第245話 禁忌の霊薬
「ユーク! 見てほしいものがあるの!」
アウリンが声をかけてくる。その手には、見たことのない輝きを放つ、小さな小瓶が握られている。
「アウリン!? いったい何を!?」
魔獣の触手が地を抉り、衝撃が空気を震わせる。破片が飛散し、ユークは思わず腕で顔をかばった。
「これを見て……」
それは淡く光る小瓶だった。樹液で作ったものとは違う、透き通る光を放っている。
「……それは?」
ユークが目を細める。
「これはね、飲めば魔法の威力を上げられる霊薬よ。前に霊樹の精霊から報酬としてもらったの」
アウリンの声は静かだった。けれど、わずかに震えているように感じる。
「アウリン……そんなものを持ってたのか……」
驚くユーク。しかし、なぜ今まで黙っていたのかという疑問が胸を刺す。
「これを使って、私のEXスキルを撃てばきっと魔獣にも通用すると思うのよ」
アウリンの瞳が揺れた。そこには不安と覚悟が混ざり、今にも溢れそうだった。
「アン。どう思う?」
ユークが問う。
『はい、その霊薬は“大賢者の遺産”のひとつ。魔法の威力を四倍に引き上げる効果があります。
アウリンさんのEXスキルと組み合わせれば、理論上は八倍の威力に到達するでしょう』
「八倍……!」
ユークが息を呑む。
『……ですがそれでも勝率は低いと思います。
発動中、アウリンさんの《イグニス・レギス・ソリス》を守り切るのは今の戦力では不可能に近い』
アンの声は淡々としていた。
「そんな……!」
ユークの声が震える。
『……ですが、やらなければ勝率はゼロです』
アンの冷静な声だけが、戦場に刺さった。
「たしかに……やらないよりはましだ……」
ユークが覚悟を固める。
「ジオードさん! すみません、少しの間ここをお願いします!」
「分かった。だが、そう長くは持たんぞ!」
ジオードが叫ぶと同時に、魔獣の触手が床を裂き、激しい衝撃波が仲間たちを襲った。ジオードが剣を構え、火花が散る。
「はい、時間は取らせません! セリスとヴィヴィアンもお願い! テルルとアウリンは俺と来てくれ!」
ユークの指示の間にも、魔獣の放った火球が離れた場所に着弾し、その余波がユークの髪を揺らした。
「テルルはアウリンのEXスキルを回復させてくれ」
ユークが言う。
「うむ。了解じゃ、準備をしてくる」
テルルは荷物を漁り始めた。
後ろでは、ジオードたちが猛攻を防ぎ続けている。触手が叩きつけられるたびに、金属と魔力がぶつかる重い音が響いた。
「ねえアウリン、俺に何か隠していることはない?」
ユークの胸にわだかまりが生まれていた。
「ふふふ、どうしたのよ? 霊薬の事はごめんなさい。あの後ユークを救出したり、博士との戦闘があったりして忘れてしまってたのよ」
アウリンは明るく振る舞う。しかし笑顔の奥に、何かを押し込めている影があった。
「アウリン……」
ユークは胸の中の違和感の理由が掴めなかった。
「準備ができた! そこに寝転ぶんじゃ」
テルルが金色の魔導具――“神の絵筆”を手に現れる。
「ええ!」
アウリンが床に身を横たえた。
テルルが筆を胸元に当てると、筆先が光に溶け、魂へと沈んでいく。
儀式が始まった瞬間、周囲の空気が一変した。テルルが床に描いた紋様が淡く輝き、霊的な圧力が空間を満たす。魔獣の咆哮でさえ、この場だけは届かないように思えた。
「ふっ……んっ……!」
筆が動くたび、アウリンの体が小刻みに震えた。苦痛ではなく、魂が直接触れられる感覚に耐えているのだ。
「……ねえ、アウリンって何を隠してると思う?」
ユークが小声でアンに問う。
『アウリンさんの説明は本当です。ただし――一部の事実を伏せていました』
「一部の事実?」
『あの霊薬を飲んだ場合、魔法の威力は確かに上がりますが……代償として、《《一生魔法が使えなくなる》》んです』
「そんな……!」
ユークは息を呑む。
アウリンはそんな重大なことを――胸が軋んだ。
(そんな未来、絶対に嫌だ……!)
「終わったぞ。どうじゃ?」
テルルの声でユークは現実に引き戻された。
「ええ、問題ないわ。ちゃんとEXスキルも使える」
アウリンが上体を起こす。その横顔はどこか遠く、覚悟だけが強く宿っていた。
「例の薬はどうするんじゃ?」
「効果切れが怖いから、直前に飲むわ」
「待って!」
ユークが叫ぶ。
「その……!」
本当は言いたい。「飲むな」と。けれど言えない。
「その薬を使っても勝率は低い。だから少しでも上げるために――俺のリインフォースも合わせるべきだ!」
ユークは自分の声に必死で正当性を持たせた。
「……ふむ、確かに」
テルルが頷く。
「……っ」
アウリンが一瞬表情を揺らす。
その視線には、迷いと……“ほんの少しの安堵”の影が見えた。
「何でもいい、早くしてくれ! 俺たちも長くはもたん!」
ジオードの怒号とともに、触手の一撃が彼の盾をはじく音が響く。
「ユークたちには絶対に通さないから!」
セリスの槍が触手を弾く。
「皆さんは、私が守ります!」
ヴィヴィアンの盾が火花を散らす。
「……みんな……」
ユークは決意を固める。
「分かった。ユークにも施す。そこに寝るんじゃ」
「分かった!」
ユークが横たわり、儀式が始まる。
テルルの筆が魂へ触れる瞬間、激しい眩暈のような感覚が全身を走った。
「くっ……!」
意識ごと揺さぶられるような痛みに歯を食いしばる。
(考えろ……アウリンが魔法を失わずに済む方法を……!)
