第251話 エピローグ 後編
――ユーク達が魔獣を倒した直後。
「これで……本当に終わったのよね……?」
アウリンが不安そうに呟く。
『影の塔の魔獣は完全に消滅しました。不滅なのは魔獣の本体だけのようですね』
アンが答えた。
「え? ちょっと待って! まだ《賢者の塔》に封印されてるヤツは生きてるってこと!?」
ユークが驚いた表情で聞く。
『はい。でも私たちが戦った魔獣に本体の魂の多くが流れたおかげで、あと十年ほどで魔獣の魂は尽きると思います』
アンが続ける。
「そっか……それは良かった」
ホッとするユークをよそに、アウリンとジオードは難しい顔をしていた。
「ひとつ聞きたいのだが、もし魔獣の魂が無くなれば《賢者の塔》はどうなる?」
ジオードが深刻な表情で問う。
『《賢者の塔》の多くの機能は魔獣の魂を利用しています。おそらくダンジョンとしての機能は停止するでしょう』
アンが答えた。
「……なるほど」
ジオードは目頭を押さえ、考え込んだ。
「えっと……どうかしたんですか?」
ユークが恐る恐る尋ねる。
「ユーク」
ジオードが顔を上げる。
「あっ、はい……」
慌てて姿勢を正すユーク。
「魔獣は俺が倒したことにしてくれないか?」
ジオードが申し訳なさそうに頼んだ。
「っ!」
その言葉にユークが絶句する。
「それって、ユークの功績を奪うってこと!?」
セリスが身を乗り出して敵意を向ける。
「そういうことになるな……」
ジオードが静かに答えた。
「なっ――」
「待ちなさい、セリス」
さらに言おうとするセリスを、アウリンが強い口調で止める。
「アウリン? どうして止めるの!?」
セリスがアウリンにも怒りを向けた。
重い空気が流れる中、ユークが口を開く。
「……それだけ大変なことになる、ってことですか?」
ユークがジオードをじっと見つめながら言う。
「……え?」
セリスが不思議そうにユークを見た。
「そうだ。この件はお前たちが考えている以上に複雑でな――」
ジオードが静かに話し始める。
「まず、ここのダンジョンが十年持たないことは、俺たちだけの秘密にする」
「どうしてですか!? 黙っていたら、大きな混乱が起きてしまう!」
ユークが反論する。
「この街は、周囲三つの大国との取引で成り立っている。十年で涸渇すると分かれば、いくつかの国が手を引くだろう」
ジオードが言う。
「そうなれば、この街は立ち行かなくなる。だから黙っている必要があるんだ」
言い終わると、深刻な表情で両目を閉じた。
「そんな……」
ユークは言葉を失う。
「そこでユーク殿が矢面に立てば、隠していた責任がすべてユーク殿にのしかかってしまいます。殿下はそれを案じておられるのです」
好々爺のような表情でジルバが続ける。
「魔獣を倒したのが俺であれば問題ない、俺には立場もあるからな。誰も表立って文句は言えないだろう」
ジオードの言葉に、ユークは唇を噛むしかなかった。
そのとき、光と共に転移魔法陣が起動する。
突然の事態にユークたちは警戒し、武器を構える。
しかし現れたのは、一人の少女だった。
「えっと……誰?」
ユークが皆の疑問を代表する。
『あの“ルベライト”という魔族の素体にされた女の子です。魔獣が死んだ時にその子が出現したので、転移でここに連れてきました』
アンがふらふらとしながら説明する。
「アン、どうしたの? 大丈夫!?」
ユークが慌てながら、アンをそっと受け止めた。
『ごめんなさい。力を使いすぎて……少し休ませてもらいま――』
そう言ってアンは光になって消える。
「アン! アンー!?!?」
ユークの叫びが響き渡った。
――そして現在。
ユークたちは再び霊樹を上り、霊樹の天辺にあるボス部屋まで来ていた。
「アン、着いたよ」
ユークが静かに呼びかけると、腕輪から小さな精霊が現れる。
『ごめんなさいマスター。ご迷惑をおかけしました』
アンがぺこりと頭を下げた。
「いいんだ、気にしないで」
ユークが優しく返す。
『はい。では……!』
アンが目を閉じて集中すると、霊樹から集まった光の粒がアンそっくりの小さな精霊を形作る。
「おお!」
「これが……」
テルルやアウリンが感嘆の声を上げる。
『初めまして、“私”』
アンそっくりな精霊が挨拶する。
『はい。お願いしますね、“私”』
アンも答えると、自身から光の粒を放ち、その精霊に与えた。
精霊は光を受け取りながら柔らかく輝く。
『これで《賢者の塔》の管理権限の移譲は完了です』
アンが振り返って微笑む。
「良かった、ずっと心配してたんだよ」
ユークが安堵の息をつく。
『えへへ。お騒がせしました』
アンは照れくさそうに頭をかいた。
アンは、前の霊樹の精霊から管理権限の一部を継承し、さらに影の塔の精霊から多くを奪った結果、保持できる情報量を超えてしまっていた。
そのため、負担を減らすために腕輪の中で休眠していたのだ。
本来なら霊樹の精霊へ戻れば良かったが、ユークと一緒にいたいという理由で、新たな管理精霊を生み出し、権限を委譲したのである。
『これで、これからもずっといっしょにいられますね! マスター!』
アンが嬉しそうに飛び回る。
「ああ、もちろん!」
ユークも笑った。
「よし、確認も終わったし帰るとするか」
ジオードが小さく笑って言う。
『では外へのポータルを作りますね』
新たな霊樹の精霊が手をかざすと、床に魔法陣が出現した。
「おお!」
「ありがたい!」
皆が歓声を上げる。
ポータルを使用して、ユークたちは外へと転移した。
「俺たちはギルドに戻る、お前達はどうする?」
《賢者の塔》の麓でジオードがユークたちに問いかける。
「俺たちは家に戻ります。ほとんど準備も終ってるので、そのまま街を出ようかと話していて」
ユークがジオードに説明した。
「ほう。そうか、今生の別れと言う訳ではないが、そうなるとしばらく会えなくなるな……」
ジオードが寂しそうに笑う。
(ねえ!)
