第156話 語られる真実
「それで、ちゃんと説明してくれるんですよね? 師匠」
アウリンの鋭い視線が、まっすぐにテルルへと向けられる。
「おじいちゃんがいなくなったって聞いて、どれだけ心配したか分かってるの?」
ヴィヴィアンもまた、やさしさのなかに怒りをにじませる口調で続けた。
そのとき、テントの入り口がぱたんと揺れる。
「ユークっ! ご飯、持ってきたよっ♪」
金色の長髪をふわりと揺らしながら、セリスが皿を手に現れる。皿からは温かそうな湯気が立ち上っていた。
「わぁ、ありがとうセリス!」
ユークは満面の笑みを浮かべて、差し出された食事に心から喜んだ。何日も地下にいた彼にとって、温かいご飯はまさにごちそうだった。
張り詰めた空気のなか、ユークはひとくち、スープをすくって口に運ぶ。
「……温かい」
そのやさしい味が、疲れた体のすみずみまで染み渡っていく。セリスは隣で、そんなユークを見守りながら嬉しそうに微笑んでいた。
「あー……うむ、すまなかった。だが、実験の結果、モンスターの肉体を得たワシが暴走する危険性もあったのでな。お前たちと、あのまま一緒に暮らしているわけにはいかなかったのじゃよ」
テルルは真剣な口調で語り出す。
「なんでそんな危ない実験をしようとしたのよ!」
アウリンが立ち上がり、声を荒げる。
「一言くらい言ってくれてもよかったんじゃないかしら~?」
普段は温厚なヴィヴィアンも、今回はさすがに怒っていた。
「……すまぬ。だが、魔法連盟では年々高レベルの人間が出現しにくくなていることを危惧していてな、このままではいずれ高レベルのモンスターに対抗できなくなってしまう可能性があった。だからこそ、その対策が必要だったのじゃ」
テルル静かに語りだした。
「そのためにワシが研究していたのは人間にモンスターの力を取り込ませて強化することじゃった……」
テルルがそっと手をかざす。すると光の粒子が集まり、やがて看守が変身した死神が持っていた大鎌が姿を現す。
「わっ!」
「なにっ!?」
「おお!!」
アウリンとヴィヴィアンは驚き、セリスは目を輝かせる。
「このように、モンスターの持つ力の一部を人間に付与できれば、レベル上限の制約を無視して戦闘能力を上げることができる。ワシの研究は、そこを目指していたのじゃ」
「……それって、博士の手下たちと同じじゃ……」
アウリンがぽつりとつぶやいた。
「うむ。彼もまた、ワシとは違うアプローチで同じことを試みていたようじゃな」
テルルは大きくうなずく。
「だが、研究を重ねるうちに、人間のままではそれが不可能だと分かってきた。いろいろと抜け道を探す中で辿り着いたのが――この、人の精神をモンスターに宿す方法じゃ」
そういって両手を広げて見せるテルル。
「とはいえ、モンスターそのものになるのは倫理的に問題があるという声も多くてな……結局、この研究は御蔵入りになってしまった」
「ちょうどその頃、人の姿をしたモンスターが現れるダンジョンの噂を聞いたのじゃ。元・宮廷魔術師のつてをたどって、ようやく場所を突き止めた。まさか、正体が“魔族”だったとは思わなんだが、人間に近い姿には違いないと思ってのう」
「だから、自分の体を使って実験を強行した……ってわけね」
アウリンが呆れた顔でテルルを見ると、彼女は気まずそうに視線を逸らす。
「ユークの話だと、青春がどうとか言ってたけど?」
アウリンの鋭い追及に、テルルは「う゛っ!」と声を漏らしてのけぞった。
「う、うむ! まあ……。どうせ若返るなら、若い体になったほうがお得じゃろう?」
汗をかきながら言い訳を並べるテルル。
「あの、そのダンジョンって男の魔族はいなかったんですか?」
ユークがふと疑問を口にする。
その問いに、テルルはそっと視線を外した。
「……どうなんですか? 師匠?」
アウリンが半眼で、じっと睨む。
「……いた。男もいた。半分くらい……」
目を逸らしたまま答えるテルル。
「えぇ……」
ヴィヴィアンは引き気味に声を漏らす。
「完全にワザと女の性別を選んでるじゃない……」
アウリンは呆れたようにため息をついた。
「いいか! むさい男と美少女、どっちになりたいか選べるなら、誰だって美少女を選ぶじゃろうが! なあ、ユークよ!」
椅子を勢いよく蹴って立ち上がり、熱弁をふるうテルル。彼女の表情は真剣そのものだった。
「……ノーコメントで」
ユークはそっと視線を逸らす。
「研究の成果を確かめられる! 美少女にもなれる! ならばやらぬ理由などあるまい、そうじゃろう!?」
「えぇぇ……」
ヴィヴィアンは顔をひきつらせ、
「……きも」
アウリンに至っては、軽蔑のまなざしを送っていた。
「そうまで言わんでもいいじゃろう……」
さすがのテルルも、しょんぼりとうなだれる。
「……もう、怒る気力もなくなったわ」
アウリンは深く息を吐いた。
「ホントよ。私たち、おじいちゃんが死んじゃったのかと思ってたんだからね?」
ヴィヴィアンが呆れたように言うと、テルルはさらに肩を落とした。
「すまん……心配をかけてしまったようじゃな……」
その姿は、どこか本当に反省しているように見えた。
(この三人は……まるで本当の家族みたいだな)
テルルとアウリン、ヴィヴィアンの間に流れる、怒り、呆れ、そして深い愛情が混ざり合った複雑な空気。
ユークは、温かいスープを飲みながらその様子を静かに見守っていた。
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ユーク(LV.33)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
EXスキル:≪リミット・ブレイカー≫
備考:父さんと母さん……元気にしてるかな。
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セリス(LV.33)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪タクティカルサイト≫
備考:……これって、いい話なのかなー?
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アウリン(LV.34)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
EXスキル:≪イグニス・レギス・ソリス≫
備考:呆れてるし、怒ってもいるけど……それでも、師匠が生きててよかったって思ってるわ。
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ヴィヴィアン(LV.33)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
EXスキル:≪ドミネイトアーマー≫
備考:安心したのは本当よ? でも……これからはこの子のこと、おじいちゃんって呼ばなきゃいけないのね……。
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テルル(LV.??)
性別:男(女)
ジョブ:??
スキル:??
備考:……せめて一言、言っておくべきじゃったな。じゃが、美少女になりたいなんて思ってたことを、弟子や孫に知られたくなかったんじゃ……。
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