第218話 教主の決断
ユークたちが待機を決めてから、およそ三十分。
それぞれが思い思いの場所で、アンが映し出す外の様子を眺めていた。
転移陣から少し離れた壁際で、ユークは壁に寄りかかりながら、しきりに時間を気にしている。
「……もう半分か。本当に大丈夫なのかな……」
手元の懐中時計を何度も見ては、心配そうに呟いた。
宙に映し出された画面には、依然として静まり返った賢者の塔の周囲が映っている。
「もう。ユークは気にしすぎよ。こういうのは時間がかかるものだし、もし私たちが先に進んでもスタンピードが起こらない可能性だってあるのよ?」
腰に手を当て、呆れたようにため息をつくアウリン。
どうやら彼女は、ユークが心配しすぎだと考えているようだった。
(俺の決断で、街の人たちがモンスターに襲われることになるかもしれないんだ……気にせずにはいられないよ)
ユークは口に出さず、胸の内にその思いを押し込めた。
「はい、ユーク君。ハーブティーよ。心が落ち着くわ」
鎧を脱いだヴィヴィアンが、そっと湯気の立つカップを差し出す。
「……ありがとう」
ユークは受け取り、一口飲んだ。
「おいしい……」
紅茶の熱が身体を温め、やさしい香りが疲れた心をほぐしていく。
『マスター……?』
落ち着いて周囲を見回すと、アンが心配そうな表情でこちらを見上げていた。
「大丈夫だよ」
ユークは指先でアンの頭を軽く撫で、優しく微笑む。
その瞬間、責任感に縛られて周りが見えなくなっていたことに、ようやく気づいた。
「あっ! なんか集まってきたよ!」
画面を見つめていたセリスが声を上げる。
「えっ!?」
ユークも視線を向けると、賢者の塔の周囲に次々と人々が集まっていく光景が映っていた。
その装備からして、ギルドガードと探索者たちのようだ。
「間に合ったみたいね……」
アウリンが画面を見ながら微笑む。
「ああ、アズリアさんがやってくれたんだ……!」
ユークの顔にも笑顔が戻る。
「みんな、そろそろ準備をしよう。防衛陣が完成したら先に進むぞ」
そう言って、ユークは手に持っていた紅茶を一気に飲み干した。
――そして。
「準備が終わったみたいだ。先に進もう!」
画面には大勢で陣形を組み、馬車を横倒しにしてバリケードまで築いている様子が映っていた。
ユークたちは、精霊が言っていた“偽りの塔”へと繋がる転移陣へ向かう。
光が彼らを包み込み、その姿が消えていった。
◆ ◆ ◆
【影の塔・四十一階】
真っ暗な空間に、黒い立方体が無数に並び立っていた。
その中央で、一人の男が静かに祈りを捧げている。
赤いローブをまとい、銀色の短髪を持つ男。
閉じられた瞼の奥には、血のように赤い瞳が隠されている。
彼こそが、信奉者たちを束ねる教主だった。
突如、男の周囲に光が集まり、その中心から人影が現れる。
『大変ですわ、マスター!!』
血相を変えて現れたのは、霊樹の精霊だった。
だがその姿は、ユークたちの知る彼女とはまるで違っていた。
新緑の髪は紅葉のように赤く染まり、緑だった瞳は血のような赤へと変わっている。
透き通る肌を覆う黒いドレスは薄く、身体の線があらわになってしまっている。
「……どうしたのですか? そんなに慌てて」
教主はゆっくりと立ち上がる。
『侵入者ですわ! 影の塔の三十一階に、侵入者が現れましたの!』
赤い精霊が慌てて報告する。
「っ……なんと! なぜ今まで気づかなかったのですか?」
教主は怒るでもなく、純粋に疑問を口にした。
『申し訳ありません。どうやら、あちらの“わたくし”が侵入されたことを報告してこなかったようです。自我は完全に潰したはずでしたのに……!』
悔しげに唇を噛む精霊。
「ほう……あの状態で我々に逆らうとは。さすが、長年《賢者の塔》を管理してきただけのことはありますね」
教主は感心したように目を細める。
「三十一階ということは、ディアンが対応するでしょう。私は主の護衛としてここを離れられません。任せるしかありませんね」
そう呟く声には、わずかに悔しさが滲んでいた。
『わたくしが伝えてまいります。本当は自分で戦えればよかったのですけれど……』
赤い精霊が拳を握りしめる。
「仕方がありません。表の精霊との戦闘で影の塔の霊樹も損傷していますからね。今のあなたでは戦うのは無理でしょう」
教主は気遣うように穏やかな声をかけた。
『まさか、あちらの“わたくし”が助からないと悟って、本体を攻撃するなんて……! 屈辱ですわ!』
怒りに震える精霊。
「しかし、ここまで侵入できるとは。表から影の塔に入る手段はないはずですが……」
教主は困ったように眉を下げる。
『……それも、あちらの“わたくし”がやったようです』
震える声で精霊が告げると、教主は深く息を吐いた。
「なるほど。我々は彼女を甘く見ていましたね。まさかここまでとは」
教主は額に手を当て、短く息をついた。
「影の塔への道が開かれたのなら、悠長にはしていられません。……コハク、一階のモンスターを街へ放ちなさい」
その命に、赤い精霊――コハクが顔を上げる。
『よろしいのですか? 主が完全復活した際に捧げるはずだった新鮮な魂たちですのに』
「仕方ありません。これ以上の侵入者を防ぐのが最優先です」
教主は残念そうに言った。
『かしこまりました。ご命令のままに』
コハクは深く礼をして姿を消す。
「はぁ……思い通りにはいかないものですね……」
教主は小さくため息をつき、再び祈りを再開した。
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ユーク(LV.49)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
EXスキル:≪リミット・ブレイカー≫
備考:紅茶が思ったより熱く、一気に飲んだせいで喉が少し大変なことになった。
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セリス(LV.47)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪タクティカルサイト≫
EXスキル2:≪ブーステッドギア≫
備考:外の様子を見るのが面白く、ずっと画面を覗き込んでいた。
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アウリン(LV.48)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
EXスキル:≪イグニス・レギス・ソリス≫
EXスキル2:≪コンセントレイション≫
備考:思うところがないわけではなかったが、ユークが罪悪感を抱かないようにと、あえて冷たく振る舞っていた。
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ヴィヴィアン(LV.47)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
EXスキル:≪ドミネイトアーマー≫
EXスキル2:≪インヴィンシブルシールド≫
備考:時間があったので鎧を脱いでくつろいでいた。ユークが心配そうに画面を見ていたため、少しでも気を和らげようとしていた。
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テルル(LV.44)
性別:男(女)
ジョブ:氷術士
スキル:≪アイスアロー≫(使用不能)
EXスキル:大鎌の才(大鎌の基本技術を習得する)
EXスキル2:≪ソウルイーター≫
備考:休憩中に、新しく覚えたEXスキルの説明を仲間たちにしていた。
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アン(LV.1)
性別:女(精霊)
ジョブ:霊樹の管理精霊(若芽の腕輪に宿る)
スキル:霊樹の加護(ユークの全能力をわずかに向上させる)
備考:ユークに喜んでもらおうと外の様子を映したが、彼が浮かない表情をしていたため、おろおろとしていた。
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