第197話 赤い塔と異界化する街
翌朝――。
ユークたちは新しく手に入れた馬車の前に集まり、旅立ちの支度を整えていた。
「よし、荷物はこれで全部ね!」
アウリンが腰に手を当て、積み込まれた荷を見上げて満足げに微笑む。
「ユーク君、こっちのロープもしっかり締めて〜!」
のんびりした声でヴィヴィアンが指示を飛ばす。
「これでいい!?」
ユークは腕に力を込めてロープを引き締め、額の汗を手の甲で拭いながら問い返した。
「オッケーよ!」
ヴィヴィアンは荷物が固定されたのを確かめると、ぱっと明るい声で応じる。
「……しかし、この馬車、本当に乗り心地が良さそうだね」
ユークは御者台に腰を下ろし、掌で座席を軽く叩いた。
「そうね、ちょっと高かったけど……悪くない買い物だったと思うわ」
隣に座ったアウリンも同意し、唇に満足げな笑みを浮かべる。
「ユーク! 準備が全部終わったよー!」
セリスが皆に聞こえるように大声で叫んだ。
「よし! じゃあ出発だ!」
ユークは力強く頷き、仲間たちに号令をかける。
一行は次々と馬車に乗り込み、揺れる木の車輪とともに街門へと向かっていった。
御者席にはユークとアウリンが並び、ほかの仲間は揺れる車内で身を落ち着けていた。
門番に探索者カードを差し出し、形式的な手続きを終える。
――そして、街を出るために馬車を進めた、その瞬間。
「……ん?」
ユークの瞳が細められた。
目の前の空間が、水面のようにゆらりと揺れ、歪んだのだ。
◆ ◆ ◆
時間は少し遡り――賢者の塔の奥深く、隠された部屋。
赤いローブを羽織った白髪の男が、同じ装束の信奉者に問いかけていた。
「首尾のほうはどうですか?」
「はい。博士のマナジェネレーターは順調です。溜まった魔力はおよそ八割……これだけの魔力があれば、街ごと……」
信奉者の声は期待に震え、薄笑いが口元に浮かんでいた。
「ふふふ……素晴らしいですね。後は我が主が神獣の封印を解除した後、街を封鎖すれば良いでしょう」
白髪の男もまた、声に熱を帯びる。だがその時――。
『……どういうことかしら? 人間どもの気配が、どんどん減っているわ』
不機嫌そうな女の声が、男の脳内に直接響いた。
それは以前ヘリオ博士が復活させた女魔族の声。冷ややかで、背筋を凍らせるほどの威圧が伴っていた。
「はっ……申し訳ありません、わが主よ! どうやら、溜め込んだ魔力が外に漏れ、不安を感じた連中が街から逃げだしているようで……!」
白髪の男は慌てて膝を折り、震える声で弁明する。
『今すぐ異界化しなさい。人間どもを、これ以上逃がすわけにはいかない』
短い命令だった。しかしその一言が、圧倒的な力を伴って男の心に叩き込まれた。
「は、はいっ!」
男は額に冷汗を浮かべ、何度も頭を下げる。
「あの……魔族様は……?」
部下が恐る恐る尋ねる。
「今すぐ街を異界化せよ、とのことです」
男の声は低く、震えを抑えるようにして告げた。
「ですが、今異界化すれば、外の連中に確実にバレますよ!?」
信奉者の一人が、思わず声を荒げる。
「構いません……主の命令が最優先です」
白髪の男は冷たく言い放つ。
「わかりました……!」
やがて男が手を伸ばし魔道具に触れると、器具が禍々しい光に包まれ、塔の外へと不吉な波紋が広がっていった。
◆ ◆ ◆
「待って! 何か変だ、馬車を止めろ!」
ユークの叫びに、アウリンが反射的に手綱を引いた。
「きゃああああ!」
「うわあああ!」
急停止する馬車に、車内の仲間たちが悲鳴を上げて顔を出す。
「ちょっと! 危ないじゃない!」
「何かあったのー?」
「急に止まってどうしたんじゃ!?」
仲間たちの声が飛び交う中、ユークは真剣な眼差しで周囲を見渡した。
「……ゴメン。なんだか、すごく嫌な予感がして……」
「はあ!? そんなことで馬車を止めさせたの?」
アウリンは責めるような視線をユークに送る。
「……まて。何かおかしいぞ」
テルルが低く言い、セリスに視線を向ける。
「お前さんは感知系のスキルを持っとったな。ちょっと使ってみてくれんか?」
「うん、いいよ。《タクティカルサイト》!」
セリスがEXスキルを発動すると、淡い光が瞳に宿った。
その直後、彼女は困惑した表情で指を前方へ向ける。
「何これ……? 門の先が、壁になってる……」
「壁……じゃと……?」
テルルは小石を拾い、街の外へと投げた。
すると石は透明な障壁に弾かれ、足元へと転がり落ちる。
「……うそ」
アウリンが息をのむ。
「な、なんだこれ……」
ユークも絶句し、周囲の旅人や商人がざわめき始めた。
「戻るぞ、ユーク。これはヤバいかもしれん……」
テルルの一言に、ユークは仲間と目を合わせて頷く。
馬車は踵を返し、街へと引き返した。
「どういうことなんだ、テルル?」
道すがら、ユークは眉をひそめ、鋭い視線を向けた。
「おそらく、この街は――異界化しておる」
額に汗をにじませ、手のひらで拭いながら、テルルはこれまでにないほど真剣な表情で答える。
「異界?」
ユークは聞き慣れない言葉に首を傾げる。
「ダンジョンのことよ。この場合は、街そのものがダンジョンになっているってことね」
アウリンが言葉を添え、目に一瞬の不安を浮かべる。
「そんなことって……あり得るのか?」
ユークは御者席に座るテルルを見た。声には戸惑いが混じっている。
「通常はありえん。だが、あれは間違いなく、異界と外界を隔てる壁じゃった……」
テルルは悩ましげに、美しい銀色の髪をくしゃくしゃと手でかき上げる。
「……見て」
アウリンの声は少し震え、心ここにあらずといった調子で指先を差し伸べる。その先に、今まで見たことのない異様な光景が広がっていた。
《賢者の塔》は血のように禍々しい赤に染まり、空気すら不気味に脈打っていたのだ。
