第235話 封印の間
【影の塔 五十階 ボス部屋】
「たぶん、あそこよ!」
ボス部屋の最奥で、アウリンが指さした先には転移用のポータルが設置されていた。
「これに触れればいいの?」
セリスがポータルに手を伸ばす。
「待って。いま、強化魔法をかけ直すから」
現在、ユークのジョブは機能を停止しており、《リインフォース》も解除されている、そのために強化魔法も再びかけ直さねばならなかった。
「……ふう」
疲れた表情で詠唱を始めようとするユークに、アウリンが何かを差し出す。
「ユーク、その前にこれを飲みなさい」
「これは?」
不思議そうな表情でアウリンを見るユーク。
「体力回復の霊薬よ。一番いいやつ。まだ疲れているみたいだから、これを飲んで体力を回復させて」
琥珀色の液体が入った小瓶を手渡され、ユークは戸惑いの表情を見せた。
「……でも、もったいないよ」
《賢者の塔》がこんな状況になってしまった以上、以前に霊樹の精霊からもらった樹液で作った霊薬は、もう貴重なものだった。
それを飲むことに、ユークはためらいを覚えていたのだ。
「いいから、飲みなさい! この先、何があるかわからないのよ!」
「わ、わかったから……」
アウリンに怒られ、ユークは観念して霊薬を口にする。
「……甘い」
甘い液体が喉を通り、体の隅々に染み渡っていく。頭の痛みがすっと引き、重かった体のだるさも完全に消えた。
「……すごいな、これ」
ユークは驚いたように自分の手を見つめる。
「これで先に進めるわね」
アウリンが満足そうに頷いた。
「よし、いくよ!」
ユークはすぐに詠唱を始める。
「《ブーストアップ》!」
赤い光が仲間たちを包み、強化魔法が再びかけ直された。
「これで準備完了だ」
ユークは頷き、仲間たちとともにポータルへ向かった。
【影の塔 五十一階】
ユークたちが辿り着いたのは、ただ広大な白に包まれた空間だった。
「……なんだ、ここ」
ユークが思わずつぶやく。
床も壁も天井も、すべてが均一な白色。
その壁面には、高さも幅もまったく同じ無数の扉が並んでいた。
数十、いや数百にも及ぶ扉が、まるで巨大なパズルのピースのように広がっている。
「ねえ、これって入ったら一体どうなるのかしら……?」
ヴィヴィアンが不安そうに扉を見つめる。
「これは……入る扉を間違えたら大変なことになりそうじゃの」
テルルが周囲を見渡し、静かに息を呑む。
『マスター!』
その時、ユークの腕輪の中で眠っていたはずのアンが、勢いよく顔を覗かせた。
「アン! 起きたのか!? 体は大丈夫なの?」
ユークが心配そうに尋ねる。
『はい! マスターから魔力を分けてもらったので、なんとか!』
アンは白い部屋を見上げ、真剣な表情に戻った。
『ここは“封印の回廊”です。この先の封印の間には“魔獣”が封印されています。ここは、その封印を破ろうとする者を永遠に迷子にさせるためのエリアなんです』
「永遠にって……どういうこと?」
ユークがアンを見つめながら言った。
「もしかして、間違った扉を選んでしまったら……永遠に抜け出せなくなるってことかしら?」
ヴィヴィアンが顔を青ざめさせる。
『その通りです。この部屋の扉は、正解の扉以外すべて間違った道へ繋がっています。正しい扉を、正しい順序でくぐらなければ、封印の間には決して辿り着けません』
アンの解説に、ユークたちは絶望的な表情を見合わせた。
「無理よ。こんなにある扉の中から、正しい扉を探すなんて……」
アウリンが力なくつぶやく。
『ふふふ、大丈夫です!』
アンは小さな胸を張ってユークを見上げた。
「え!?」
驚くユーク。
『あのコハクという精霊から奪った権限の中に、ここのアクセス権もありました! わたしがナビゲートしますから、指示通りに進んでください!』
「本当か!? ありがとう、アン!」
ユークは安堵の声を上げる。
『お任せください! さあ、最初の扉は――入ってきた“入り口”の扉です!』
「ええっ!?」
驚きながらも、ユークたちはアンの指示に従い、迷いなく扉をくぐった。
次の瞬間、彼らは息を呑む。
通り抜けた先にあったのは――先ほどとまったく同じ、白い壁と無数の扉が並ぶ空間だったのだ。
「また、ここか……?」
ユークがつぶやく。
「ええ。この回廊は“同じ部屋の無限ループ”です。正しい扉を選ばなければ、封印の間へは絶対に辿り着けません」
アンが冷静に説明する。
『次は、あそこの扉です!』
アンが指し示した扉へ向かうユークたち。
ユークが扉の前に立ち、ゆっくりと扉を開けた――その瞬間。
『待って! 中に入らないで!』
アンの緊迫した声に、ユークは反射的に体を固めた。
「ど、どうしたんだ、アン?」
慌てて問いかけるユークに、アンが指示を飛ばす。
『マスター、その扉を“開けたまま”にしていてください!』
「開けたまま? どういうこと?」
『この回廊は、正しい手順で扉を通らないといけないんです。この部屋では“この扉が開いた状態”で、あっちの扉に入らなければなりません』
アンが指をさした先には、別の扉があった。
「……マジか」
ユークが絶句する。
