第144話 テルルの告白
太陽が真上に昇り、白昼の熱気が街を包むなか、帝国兵たちが慌ただしく動き回っていた。
彼らの手には、アウリンから預かった“マナトレーサー”と呼ばれる魔道具が握られている。
それは青白い光を放ち、微かな魔力の痕跡を感知するという代物だった。だが――。
「報告します! 街中の主要な通りはすべて確認しましたが、探索者ユークの魔力反応は見つかりません!」
声を張り上げた兵士に、部隊をまとめるリーダーが眉をひそめる。
「本当に隅々まで探したのか?」
「はっ、間違いありません!」
兵士は敬礼しながらきっぱりと答えた。
「……では、一体どこに消えた?」
リーダーの問いに、兵士たちの間に沈黙が流れる。
「街の外は、どうだ?」
「……は?」
報告に来た兵士が思わず聞き返す。
「この街の外を探したらどうかと、言っている」
リーダーの目が鋭く光る。
「しかし、街の外はただの荒れ地で……建物など何も……」
「お前は知らんかもしれんが、この地は《賢者の塔》が建つ前、三つの大国が戦争で争っていた土地だ。地上の建物は焼かれても、地下にはまだ使える遺構が残っているかもしれん」
「……っ! なるほど!」
納得した様子の兵士は、再び敬礼し、足早にその場を駆けていった。
「頼んだぞ……探索者ユークが殺されたら、あの博士の居場所を突き止める術が失われてしまう」
リーダーは誰にともなく、低く呟いた。
──同じ頃、自宅にあるアウリンの工房では。
彼女は霊樹の精霊から託された“大賢者の魔法書”を広げ、黙々と読み進めていた。
「……この知識があれば、きっと、もっと高みに……」
瞳には鋭い光が宿っている。ユークを救うためなら、どんな力でも手に入れてみせる――その決意が、彼女の手を止めさせなかった。
時間の感覚が薄れるほどの集中のなか、魔法書の周囲には計算式と構文が書かれた紙が積み上がっていく。
「もう少し……あと少しで……!」
額には汗が滲み、呼吸は浅くなる。集中力は限界に達していた。
そして、夜が明ける頃――。
「……できた!」
試し撃ちに使った的が、真っ二つに断ち割られていた。
疲労困憊のはずなのに、アウリンの顔には安堵と確信の笑みが浮かんでいた。
「これで……ユークのところへ、一歩、近づいたわ」
そう呟いた彼女は、そのまま静かに目を閉じた。
──数時間前。
セリスとヴィヴィアンは、修理の終わった鎧を身に着け、屋敷の庭で打ち合いの稽古をしていた。
「はぁ……はぁ……ねえ、セリスちゃん。少し休憩しましょう?」
肩で息をしながら、ヴィヴィアンが笑顔を向ける。
「うん、ヴィヴィアンは休んで。私は、もうちょっとだけ」
セリスは訓練用の模造槍から、自分の愛用する魔槍に持ち替え、静かに素振りを始めた。
「……もう! 仕方ないわね!」
ヴィヴィアンも諦めたように笑いながら、騎士剣を手に取り再び構える。
「ありがと。私、早くこの“EXスキル”を使いこなせるようになりたいから……」
セリスが小さく笑みを浮かべ、再び訓練用の槍を握る。
「行くわよ!」
「うんっ!」
二人の武器が交差する音が、庭に響いた。
◆ ◆ ◆
博士の拠点──地下の牢。
『……わかった。やるよ』
ユークは目の前の魔法文字をじっと見つめながら、静かに頷いた。
再び静けさが戻った牢内。ユークは疑問のまなざしをテルルへと向けながら、問いかけの魔法文字を描く。
『でも、どうして魔族の身体になってるんだ?』
その問いに、テルルは視線を落としながら、ゆっくりと答えの文字を綴る。
『ワシの元の身体は、もう歳でな。どうしても若返って、もう一度青春を楽しみたかったのだ……』
(……思ってた以上に俗っぽい理由だった!)
ユークは内心で呆れつつ、さらに文字を描く。
『でも魔族の身体って、どうやって手に入れたんだよ。そんな都合よくあるわけ……』
疑いの色を隠さず問いかけるユークに、テルルは得意げににやりと笑みを浮かべ、胸を張った。
『ふふん。昔のツテを使ってな、人型のモンスターが出現するダンジョンを探していたんだ。そしたら、たまたま魔族が出現するダンジョンを見つけてな』
『それで魔族の身体に?』
「うむ」
鷹揚にうなずくテルル。
『……元の身体は?』
ふと気になっていたことをユークが尋ねる。
『消えた。肉体を上書きされてな』
まるで他人事のようにあっさりと告げるテルルの様子に、ユークは思わず目を細める。
(マジか……。そんなしょうもない理由のために、自分の身体を犠牲にするなんて……その覚悟だけは、すごいな)
ユークは小さく息をつきながら、テルルを見つめた。
『じゃあ、なんで捕まってるんだ?』
『元々ワシは魔法使いだったんじゃがな。この身体になってから、なぜか魔法が使えなくなってしまってのう』
(なるほど、魔法に詳しいのはそれでか……)
ユークが納得するように頷く。
『どうやら信奉者のやつらにマークされとったらしくてな、この身体になって慣れてない所を襲われて捕まってしまったんじゃ』
『……信奉者? 博士に捕まったんじゃないのか?』
ユークが眉をひそめると、テルルはすぐさま首を横に振るようにして、新たな文字を描いた。
『うむ。ワシは信奉者に捕まって、その後で奴に引き渡されたんじゃよ』
(ずいぶんと波乱万丈な人生を送ってるんだなコイツ……)
突っ込む気力も失い、ユークは微妙な気持ちでため息をつくのだった。
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ユーク(LV.33)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
EXスキル:≪リミット・ブレイカー≫
備考:テルルの腕を切断するのに、何の魔法を使うか考えるか……
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テルル(LV.??)
性別:??
ジョブ:??
スキル:??
備考:せっかく弟子を追い出してまで実行した計画だったのに、成功直後に攫われるとは。不運じゃ。
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セリス(LV.33)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪タクティカルサイト≫
備考:このスキルを使いこなして、今度は絶対に負けないからね、ユーク!
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アウリン(LV.34)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
EXスキル:≪イグニス・レギス・ソリス≫
備考:そういえば、師匠も行方不明になったままだったわね……
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ヴィヴィアン(LV.33)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
EXスキル:≪ドミネイトアーマー≫
備考:セリスちゃんの成長が著しいわ。私の対人剣術に、正面から打ち勝つ場面が増えてきたもの。
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