第233話 光明
ユークの全身を包んでいた青白い魔力の光が、ふっと消え失せた。
同時に、五倍にまで増強されていた力が一気に通常へと戻る。
「……はぁ、はぁ……」
その場に膝をついたユークは、全身を襲う激しい疲労に耐えていた。
わずか三十秒とはいえ、五倍速で回していた思考は、脳を焼き尽くすような負荷を残していた。
「ユークっ!」
「ユーク、無事!?」
駆け寄ったアウリンとセリスが、彼の体を支える。
二人の顔には、明らかな焦りと安堵が混じっていた。
「……うん。なんとか、ね」
ユークは息を整えながら小さく答える。
「ユーク君、無理はしない方がいいわ」
遅れてきたヴィヴィアンが心配そうにのぞき込む。
「みんなこそ、無事でよかった……」
ユークはかすかに笑った。
「ふふっ。内部がダンジョンみたいな構造になってたのが幸いだったわ。おかげで、こっちまで被害が届かなかったのよ」
アウリンが安堵の声を漏らし、ユークの背中を支え直した。
「あれ? そういえばアンは?」
ユークが周囲を見回す。
『私はここですよー』
後ろの方に倒れている、大破したアークガーディアンからアンの声が聞こえる。
『まだ何かに使えるかもしれないと思いまして』
アンの声とともに、アークガーディアンが軋む音を立てながら立ち上がる。
片腕を失い、腹部は大きくへこんでいる。痛々しい姿だった。
「しかし、あの怪物を倒すとは……大したもんじゃのう」
テルルが感心したように、前方に転がるセドニーの残骸を見つめる。
「……うん。とんでもなく強い敵だった」
ユークは、息を吐くように呟いた。
ユークの言葉に頷きながら、アウリンはふと、前方に転がるセドニーの残骸に視線を向ける。
黒い鱗と肉片が散乱している。その残骸を見て、彼女は眉をひそめた。
「……ねえ。何かおかしくないかしら?」
アウリンがふと声を上げる。
「え?」
「どうかしたのかしら?」
セリスとヴィヴィアンが振り向く。
「いつもなら、モンスターの死骸はすぐ消えるはずよ。どうしてまだ残ってるの……?」
「それは……」
ユークが言い淀む。
「魔族の能力を使用したモンスターじゃからな、通常の性質とは違うのかもしれん」
テルルが首をひねりながら答えた。
その瞬間――。
「待って! なんか……溶けてる!」
セリスが叫んだ。
セドニーの残骸が、どろりと崩れ落ちる。
黒い液体が地面を染め、そこから不気味な気配が立ちのぼる。
『……ふ、ふふ……』
「誰!?」
セリスが周囲を見渡すが、誰も喋ってはいない。
それでも確かに聞こえた――地の底から滲み出るような、男の笑い声が。
「まさか……」
声の主は、セドニーの残骸だった。
崩れた肉片が蠢き、黒い塊が寄り集まり、粘つく音を立てながら再構成されていく。
「嘘でしょ……あれでまだ、生きてるっていうの!?」
アウリンが後ずさった。
黒い肉塊は硬化し、鱗が盛り上がり、金属のような骨格が浮かび上がる。
やがて――二十メートルを超える“それ”が、完全な姿を現した。
竜の頭をもつ巨人。
それは、セドニーが追い求めた“最強のモンスター”そのものだった。
「ば、馬鹿な……再生したじゃと? あり得んじゃろ……!」
テルルが青ざめる。
『私も驚いているのですよ。まさか、死んでからこの力に気づくとはね』
復活したセドニーの口が歪む。
その声は、死の底から響くようだった。
『博士の理想のモンスターを構成していたのは、ブラックドラゴン、タイタン、デスサイズ、デーモン――そしてもう一体』
一拍置いて、嗤う。
『マッドマンです。死んでようやく理解しましたよ』
「マッドマンじゃと……!? ヘリオ博士が変身していたあのモンスターは、自身の魔力で肉体を再生できたはず……!」
テルルの顔が強張る。
『その通り。つまり私は――魔力が尽きぬ限り、何度でも再生できる』
黒い粒子がセドニーの周囲に舞い上がり、砕けた大剣を再構築していく。
『そして私は、我が主から魔力供給を受けている。つまり――』
セドニーはゆっくりと剣を構え、ドラゴンの顔を歪めた。
『私は無限に再生し続けることができる!』
その瞳が赤く燃え上がる。
『さあ、続きを始めましょう。あなたは先ほどの力を、もう一度使えますか? 使えたとしても、そう何度も使える訳ではないのでしょう? どちらが先に限界を迎えるか――試してみましょうか!』
セドニーが大剣を振り上げた――その瞬間。
『マスター!』
背後からアークガーディアンが飛び込み、その巨体で剣を受け止めた。
轟音が響き、アークガーディアンの装甲が肩から胸にかけて大きく裂ける。
「アンっ!」
ユークが叫んだ。
『マスターたちは――逃げてください! 今のうちに!』
アンは残った片腕でセドニーの剣をつかみ、動きを止める。
「だめだ、そんなの――!」
ユークが叫ぶが、アウリンが腕をつかんだ。
「ユーク! 今は撤退するのよ!」
「ダメっ敵が!」
セリスが叫ぶ。
ユークたちの退路をいつの間にか無数のラルヴァが塞いでいた。
地面から湧き出す黒い影が、波のように広がっていく。
『はははは! 逃がしませんよ!』
セドニーの狂気じみた笑い声が響く。
ラルヴァ自体は、通常なら脅威ではない。
だが今は、わずかな時間の猶予すら致命的だった。
「くっ、邪魔っ!」
セリスが魔槍を振るい、ラルヴァを薙ぎ払う。
しかし、倒しても倒しても次々と湧き出してくる。
「きりがないわ!」
退路を作るための時間が、無情にも過ぎていった。。
アークガーディアンが膝をつく。
光が、ゆっくりと消えていった。
「アンっ!!」
ユークの絶叫が響く。
