第23話 強化術士? ……ゴミじゃないか
豪奢な机の向こう、ふんぞり返るように椅子に座る少女がいた。紫色の髪が肩でふわりと揺れ、半眼のまま腕を組みながら、傲慢な態度で口を開く。
「さて、私の名前はエウレ。普段は主に魔道具の開発をしている。今はジョブに関する研究を進めていてね。様々なデータを集めているんだが……」
彼女はユークたちを一瞥し、わざとらしくため息をついた。
「まったく、どいつもこいつも代わり映えのしないジョブばかりでね。正直、もうこの依頼を下ろそうかと思っていたところだったんだよ」
再び視線を向けると、椅子の背もたれに体重を預けながら、顎に手を当てる。
「それで、君たちのジョブは何かな?」
ユークたちは探索者カードを差し出した。エウレはそれを受け取ると、面倒くさそうに一枚ずつ目を通していく。
「ふむ、槍術士……まあまあか。炎術士……悪くないね。……ほう、騎士? これはなかなか珍しいジョブじゃないか」
一瞬だけ興味を示したものの、次の瞬間、鼻を鳴らして冷笑を浮かべた。
「強化術士? ……ゴミじゃないか」
あまりにも率直な物言いに、場の空気がピリリと張り詰める。
エウレは探索者カードを隣に控えていたメイドへと手渡し、メイドは丁寧にユークたちへ返却した。
「じゃあ、まずは騎士のお嬢さんから――あ、強化術士の君は帰っていいぞ。手間賃はさっきので十分だろう? 拾って帰れ」
その言葉に、ユークは思わず立ち上がりかけたが、横からアウリンがそっと手を伸ばして止めた。
「いいの? 彼のスキル、むしろ一番レアだと思うんだけど?」
アウリンは自信たっぷりの笑みを浮かべながら、エウレを見つめる。
エウレは面倒くさそうに大きくため息をつき、腕を組み直した。
「私は暇じゃないんだ。何か言いたいことがあるなら、はっきり言ってくれ」
アウリンはニヤリと笑い、ユークへと視線を向ける。
「ユーク、スキルを見せてあげなさいよ」
笑いを堪えているような声音だった。
「まあ……いいけど」
ユークは不満げに眉をひそめながらも、しぶしぶ承諾した。
「《リインフォース》」
次の瞬間、淡い青白い光が波紋のように地面を這い、部屋全体を包み込んだ。
「――!?」
エウレの目が見開かれる。眠たげだった表情は完全に消し飛び、驚きのあまり口元を押さえた。
「青い強化魔法だと!? こんな魔法、見たことがない……!」
突如、彼女は椅子を蹴って立ち上がると、勢いよくユークのもとへ駆け寄り、探索者カードをひったくった。
「あっ!」
ユークが慌てて取り返そうとするも、エウレはカードのスキル欄を凝視しながら、小さく震えていた。
「……強化……? 全能力……? どこまで……?」
彼女の呟きは混乱そのものだった。
ユークが無理やりカードを取り返しても、エウレは呆然としたまま何かをぶつぶつと唱えている。
そして次の瞬間、エウレは弾かれたように顔を上げ、興奮した様子で叫んだ。
「よしっ! ユーク君だったな、実験に協力してくれ! もちろん報酬は弾む!」
「ええ……」
ユークは思わず渋い顔をするが、隣でアウリンがガッツポーズをしながら囃し立てる。
「協力してあげなさいよ! 大儲けのチャンスよ!」
「……わかったよ」
ユークは肩をすくめながらも、しぶしぶ実験に協力することを了承した。
「してくれるか!? してくれるんだな! よーし、じゃあまずは――!」
エウレが興奮気味にそう叫びながら持ってきたのは、一見すると剣……ではなく、奇妙な棒だった。複雑に絡み合った線やパーツがゴチャゴチャとくっついている。
「……剣?」
セリスが不思議そうに呟く。
ユークも首をかしげる。どう見ても剣には見えない。
「剣だよ!」
エウレは胸を張って断言した。
「さあヴィヴィアン君、振ってくれ!」
「私!?」
突然の指名にヴィヴィアンが驚いた。
「他に誰がいるというんだ。ほら、早く!」
「え、えぇ……?」
渋々ながら、ヴィヴィアンはその剣(?)を振る。しかし――
「えいっ! はあっ!」
剣先がふらふらと揺れ、軌道が安定しない。
「……本気でやってる?」
「やってるわよっ!」
「これで本気……?」
エウレは眉をひそめ、困惑した表情でヴィヴィアンを見つめている。
(仕方ない……)
ユークは肩をすくめると、セリスに視線を向けた。
「セリス、代わってあげて」
「わかった!」
セリスは即座に剣(?)を手に取ると、力強く振る。
「やっ! はっ!」
その動きは正確かつ無駄がなかった。軌道もぶれず、まさに教科書通りの剣さばきだ。
「おおっ! いいぞ、データが取れてる!」
エウレが目を輝かせながら装置を調整する。
「ユーク君、スキルを使ってくれ」
「あっ、はい。《リインフォース》!」
ユークがスキルを発動すると、エウレは興味津々な表情で何やら記録を取っていく。
しばらくの間、セリスは剣を振り続け、ユークはスキルを発動したり解除したりを繰り返した。
「よしっ! 次だ!」
エウレが次に持ち出したのは――動く足場だった。