(何を恥ずかしがっとるんじゃ!)
(わかってるわよ!)
そんな中、ユークの後ろに隠れるようにして、アウリンたちが小声で押し合っていた。
「…………?」
ユークが不思議そうに振り返り、仲間たちを見つめる。
「わっ! ちょっ! 押さないでって!」
すると背中を押されるように前に出たアウリンが、言いにくそうに視線を泳がせる。
「えー……こほん」
アウリンが、覚悟を決めたように大きく息を吸った。
頬は赤く染まり、その視線はジオードではなく、地面を見つめている。
「その……えっと……またね、お兄ちゃん!!」
最後の言葉は、照れと決意が入り混じった、小さな、しかしはっきりとした声だった。
アウリンが笑顔でジオードへ手を振る。
「ううう……うおおおおお……」
その瞬間、ジオードは何も言わず、両手で顔を覆った。
体は微かに震え、まるで巨大な感情に押し潰されたかのように、声にならない声を漏らしている。
「えぇっ!? どうしたのよ!?」
アウリンが慌てて身を乗り出す。ユークも心配そうにジオードに近づいた。
ジルバはただ静かに、その様子を見つめながら呟く。
「……感極まって、泣いておられるようですな」
「えぇ……」
呆れて半眼になるアウリン。
「はぁ……もういいわ、行きましょう!」
アウリンは大きくため息をはき、ジオードとは反対方向に歩き出していった。
「ジオードさん、ジルバさん、シリカさんも……ありがとうございました!」
ユークは慌てて頭を下げ、アウリンの後を追う。
「こちらこそ助かりました。道中、お気をつけて!」
ジルバが手を上げて見送った。
ユークたちが数歩進み、もう振り返らないだろうと思われた、その時。
「あ、そうだ!」
シリカが思い出したように声を上げる。
「あの女の子のことなんですが……」
ユークの脳裏に、魔獣の素体となっていた少女の姿がよみがえった。
「色々あって、私の実家でメイドとして教育することになりました」
シリカの実家は名のある大貴族だ。そこへ迎え入れられるのは、平民にとっては大きな出世だろう。
「そっか。それは良かったです!」
ユークは安堵の笑みを浮かべると、仲間たちに追いつくために走る。
こうしてユークたちは《賢者の塔》を後にし、自分たちの家へと戻った。
久しぶりに落ち着いた空気が流れ、四人はいつもの部屋で椅子やソファに腰を沈める。
温かい湯気の立つ飲み物がテーブルに並び、ようやく張りつめていた気がほどけていく。
「ふぅ……ずいぶんいろんなことがあったわね……」
アウリンはカップを両手で包み込みながら、深く息を吐いた。
「でも、この街ともお別れだと思うと寂しくなるわ~」
ヴィヴィアンはソファの背にもたれ、頬に手を当てて目を細める。
「まあ、この街におればジオード殿下の邪魔になるだけじゃからな」
テルルは椅子に足をぶらぶらさせながら、小さく肩をすくめた。
静かな家の中にも、外の騒ぎだけは伝わってきていた。
実際には、魔獣討伐に協力したとされているユークたちの家へ、連日大勢の人が押しかけてくるところだったが――ジオードがそれを全て封じてくれていたのだ。
「元々、準備は出来てたからね。あとはタイミングだけだったけど、それも今日で一区切りついたしね」
ユークは湯気を見つめながらつぶやく。
「セリスは心残りとかないの?」
アウリンが問いかけると、
「私はユークがいればそれでいい」
セリスは、包み隠さない声で答えた。
「ふふっ、あなたはいつもそれね!」
アウリンは笑い、部屋の空気がまた少し柔らかくなる。
「じゃあ、準備もできてるし……そろそろ行きましょうか」
アウリンが立ち上がると、みんなも自然と動き出した。
くつろぎの時間は短かったが、背中の力は確かに抜けていた。
そして――荷物を馬車に積み込むころには、次の旅へ踏み出す覚悟へと変わっていた。
◆◆◆
街を抜け、荒野へと馬車が進みだす。
遠ざかっていく街並みを見ながら、ユークたちはそれぞれに思いを抱いていた。
「ゴルド王国って、どんなところかな」
ユークが少し緊張した声を出す。
「良いところよ。きっとみんなも気に入ると思うわ」
アウリンはそう言うと、そっとユークの肩に寄り添った。
「ずっと謝りたかったの。これのことを黙っていてごめんなさい」
彼女は淡い光を宿した霊薬を取り出す。霊樹の精霊からもらった、魔力を底上げする特別な品だ。
「あなたに言うと、きっと心配させてしまうと思って……」
アウリンは、怒られそうな子供のようにユークをちらちらとうかがう。
ユークの手がそっと伸びると、アウリンは思わず身を縮めた。
だが――彼は優しく、彼女の頭を撫でただけだった。
「俺、アウリンが一生魔法を使えなくなるって聞いたとき、心臓が止まるかと思ったよ」
