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第143話 大賢者の魔法書と禁断の薬


 翌朝――。


 アウリンたちは早くに準備を整え、霊樹の森へと足を踏み入れた。


 湿った土の香りが漂い、静かな風が枝葉を揺らしている。


 その入り口付近で、兵士のひとりが近づいてきた。


「止まれ。ここは立ち入り制限区域だ」

 真面目そうな顔立ちの兵士が、淡々と告げる。


「これを見せれば通れるはずよ」

 アウリンはすぐに、ルチルから預かっていた文書を取り出し、兵士へ差し出した。


 兵士は目を通し、ひとつ頷いて道を開ける。


「たしかに隊長のサインだな。……通ってよし」


「ありがとう」

 アウリンが礼を述べると、三人は森の奥へと進んでいった。


 だが、そのときだった。


 木々の隙間から、突如として巨大な影が現れる。


 空色の羽を持つ巨鳥が、こちらへ向かって舞い降りてきたのだ。


「こ、この子って……!」

 セリスが驚きの声を漏らす。


 鳥は地に降り立つと、三人の前で静かに頭を垂れた。まるで敬意を示すかのような仕草だった。


「……迎え、ってことよね?」

 アウリンが静かに口にする。


「ええ、きっとそうだと思うわ」

 ヴィヴィアンも頷いた。


 三人は迷うことなく、その背に乗り込む。


 巨鳥はゆっくりと翼を広げ、空へと舞い上がっていった。


 風が顔をかすめ、地上が遠ざかっていく。眼下には、一面の緑と朝の光が広がっていた。


 しばらくして、鳥は霊樹の天辺――かつてラルヴァの女王と戦った場所へと降り立った。


 そこは静寂に包まれ、地面からは淡い光が湧き出している。


 やがて光は一点に集まり、そこから優雅な人影が現れた。


 透き通るような白い肌に、霊樹の葉を思わせる深い緑の瞳。桃色の光をまとったドレスを纏うその女性は、まさにあのときの精霊だった。


「よく来たな、勇士たちよ」

 霊樹の精霊は静かに微笑んだ。


 だが、その視線が三人を見回し――首をかしげる。


「……ひとり、足りないようだが?」


「ええ。でもその話はいいわ。それより、約束の報酬を」

 アウリンは臆することなく言い切った。


 精霊は一瞬、意外そうな表情を浮かべたが、すぐに口元に微笑を戻すと手を差し出す。


 その手のひらに、古びた革装丁の本がふわりと現れた。


「“大賢者の魔法書”だ。きっとお前たちの力になるだろう」

 アウリンは無言で受け取り、確認もそこそこに背を向けた。


「……それじゃあ、もう帰るわ」

 そのまま歩き出そうとするアウリンを、精霊の声が引き留める。


「待て。お前には、もうひとつ渡さねばならぬものがある」

 そう言うと、精霊の手に淡く光る小瓶が現れた。


「これは“大賢者の遺産”のひとつ。飲めば魔法の威力が飛躍的に上がる。だが――その代償に、《《一生魔法が使えなくなる》》霊薬である」


 アウリンは、驚きと疑念の入り混じった目でそれを見つめた。


「それ、どうして私に?」


「お前がくれた霊薬……あれによって、我は万全の状態で戦うことができた。その礼だ。受け取るがいい」


「……そう」

 アウリンはしばらく黙っていたが、やがて小さく肩をすくめる。


「じゃあ、もらっておくわ。使うかどうかは……その時になってから考える」

 そう言って、小瓶を懐にしまい込んだ。


「感謝を」

 精霊は深く一礼すると、その姿を霧のように消していった。


「……よし。ユークのために、もっと強くなるわよ」

 アウリンの瞳に、もう迷いはなかった。



 ◆ ◆ ◆



 翌朝、ユークはまた、鈍くうずくような体の痛みで目を覚ました。


 ぼんやりとした意識の中で、彼は硬い床の感触と、冷たい空気を肌で感じる。


 目を開けると、そこには変わらぬ牢の天井があった。けれど、不思議と心は昨日ほど沈んでいなかった。


(……少しだけ、気持ちが軽い)

 薄暗い牢屋の中、変わらぬ景色に包まれながらも、ユークの胸には小さな光が宿っていた。


(今日は、何ができるだろうか)

 昨晩、彼は初めて、魔力だけで「光」の魔法文字を描くことに成功した。


 指先に灯ったあの小さな輝き。それはこの絶望の牢獄で、初めて見えた希望の光だった。


 たった一度きりの成功でも、ユークにとっては大きな前進だった。今の状況をすぐに変えられるわけではない。だが、あの一歩が、仲間たちの元へ戻るための第一歩になる。そう信じられた。


 そして、魔法文字を空中に描けるようになったということは──単なる魔法の使用とは違う、もっと大きな意味があった。


 ユークはゆっくりと指を持ち上げ、魔力を練り上げながら空に描き始める。


『俺の名前はユークだ。小僧でも、新入りでもない』

 淡い光を帯びた文字が、空中に浮かび上がる。


「くくっ……大したもんだな」

 それを見たテルルが、いつものように不敵な笑みを浮かべる。


 両手を拘束されたままの少女は、薄く目を細めて楽しそうに笑った。


 ユークは少し迷った末、ずっと気になっていたことを魔法文字で綴る。


『この牢屋から、どんな魔法で脱出するつもりなんだ?』


 ユーク自身、今の自分にできることを考え続けていたが、どうにも答えは見つからなかった。だが、そのとき返ってきたテルルの返答は、あまりにも突飛だった。


『ワシの両手を魔法で切断してくれ』


(……は?)