「これは私が開発した魔道具でね、一箇所に留まったまま走れるんだ!」
得意げに説明するエウレ。
「さあ、ヴィヴィアン君!」
先ほどまるで活躍できなかったヴィヴィアンが、ここぞとばかりに目を輝かせる。
だが――
「鎧を脱げ」
エウレは無慈悲な一言を放った。
「ええっ!?」
ヴィヴィアンの目が点になる。
「うう……恥ずかしいわ……」
しぶしぶ鎧と鎖帷子を脱ぎ、鎧下姿になったヴィヴィアン。ピッタリとした布地が彼女の身体のラインを際立たせていた。
「っ……!」
ユークは顔を赤くし、思わず視線をそらす。
「!」
その反応を見逃さなかったヴィヴィアンは、口元にいたずらな笑みを浮かべる。
「ユーク君! どうしたの? どこかおかしいところがあるかしら?」
「……いや、別に」
必死に視線を逸らすユーク。だが、ヴィヴィアンの笑みはさらに深まった。
「うふふ……」
彼女の背筋がゾクゾクッと震える。まるで新たな趣味に目覚めたかのようだ。
「ちょっと! なにやってんのよ!」
その様子を見たアウリンが吠える。
「ユーク!」
ムッとしたセリスが、突然ユークに抱きついた。
「セリスも対抗しないっ!」
アウリンが再び叫ぶ。
「君たち! ふざけてないで早く準備してくれ!」
そしてエウレの怒声が響いた。
「ご、ごめんなさい!」
四人は慌てて体勢を立て直した。
その後もヴィヴィアンは様々な器具を取り付けられ、走らされることになった。ユークも何度もスキルを使わされ、すっかり疲れ果てる。
「休憩にしようか」
エウレがそう言うと、メイドが紅茶とお菓子を運んできた。
「おいしい!」
セリスが声を弾ませる。
「なかなかいい紅茶ね」
アウリンは優雅に香りを楽しんでいる。
「やあ、ユーク君。残り魔力の方は大丈夫かね?」
エウレがずいっと顔を近づけてきた。
ユークは目を閉じて体内の魔力を確認する。
「まだ全然大丈夫ですね」
「へぇ……」
エウレの目が妖しく光った。
「それは良かった、次の実験もよろしく頼むよ!」
その後もエウレの実験は続き、気がつけば夜になっていた。
「先生……」
メイドがエウレの耳元に何かを囁く。
「もうそんな時間か……仕方ない、今日はこれで終わりだ」
エウレがユークたちに向き直る。
「明日は何時から来れる?」
「いや、明日は探索があるから来れないけど……」
「なにっ!? 探索なんかよりもこっちの方が儲かるぞ! 実験を手伝いたまえ!」
「いや、俺たちは探索者なんで……」
「わ、私も《賢者の塔》に潜る方がまだ楽だわ……」
息を荒げながら、急いで鎧を着込むヴィヴィアンが抗議する。
「私も疲れた……」
ぐったりしたセリスも不満げだ。
「むむむっ!」
エウレは唇を噛み、眉をひそめるが――
「分かった、仕方ない……指名依頼を出しておくから、気が向いたらまた来てくれ」
眉が下がり、諦めたようにため息をついた。
「指名依頼?」
ユークが首をかしげる。
「依頼を受ける人を依頼主が指定できる依頼のことよ」
アウリンが説明する。
「分かりました。空いた時間があればまた来ますよ」
「絶対だぞ!? 約束したからな!」
こうして三人はギルドへ寄り、依頼の報告を済ませ、それぞれの宿へと戻っていく。
そして後日、ユークは報酬の金額を見て、思わず目を疑うことになるのだった。
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ユーク(LV.14)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:セリスはともかく、そんなに女慣れしているわけではない。
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セリス(LV.14)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:おっぱいを押し付けても反応しなくなってしまった……
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アウリン(LV.15)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:ちょっともやもやする。
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ヴィヴィアン(LV.15)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:新たな扉を開いてしまった。
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エウレ(LV.??)
性別:女
ジョブ:??
スキル:??
備考:決してロリではない。
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