユークが感心している間に、ワータイガーは苦しみ、もがきながら絶命して光となり、消滅した。
「うっわ、えぐ……」
ユークと連携して二体目のワータイガーを倒し終えていたアウリンが、口に手を当ててドン引きした表情を見せた。
前の階層では巨大な昆虫系モンスターが相手だったが、今回の敵は生々しい動物系モンスター。それだけに、戦闘後の光景はなかなかに壮絶だった。
「仕方がないじゃない! こうしないと倒せないんだから!」
ヴィヴィアンが可愛らしく抗議するが、その倒し方はまるで可愛くない。
「ただいまー」
そこへ、一体目のワータイガーを仕留め終えたセリスが戻ってくる。
予想以上に順調に進んだ探索。気がつけば、ユークたちは十二階の踏破を果たしていた。
「これなら……次の階もいけそうかな」
ユークは確信を持って前を見据えた。
《賢者の塔》十三階
「ここに出てくるのはトロールよ。体が大きくてタフ、それに自己回復能力まで持ってるの」
「ってことは、セリスとは相性悪そうかな?」
ユークがセリスに目を向ける。
「どうだろ? わかんない」
彼女は首をかしげながらも、既に槍を構えていた。
「っ! いたっ!」
次の瞬間、セリスが敵を発見し、迷いなく突撃する。
「はあっ!」
鋭い槍がトロールの首へ向かって一直線に伸びる。
しかし——
「浅いっ!」
トロールの分厚い皮膚を貫ききれず、傷は浅いものだった。まるで何事もなかったかのように、トロールは巨大な棍棒を振り上げる。
「ごめんっ! 無理だった!」
セリスが素早く後退し、ユークのもとへ戻る。
「仕方ない。切り替えていこう!」
ユークは冷静に指示を出した。
「来るわっ!」
トロールが咆哮しながら突進してくる。
「アウリン! あれだけの巨体なら狙わなくても当たる!」
「なるほど、そうね!」
アウリンが笑みを浮かべ、詠唱を始める。
「《フレイムボルト》!」
「《フレイムボルト》!」
ユークとアウリンの放つ炎の矢が炸裂し、トロールの体を焼き尽くしていく。
「効いてない!?」
セリスが驚く。
「いや、ダメージがないわけじゃない!」
ユークが冷静に状況を分析する。
「《フレイムボルト》!」
「《フレイムボルト》!」
連続で放たれる炎の矢が、トロールの皮膚を焦がし、肉を焼く。
トロールは呻きながら前のめりに倒れ込む。しかし——
その巨体がヴィヴィアンに届くことはなかった。
さらに撃ち込まれる炎が骨を砕くほどのダメージを蓄積し、ついには動きを止める。
最後の一撃が決定打となり、トロールはゆっくりと光となって消滅した。
「……やった!」
アウリンが満足そうに拳を握る。
「ふう、ずいぶんとタフだったな……」
ユークは軽く息をついた。
「みんな、先へ進もう」
こうして、ユークたちは十三階の探索を開始した。
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ユーク(LV.16)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:今のところ順調に進んでいる。
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セリス(LV.16)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:ついに苦手な敵が登場。
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アウリン(LV.16)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:フレイムランスは大体の敵に有効。
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ヴィヴィアン(LV.16)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:苦手を克服した女。
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