「よし、終わりじゃ!」
「おお……!」
ユークは驚いた。リミット・ブレイカーで封印されていたジョブスキルが再び使えるようになっていたのだ。
――だが、結局。妙案が浮かぶことは無かった。
「みんな! 一度強化魔法を解除する! 気をつけて!」
ユークの声に、前線の仲間たちが応える。
「《リインフォース》!」
ユークを中心に青い魔法陣が広がり、仲間たちを包み込んだ。
「これで準備は整ったの」
テルルが静かに言う。
「……そうね。いよいよこれを使う時が来たのね……」
アウリンが霊薬の瓶を開ける。手がわずかに震えていた。
(考えろ、考えろ……アウリンを失わずに勝つ方法を!)
ユークは《思考分割》を全開にする。
無数の思考が脳内を駆け巡った。
そして――
霊薬がアウリンの唇に触れた、その瞬間。
「待ってくれ、アウリン!」
ユークの叫びが響く。
「っ!」
アウリンが動きを止め、驚いたように振り向いた。
「――あるんだ! その薬を使わなくても、あの魔獣に勝つ方法を思いついたんだ!」
ユークの声は震えていなかった。瞳には、確信の光が宿っている。
「なんじゃと……!?」
テルルが息を呑む。
「……そんな方法、あるはずないでしょ!」
アウリンが叫ぶ。声には焦りと、ほんの少しの希望が混じっている。
「あるんだ! 本当に、勝つ方法を見つけたんだよ! だから――俺を信じてくれ、アウリン!」
その言葉に込められた熱だけが、戦場の轟音をかき消していた。
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ユーク(LV.50)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
EXスキル:≪リミット・ブレイカー≫
EXスキル2:≪思考分割≫
備考:アウリンの犠牲を阻止するため、思考分割を全開にした結果、霊薬に頼らない勝利の道筋を発見した。
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セリス(LV.50)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪タクティカルサイト≫
EXスキル2:≪ブーステッドギア≫
EXスキル3:≪スキル・ラーニング≫
備考:状況を打開する時間を稼ぐため、全力を振り絞って魔獣の攻撃を防御しており、ユークへの絶対的な信頼を示している。
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アウリン(LV.50)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
EXスキル:≪イグニス・レギス・ソリス≫
EXスキル2:≪コンセントレイション≫
備考:霊薬の代償を「一生魔法が使えなくなること」と知りながら、それが自分の使命だと受け入れていたため、ユークの制止にわずかな安堵と同時に困惑を覚えている。
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ヴィヴィアン(LV.50)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
EXスキル:≪ドミネイトアーマー≫
EXスキル2:≪インヴィンシブルシールド≫
備考:「盾」として皆を守るという決意を新たに、魔獣の猛攻を必死に防ぎ続けている。
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テルル(LV.44)(+20)
性別:男(女)
ジョブ:氷術士
スキル:≪アイスアロー≫(使用不能)
EXスキル:大鎌の才(大鎌の基本技術を習得する)
EXスキル2:≪ソウルイーター≫
備考:ユークの「仲間を守りたいという強い意志」を感じ取り、彼の「勝つ方法」に一縷の望みを託そうとしている。
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アン(LV.2)
性別:女(精霊)
ジョブ:霊樹の管理精霊(若芽の腕輪に宿る)
スキル:霊樹の加護(ユークの全能力をわずかに向上させる)
備考:ユークの危機的状況での発言と、それが示す新たな可能性に驚き、その為の準備を続けている。
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ジオード(LV.90)
性別:男
ジョブ:剣聖
スキル:剣術の真髄(すべての剣の基本技術を習得し、剣技の威力を大きく向上させる)
EXスキル:≪オーラブレイド≫
EXスキル2:≪ディバインアーマー≫
備考:ユークたちの準備が終わるまで、魔獣の攻撃の多くを一人で受け止め続け、焦燥と自責の念を感じながらも、仲間に時間を稼いでいる。
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ジルバ(LV.82)
性別:男
ジョブ:剣士
スキル:剣の才(剣の基本技術を習得し、剣の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪|ディメンション・スラッシュ《次元斬》≫
EXスキル2:≪鬼神モード≫
備考:肉体の傷は治ってきているが、まだ意識は戻っていない。
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ルベライト(LV.100)
性別:女
種族:魔獣
備考:虫けらどもが時間稼ぎをしていることに苛立ちを覚え、さらに猛攻を仕掛けている。
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