『残念ながら――時間切れです』
セドニーがゆっくりと剣を掲げた。
『では、終わりにしましょうか』
巨大な刃が振り下ろされる。
ユークは目を閉じ、歯を食いしばった。
風が唸り、影がすべてを覆い尽くす。
――だが、不思議と衝撃はこなかった。
恐る恐る目を開けると、セドニーの剣が途中で止まっている。
『なに……!?』
その剣には、鋼鉄の鎖が絡みついていた。
鎖の先には、メイド服を着た女性。
ジオードの従者のひとり――シリカの姿があった。
「ひぃ〜ん! こんなの私ひとりで止めろなんて、酷いですよ殿下〜!」
彼女の悲鳴まじりの声が響く。
次の瞬間、背後のラルヴァの群れが一斉に斬り裂かれ、血霧となって舞い散った。
その間を、ひとりの剣士が駆け抜けていた。
銀髪の老剣士――ジルバ。
「やれやれ、老いぼれの扱いが荒いですな……!」
そして――。
セドニーの右腕が斬り落とされ、巨体が絶叫をあげる。
『ぐおおおおっ!! う、腕が……!?』
その前に立つ、ひとりの男。
燃えるような赤髪をなびかせ、仕立ての良い服をまとった美丈夫。
「どうやら、間に合ったようだな」
アウリンの兄であり、ゴルド王国の王子――剣聖ジオード。
血煙の中、彼は静かに剣を下ろした。
ユークたちは、呆然とその背中を見つめていた。
絶望の底に、ようやく一筋の光が差し込むのだった。
◆◆◆
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ユーク(LV.50)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
EXスキル:≪リミット・ブレイカー≫
EXスキル2:≪思考分割≫
備考:ようやく《リミット・ブレイカー》の疲れが抜けてきたところ。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
セリス(LV.50)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪タクティカルサイト≫
EXスキル2:≪ブーステッドギア≫
EXスキル3:≪スキル・ラーニング≫
備考:せめて一撃だけでも受け流すつもりだった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
アウリン(LV.50)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
EXスキル:≪イグニス・レギス・ソリス≫
EXスキル2:≪コンセントレイション≫
備考:まさか兄が来るとは思わず、完全に予想外だった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ヴィヴィアン(LV.50)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
EXスキル:≪ドミネイトアーマー≫
EXスキル2:≪インヴィンシブルシールド≫
備考:セリスの動きに気づいていたので、次の一撃に備えていた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
テルル(LV.44)
性別:男(女)
ジョブ:氷術士
スキル:≪アイスアロー≫(使用不能)
EXスキル:大鎌の才(大鎌の基本技術を習得する)
EXスキル2:≪ソウルイーター≫
備考:できれば使いたくない切り札を使うつもりだったが、使わずにすんで胸をなで下ろしている。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
アン(LV.2)
性別:女(精霊)
ジョブ:霊樹の管理精霊(若芽の腕輪に宿る)
スキル:霊樹の加護(ユークの全能力をわずかに向上させる)
備考:アークガーディアンが壊れたため、ユークの元に戻る途中。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ジオード(LV.??)
性別:男
ジョブ:剣聖
スキル:剣術の真髄(すべての剣の基本技術を習得し、剣技の威力を大きく向上させる)
備考:以前セリスと戦った時は彼女に合わせて力を抑えていたが、今は本来の実力を発揮している。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ジルバ(LV.??)
性別:男
ジョブ:剣士
スキル:剣の才(剣の基本技術を習得し、剣の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:|ディメンション・スラッシュ《次元斬》
備考:年を重ねても、王国最強と呼ばれた頃の腕は健在。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
シリカ(LV.??)
性別:女
ジョブ:鎖術士
スキル:鎖術の才(鎖術の才能を向上させる)
備考:服の下に隠した鎖を自在に操る。ジオードの護衛なだけあって実力は折り紙つき。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
セドニー(LV.??)
性別:男
ジョブ:無し
スキル:無し
備考:いつ斬られたのかまったく理解できない。それほどに斬撃が速すぎた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