そう言ってユークは微笑むと、アウリンの手から霊薬をそっと奪い取り、そのまま馬車の窓から外へ投げた。
「あっ!」
霊薬は荒野のどこかへ消える。
「あんなもの、もう必要ない。そうだろ?」
ユークがそう告げた。
「……そうね」
アウリンの表情から力が抜け、晴れやかな笑みがこぼれる。
揺れる馬車の中、ユークはゆっくりと振り返り、遠ざかっていく《賢者の塔》を見つめた。
胸に広がるのは、名残惜しさと、新しい旅への高揚が入り混じった不思議な感覚だった。
こうして、ユークたちは次の舞台――ゴルド王国へと向かうのだった。
—Fin—
◆◆◆
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ユーク(LV.75)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
EXスキル:≪リミット・ブレイカー≫
EXスキル2:≪思考分割≫
備考:ゴルド王国に着いてからは「ハーレム野郎」としてしばしば決闘を挑まれるが、その都度、セリスが相手を完膚なきまでに叩きのめす。また、アンの特殊性を巡り王国の魔法使いとの戦いが勃発。無詠唱魔法による決闘はユークの名声を高め、やがて二つ名で呼ばれるようになる。
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セリス(LV.68)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪タクティカルサイト≫
EXスキル2:≪ブーステッドギア≫
EXスキル3:≪スキル・ラーニング≫
備考:ジルバの弟子だとバレてからはよく決闘を挑まれるようになる。倒してきた相手によって何故かファンクラブが出来るがユークと人前でイチャイチャするため、よく会員の脳を破壊している。
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アウリン(LV.75)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
EXスキル:≪イグニス・レギス・ソリス≫
EXスキル2:≪コンセントレイション≫
備考:隠された出自が明らかとなり、仲間たちと共にゴルド王国の王族が抱える権力争いという新たな渦中に巻き込まれる。
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ヴィヴィアン(LV.67)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
EXスキル:≪ドミネイトアーマー≫
EXスキル2:≪インヴィンシブルシールド≫
備考:魔獣との激戦で損傷した愛用の盾を修復するため、訪れた街で思わぬ人物やトラブルに遭遇し、またも面倒事に巻き込まれる運命にある。
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テルル(LV.70)
性別:男(女)
ジョブ:氷術士
スキル:≪アイスアロー≫(使用不能)
EXスキル:大鎌の才(大鎌の基本技術を習得する)
EXスキル2:≪ソウルイーター≫
備考:テルルの過去の姿であるヴォルフを慕っていたヤンデレ気味な弟子に、現在の居場所を嗅ぎつけられてしまう。弟子が持つ過去への異常な執着心により、テルルは避けようのない面倒で厄介な事態に巻き込まれる。
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アン(LV.1)
性別:女(精霊)
ジョブ:若芽の精霊(若芽の腕輪に宿る)
スキル:若芽の加護(ユークの全能力をわずかに向上させる)
備考:その唯一無二の特殊性を巡り、ゴルド王国の魔法使いたちから強く狙われることになる。結果として、ユークたちパーティー全体が大きな争いの中心へと駆り出される。
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最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
「賢者の塔」を巡る物語をここまで続けることができたのは、ひとえに読んでくださった皆様の応援のおかげです。
ユークたちの冒険は、この地を離れることでひとまず区切りを迎えます。因縁の相手であるカルミアとの決着も付きましたので、ここで、この物語は完結とさせていただきます。
寂しさもありますが、彼らの旅はまだ続きます。
もし、また彼らに会える機会がありましたら、その時も温かく見守っていただけると嬉しいです。