「……原因は、あれね」
アウリンが乾いた笑みを浮かべた。笑うしかないほどの現実が、眼前にあった。
ユークたちは足早に自宅へと戻った。
「時間がなくて家は売れなかったけど……結果としては正解だったわね」
アウリンがぽつりと呟いた。
「それで、どうするの?」
セリスが怯えたように問いかける。
「まずはギルドに行こう」
ユークは迷いなく答えた。
仲間たちは互いに顔を見合わせ、無言で頷き合う。
そして一行はギルドに向かい、受付に駆け込んだ。
「大変です! 門の外に出られなくなっています! 街が……異界化してるかもしれないんです!」
ユークは受付カウンターに駆け寄り、必死に訴えかけた。
しかし、女性職員は困惑の笑みを浮かべるばかりで、状況を理解できずにいる。
「えっと……そのような事を言われましても、こちらとしては……対応に困るといいますか……」
声は上ずり、震えていた。
彼女自身も何をすればいいのか分からず、ただ困惑を隠そうとしているのはよくわかった。
その周囲では、既に多くの人々が詰め寄り、我先にと口々に叫んでいる。
「街から出られないってどういうことだ!」
「家族が外にいるんだぞ!」
「門を開けろ!」
怒声が飛び交い、カウンター前は修羅場と化していた。
「……だめだ。完全に混乱してる、もっと時間を置かないとダメだ」
ユークが落胆した様子で仲間たちの元に戻り、報告する。
「どうするの? ここで待ってる?」
落胆を滲ませた声に、アウリンが小さく眉を寄せた。
「いや、時間が無い。今すぐ塔に向かった方がよいと思うぞ」
テルルが冷静に言い切る。
「どういうこと?」
ユークが問い返すと、テルルは苦々しい表情を浮かべた。
「街を丸ごと異界化するなど聞いたことはない。じゃが、これは……何か目的を達成するための前段階にすぎん気がしてならん」
「……」
仲間たちは沈黙し、テルルの言葉を重く受け止めた。
その時、ユークの脳裏に、以前聞いた言葉がよみがえる。
「……そういえば。霊樹の精霊が言ってたよね。《賢者の塔》には、なにかヤバいものが封印されてるって」
ユークが静かに言う。
「たしか魔獣、とか言ったわね。大賢者様でも倒せなくて、塔に封印するしかなかったっていう……」
アウリンが青ざめた顔で補足する。
「その封印を……解こうとしてるってこと?」
セリスの声はかすかに震えていた。
仲間たちの間に、重苦しい沈黙が落ちる。
「……それって、すごく大変なことじゃないかしら?」
ヴィヴィアンが肩を抱き、震える声でつぶやいた。
「どうするの、ユーク?」
セリスがユークの方を向いて尋ねる。
ユークは騒然とするギルドの様子を一瞥した。
怒号と泣き声、焦燥と恐怖が渦巻く空気の中、彼は静かに息を吸い込む。
そして――。
「……エウレさんの所に行って、今の街の状態を伝えるんだ。その後、エウレさんに着いてきてもらって、ギルドの人たちにも説明してもらう。最悪の場合……俺たちだけでも塔に行こう」
その言葉は決意に満ちており、迷いはなかった。
ユークの視線が仲間一人ひとりを捉える。
仲間たちは互いに目を見交わし、重く力強い同意を示した。
こうしてユークたちは――決戦の舞台、赤き《賢者の塔》へと歩を進める覚悟を固めたのだった。
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ユーク(LV.44)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
EXスキル:≪リミット・ブレイカー≫
備考:何が起きたのか理解はできないが、このままではいけないと強烈な危機感を覚えている。
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セリス(LV.42)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪タクティカルサイト≫
EXスキル2:≪ブーステッドギア≫
備考:赤い塔から放たれる圧倒的な邪気に、本能的な恐怖と戦闘への覚悟を感じている。
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アウリン(LV.43)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
EXスキル:≪イグニス・レギス・ソリス≫
EXスキル2:≪コンセントレイション≫
備考:誘拐事件のときよりもさらに大規模なダンジョン化に、危機感を抱きつつも冷静に状況を分析しようとしている。
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ヴィヴィアン(LV.42)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
EXスキル:≪ドミネイトアーマー≫
EXスキル2:≪インヴィンシブルシールド≫
備考:異界化という非現実的な事態に困惑しているが、ユークたちを信じて、自分の役目を果たそうと覚悟を固めている。
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テルル(LV.34)
性別:男(女)
ジョブ:氷術士
スキル:≪アイスアロー≫(使用不能)
EXスキル:氷威力上昇
備考:街全体を巻き込む大掛かりな異変に、事態の裏に潜む悪意と、さらなる目的の存在を直感的に察している。
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