第220話 因縁の男、再び
影の塔――その四十階層。
かつては強大な魔物が君臨していた“ボス部屋”は、いまや異様な静寂に包まれていた。
赤い絨毯の上に、場違いなほど豪奢なソファ。
その背にもたれ、女たちを侍らせているのは、一人の男だった。
「おい、女。ワインをよこせ」
両腕には赤いローブをまとった二人の女。
そのうちの一人が、無表情のままグラスにワインを注ぐ。
男は片方の頬を撫で、もう片方の唇を乱暴に奪いながら、いやらしい笑みを浮かべた。
「ははは。いいねぇ……これが酒池肉林ってやつだ!」
――男の名はディアン。
かつて霊樹を支配しようと企み、ラルヴァの群れを放って枯死寸前にまで追い込んだ信奉者の一人。
ユークにEXスキルで四肢を砕かれ、無様に敗北した男。
その後もヘリオ博士のアジトでカルミアに勝利したユークたちと交戦し、セリスの反撃を受けて再び撤退を余儀なくされた。
――敗北を重ねた男は、しかし、まだ生きていた。
そして今、影の塔の最奥を根城に、まるで支配者かのように振る舞っている。
「おい、お前。歌でも歌え」
命令された女はピクリとも動かない。
その瞳は光を失ったガラス玉のように、何も映していなかった。
「……ちっ!」
ディアンは苛立ち紛れに女を突き飛ばす。
悲鳴も上げず、女は床に倒れ込む。だが、のろのろと立ち上がり、再び彼のもとへと歩き出した。
「止まれ。もういい」
言葉と同時に女たちの動きがぴたりと止まる。
その沈黙の中、突如として光が舞い、空間に何者かが現れた。
『あらあら。おもちゃの城でおままごとですか? ずいぶんと豪勢な遊び場ですこと』
彼を見下すような笑みを浮かべ、からかうような声色で言葉を紡いでいたのは、赤い髪と瞳を持つ女性だった。
その姿は、かつて霊樹の精霊に似た気配を思わせる。
彼女の名はコハク――影の塔に宿る精霊である。
「てめぇ……何しに来やがった」
ディアンが忌々しげに睨みつける。
『侵入者ですわ。影の塔の三十一階に侵入した者がいます。直ちに対処なさい』
コハクが高圧的な声で命じる。
「はぁ? こっちには来れねぇはずだろ!」
ディアンの怒鳴りに、コハクの眉がわずかに動く。
『い、いいから対処をお願いしますわ! それがあなたの仕事でしょう!』
焦ったように言葉を残し、コハクの姿は光に溶けて消えた。
「ちっ、あの女……何かしくじりやがったな」
舌打ちをして、ディアンは配下の信奉者の目を通じ、侵入者の姿を覗き込む。
「……お、女もいるじゃねぇか。へへっ、楽しませてもらうか……ん? 待てよ、この顔――」
信奉者の視界の先に映ったのは、かつて自らを打ち倒したユークたちの姿。
「はははっ! いいじゃねぇか! こんなところで再会とは、運命ってやつだな!」
狂気を帯びた笑い声とともに、ディアンはガーディアン起動の指令を出す。
石碑が強い光を放ち、無数のエンシェントゴーレムが動き出した。
やがて、ゴーレムの群れがユークたちに殺到する。
だがユークたちは、複数の盾を展開する防御スキルと前衛の奮戦によって、なんとか押しとどめていた。
「すげぇな……あれだけの数に囲まれてまだ立ってやがる」
信奉者を通じてユークたちの奮戦を眺めながら、ディアンはワインを傾ける。
「だが、所詮は時間の問題だ。いくらあいつらでも、数には勝てねぇ」
影の塔のガーディアンは、この階層に限り無制限に生産できる。
勝負は決している――そう、彼は信じていた。
「せいぜい苦しめよ。俺の手で殺せねぇのが残念だが、絶望の顔を眺めるだけでも気分がいい」
映像の中で、ユークたちは押されていく。
防戦一方、限界はすぐそこに見えた。
「はははっ! いいぞ、その顔だ! 焦れ、絶望しろ!」
ワインをあおり、喉を鳴らす。
その瞬間――映像が、ふっと揺らいだ。
「……あ?」
ゴーレムたちの動きが止まる。
まるで時間が凍りついたかのように。
「おい、なんだこれは……?」
命令を送っても、反応がない。
そして次の瞬間、ゴーレムたちが一斉に――ユークへ跪いた。
「……は?」
ディアンは反射的に立ち上がり、ワイングラスを落とした。
赤い液体が絨毯に広がり、豪華な部屋に場違いな染みを作る。
「おい! 攻撃しろ! 止まれ! 戻れ! 俺の言うことを聞けぇぇぇッ!!!」
絶叫は虚空に吸い込まれ、誰も応えない。
制御権は、完全に奪われていた。
「くそっ……くそぉおお! 許さねぇ! 俺の邪魔をしやがって! てめぇらだけは、この手で――!!」
ディアンの怒号が虚しく響く中、映像は音もなく途切れた。
残されたのは、赤い絨毯にこぼれたワインの匂いと、男の歪んだ笑いだけだった。
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ディアン(LV.??)
性別:男
ジョブ:剣士
スキル:剣の才(剣の基本??術を習得し、剣の才??をわずかに向上させる?
EXスキル:≪エアスラッシュ≫
EXスキル:≪ビーストソウル≫
備考:魔の宝玉によって変質した信奉者たちを支配する能力を教主から与えられている。
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