 ユークは目を見開く。思わず文字を見間違えたのかと、何度も視線を戻す。


 だが、浮かんでいる言葉は間違いなくそれだった。


(切断しろって……冗談じゃないよな?)

 困惑しながら、ユークは再び問いかける。


『どういうこと?』

 ユークが再び問いかけると、テルルはさらなる説明を文字に綴った。


『お前も奴と関りがあるなら見たことがあるだろう? 奴の配下にはモンスターに変身できる人間がいる』

 その言葉を見て、ユークはこくりと頷く。


『ワシも同じだ。今の肉体は魔力によって構成された仮初のものだ。故に、欠損しようとも、魔力によって復元できる』


 ユークはその説明に、妙な説得力を感じた。


 たしかに、自分たちが戦った相手も、腕を切り落とされても、肉体の再構成で傷を元に戻していた。


『つまり人間の姿に戻れば、拘束から抜け出せるってことか?』

 そう問い返すと、テルルは即座に首を振るように、また文字を描いた。


『いや、ワシのは少し特別でな。人間の姿には戻れんのだ、その代わり肉体の復元はこの状態でも可能だ』


 “特殊”という言葉に、ユークはある人物の顔を思い浮かべる。


 ――博士。


 彼によって蘇らされた魔族の少女。銀の髪と、紅の瞳。


 その記憶と、目の前の少女の姿が重なる。


 腰まで流れる銀色の髪、そして、燃えるような紅蓮の瞳。


 どこか幼い顔立ちではあるが、あの魔族の少女と似すぎている。


『……魔族?』

 ユークが思わず、問いを空に浮かべる。


「ち、ち、ちがうっ! なんでお前がそれを知ってるんだ!?」


 突然、テルルが大声で叫んだ。普段の余裕ある態度が崩れ、顔を真っ赤にして取り乱す。


 ユークは驚いて目を見開き、思わず口をパクパクとさせた。


「おい、そこのガキ! 何やってやがんだ!」

 牢の外から、いつも食事を運んでくる看守の男が怒鳴りながら駆け込んできた。


「べ、べつに……何でもない」

 テルルがそっぽを向いて答える。


 ユークも無言で、首を小さく振って無実を主張する。


「……ふざけんなよ。次、うるさくしたらぶん殴るからな」

 吐き捨てるように言い残し、看守は苛立った足取りで立ち去っていった。


 牢に再び静けさが戻ると、ユークはゆっくりと魔法文字を描く。


『で、結局なんなんだよ。なんであんなに動揺してたんだ』


「……すまん。つい取り乱してしまった」

 しょんぼりと答えるテルルに、ユークは少しだけ視線をやわらげた。


『本当に魔族なのか? それとも、あの博士の実験で……』


『ワシの魂は人間だ。けれど、この身体は“モンスターとして出現した魔族”から造られたものだ。つまり、どちらでもある』


 ユークはごくりと唾をのんだ。


『じゃあ、腕を切断しろって話は……?』


 ユークの問いに、テルルは再び魔法文字を描く。


『今はこの鎖で力を封じられておるが、本来、魔族の肉体は頑強でパワーもある。この檻など、拳一つで壊せる』


『お主の首輪もな』


 その最後の一文に、ユークの目が大きく見開かれた。


『……これ、外せるのか?』


『うむ。金属でできてはおるが、魔族の膂力(りょりょく)なら砕くのも造作ない』


『……でもそれって、俺がまず、お前の腕を……』


 文字を描く指が一瞬止まる。敵でもない誰かの体を“壊す”という行為に、ユークはまだ戸惑いを抱いていた。


 だが──その迷いを見抜いたように、テルルは静かに、けれど力強く魔法文字を描いた。


『お主がためらうのもわかる。じゃが、それがなければ、ここからは出られん』


『……それでも、やってくれるか?』


 少しの沈黙ののち、ユークはゆっくりとうなずいた。


『……わかった。やるよ』



◆◆◆


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ユーク(LV.33)

性別:男

ジョブ:強化術士

スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)

EXスキル:≪リミット・ブレイカー≫

備考:……それしかないなら、やるさ。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

テルル(LV.??)

性別:??

ジョブ:??

スキル:??

備考:魔族の容姿なんぞ……なぜ知ってるんだ?

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

セリス(LV.33)

性別:女

ジョブ:槍術士

スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)

EXスキル:≪タクティカルサイト≫

備考:ユーク……ちゃんとご飯食べてるかな……

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

アウリン(LV.34)

性別:女

ジョブ:炎術士

スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)

EXスキル:≪イグニス・レギス・ソリス≫

備考:この霊薬を使わずに済めばいいけど……

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ヴィヴィアン(LV.33)

性別:女

ジョブ:騎士

スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)

EXスキル:≪ドミネイトアーマー≫

備考:あとは……待つことしかできないわね。

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