第157話 ヘリオ博士の目的
「そもそも、なんで“テルル”なんて名乗ってるんですか、師匠……」
アウリンが呆れたように言った。
「可愛いじゃろ?」
少女の姿で、テルルはウインクしてみせる。
「まあ……」
「う〜ん……」
弟子と孫娘の反応は、苦笑まじりの微妙な沈黙だった。
「ワシみたいな美少女が、“ヴォルフ”なんて男の名前を名乗ったらおかしいじゃろうが!」
ぷんと頬をふくらませて、テルルが憤慨する。
「まあ、それはそう……」
「どっちのほうがマシか悩むところね〜」
二人はしぶしぶ同意する。
「テルルって名前、元は飼ってたペットの名前なんだっけ?」
ユークがぽつりと口にした。
「そうなんじゃよ、ユーク! あれは可愛かった。小さく丸まった毛玉のようでな」
テルルは懐かしそうに目を細める。
「じゃが、成長したら巨大なドラゴンになってしまってな……。最後は研究室の壁をぶち破って、どこかへ行ってしまったんじゃ」
「やっぱり師匠の研究って、ロクな結果にならないわよね」
アウリンがため息をついた。
「ねえ、テルルちゃんって魔族の体なんでしょ? それって大丈夫なの?」
空気を変えたのはセリスだった。彼女の視線が、テルルの紅い瞳と銀色の髪に注がれる。
「おお、それは心配ない。魔族の容姿なんて、よほど知識のある者でなければ、まず知られておらんからのう」
テルルがにこやかに答える。
「それに、紅い眼はともかく、銀髪は別に珍しくもないしね」
アウリンが補足した。
「まあ、目の色ならごまかす手段はいくらでもあるからの。普通に暮らすぶんには、バレる心配はほとんどないじゃろう」
テルルはそう言って、得意げに笑う。
「へぇ〜……案外、大丈夫そうなんだね」
セリスは感心したように頷いた。
──と、そのとき。
「そういえばテルルって、なんで牢屋に捕まってたんだ?」
ユークが不意に尋ねた。ごく自然な疑問だったが、その一言で場の空気が再び引き締まる。
「……ふむ。話しておくか」
テルルの顔から笑みが消え、真剣な口調に変わった。
「見てのとおり、実験は成功した。じゃが、どうやら信奉者どもに居場所を知られておったらしくてな。隠れ家で実験を終えた直後、奴らに襲撃されたんじゃ」
「えっ……」
「……だが、新しい体にまだ慣れていなかったことと、魔法が使えなかったことで、遅れを取ってしまってな……」
テルルは悔しそうに顔を歪める。
「魔法が使えなかった!?」
アウリンが驚きの声をあげた。
「うむ。どうやら、魔族というのは魔法を使うことが出来ない種族だったらしい。この実験の最大の失敗じゃな……」
テルルは自嘲気味に笑った。その表情には、拭いきれない後悔の色がにじんでいる。
「その後、ワシは長い間、信奉者どもに囚われておった。じゃが最近になって、“ヘリオ博士”のもとへ送られてな。魔法連盟の研究発表か何かで、彼はワシの研究を知っておったんじゃ。最初は意気投合して、いろいろと語り合ったんじゃが……」
テルルは懐かしむように目を細める。
「彼の最終的な目的を聞いて、ワシはヘリオ博士と決別した。あまりにも……悍ましかったのじゃ」
その表情が陰り、声には嫌悪がにじんでいた。
「悍ましいって……? 正直、テルルの実験も相当ヤバいと思うけど……」
食事を終えたユークが、少し引き気味に問いかける。
テルルは小さく息を吸い込むと、真剣なまなざしでユークたちを見つめた。
「ヘリオ博士はな……彼の技術で“モンスター化した人間”を、その魂ごと自分の体に取り込もうとしているんじゃ……」
「「っ……!」」
その言葉に、ユークたちは息を詰まらせた。
それは、倫理も人間性も超えた、まさしく“禁忌”と呼ぶべき所業だった。
「ワシの実験は、あくまで人間の魂を別の肉体に宿すこと。魂の形はそのままじゃ。じゃが、ヘリオ博士は複数の人間の魂をモンスターの肉体ごと自分の身に取り込もうとしている。もし失敗すれば、人類にとって最悪の人造モンスターが生まれてしまう。彼を止めなければならない。それが、この技術を開発したワシの責任だと思っておる」
テルルの言葉に、ユークはテルルと共に脱出できなかった時のことを想像し、小さく震えた。もし自分がヘリオ博士の手に落ちていたら、と。
「どうか、ワシに力を貸してはくれぬか? わしは一人では彼の元までたどり着くことは難しいじゃろう。だが、お前たちとなら……」
彼女は、真剣な表情でユークたちに頭を下げる。
その言葉は、静かなテントの中に、重く沈んで響き渡った。
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ユーク(LV.33)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
EXスキル:≪リミット・ブレイカー≫
備考:カルミア……お前たぶん、騙されてるぞ……
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セリス(LV.33)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪タクティカルサイト≫
備考:本当に……ユークを助けられてよかった!
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アウリン(LV.34)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
EXスキル:≪イグニス・レギス・ソリス≫
備考:何をどうしたら、そんな考えに至るのよ……
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ヴィヴィアン(LV.33)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
EXスキル:≪ドミネイトアーマー≫
備考:博士に従っている人たちは、そのことを知っているのかしら?
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テルル(LV.??)
性別:男(女)
ジョブ:??
スキル:??
備考:信奉者どもから、ワシの隠れ家の研究データも提供されたようでな。今ごろ、実験を始めているころかもしれん。
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