「ねえ……もしこの扉を開けないまま進んだら?」
ヴィヴィアンが恐る恐る尋ねる。
『ふふふ……どうなると思います?』
アンがにっこりと笑う。
その笑顔を見た瞬間、ヴィヴィアンは何かを察したのか、わずかに唇をひきつらせた。
「これはアンがいなかったら、絶対に抜けられなかったわね」
アウリンがため息を吐いて言う。
「じゃあ、進もうか……」
ユークが仲間たちを促す。
――だが。
「ちょっと待って!」
アウリンが呼び止め、扉の横に紙を貼り付け、ナイフで刺した。
「念のためよ。意味がないかもしれないけど、やらないよりはマシでしょ?」
意味深な笑みを浮かべ、ウインクをするアウリン。
その後もアンのナビゲートに従い、数々のギミックを突破しながら、ユークたちは“封印の回廊”を進んでいった。
【影の塔 六十階 封印の間】
回廊を抜け、ついに辿り着いたのは頂上の部屋だった。
空間全体が澄み切った清浄な空気に満たされている。
部屋の中央には、あまりにも巨大な石の彫像が鎮座していた。
古木の枝のような角、灰紫色の石英の突起、爬虫類を思わせる仮面のような顔。裂けた口には鋭い牙が並び、虚ろな眼窩が闇をたたえている。
まさに“魔獣”。その圧倒的な存在感が、空間すべてを支配していた。
「……これが、魔獣」
ユークが息を呑む。
その巨体の前で、一人の人物が静かに祈りを捧げていた。
赤いローブを深く被った人物は、気配を察するとゆっくりと振り返る。
フードがめくれ、銀の髪と燃えるような赤い瞳があらわになった。
「っ! あなたは……!」
アウリンの驚きの声が封印の間に響く。
「……ここに侵入者を通すとは。あの男も使えないものね」
冷たい声。
「貴様、魔族か!」
テルルが叫ぶ。
「ふ……ふふふ……」
女性が嘲笑する。
「なにがおかしいのよ!」
アウリンが怒鳴った。
「いや……妾を、下等な“魔族”と同一視したことが、あまりにも滑稽でな」
女性の赤い瞳が冷たく光る。
「下等……?」
ヴィヴィアンが息を呑む。
「妾の名はルベライトだ。そう呼ぶがいい」
その名が響いた瞬間、封印の間の空気が震えたような気がした。
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ユーク(LV.50)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
EXスキル:≪リミット・ブレイカー≫
EXスキル2:≪思考分割≫
備考:霊薬のおかげでほぼ万全の状態まで回復した。
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セリス(LV.50)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪タクティカルサイト≫
EXスキル2:≪ブーステッドギア≫
EXスキル3:≪スキル・ラーニング≫
備考:目の前の魔族の女がとても強いとは思えないのに、なぜか圧力を感じている。
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アウリン(LV.50)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
EXスキル:≪イグニス・レギス・ソリス≫
EXスキル2:≪コンセントレイション≫
備考:万が一後から人が来てもいいようにメモを残していた。
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ヴィヴィアン(LV.50)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
EXスキル:≪ドミネイトアーマー≫
EXスキル2:≪インヴィンシブルシールド≫
備考:封印の間に入ってから不思議な圧力を感じている。
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テルル(LV.44)
性別:男(女)
ジョブ:氷術士
スキル:≪アイスアロー≫(使用不能)
EXスキル:大鎌の才(大鎌の基本技術を習得する)
EXスキル2:≪ソウルイーター≫
備考:ルベライトの目を見ていると何故か体が震えてしまう。
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アン(LV.2)
性別:女(精霊)
ジョブ:霊樹の管理精霊(若芽の腕輪に宿る)
スキル:霊樹の加護(ユークの全能力をわずかに向上させる)
備考:影の塔の精霊、コハクから力を奪ったのはこのためでもある。
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ルベライト(LV.??)
性別:女
ジョブ:??
スキル:??
備考:信奉者の教主であるセドニーが“我が主”と呼んでいた女、傲慢でわがまま。
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