第141話 囚われの朝と、訓練のはじまり
朝、ユークが目を覚ました。
(……ん。朝か。痛たた……ああ、牢屋に入れられてたんだったか……)
体の節々が軋み、昨夜の出来事が一気に思い出される。
(一晩経っちゃったか……みんな、心配してるだろうな……)
アウリン、セリス、ヴィヴィアン──仲間たちの顔が脳裏をよぎる。
そのとき、不意に腹が鳴った。
(……お腹すいたな。……何か無いかな……?)
ポケットや服の中を探ってみるが、当然、カバンも中身も取り上げられていた。
(はぁ……次からは何か隠し持っておくべきかな……。いや、次なんて無い方がいいんだけど……)
ユークは丸まっていた身体を伸ばし、ゴロンと床に転がった。
「ん? 起きたか、新入り」
昨日と同じように拘束された状態のまま、テルルが声をかけてくる。
(あの子、テルルだっけ? 本当に信用できるのかな……いや、この状況じゃ、信じるしかないか)
一晩たって落ち着いた頭で相手の存在を見つめ直しながら、ユークは軽く頭を下げた。
「うむ、朝飯はもうすぐ来るからの」
テルルはそう言ったあと、魔力の粒を操って空中に文字を描き足す。
『だから、それまで無詠唱の鍛錬をするぞ?』
「…………っ!」
(それしかやることがないなら、やってやるさ!)
ユークは力強くうなずき、魔力の粒に意識を集中し始めた。
(う〜ん、うまくいかないな……)
なんとか文字を描こうとするが、出てくるのは歪な線ばかりで、とても魔法の文字とは言えない。
「まあ、そうあせるな」
『何となくではなく、文字の隅々まではっきりと意識するのだ。小さな粒の一つ一つを綺麗に並べるイメージだ』
テルルの説明に、ユークはため息をつきながらも、もう一度うなずいた。
「おっと、飯が来たようだぞ」
テルルが呟いたその直後、コツコツと靴音が響いてくる。
(おっと……)
慌ててユークは浮かんだぐちゃぐちゃの魔力をかき消し、床に寝転がった。
「囚人共、飯の時間だ! おとなしくしていただろうな!」
現れたのは、昨日ユークを運んできた男とは別の人物だった。
カートに朝食を乗せて牢の前まで来ると、男は無言で皿を鉄格子の下から滑り込ませ、次の牢へと進んでいく。
皿に乗っていたのは、パンとチーズ、それに水だけ。質素ではあるが、生きるための最低限は満たしていた。
(少ないな……それに、美味しくない……)
いつの間にか質のいい食事に慣れてしまっていたユークにとっては、物足りなさしか感じない。
だが、今は文句を言っている場合ではなかった。
食事を終えると、再び無詠唱の鍛錬に戻る。
(うぐぐ……全然できない……)
どうしても思い通りに魔力を操れなかった。
それも当然だった。
これまでの魔法は、決まった詠唱さえ覚えれば発動できた。
だが今は、魔力の粒を操って、自分で一つ一つ文字を描かなければならない。
簡単な魔法陣ですら、その難易度は段違いに高くなっていた。
(仕方がない。よしっ! はじめっからだ!)
ユークは気を取り直し、地道な練習をコツコツと繰り返す。
「おらっ! 皿をよこせ!」
再び男が現れ、食器を回収しに来た。
ユークは無言で皿を鉄格子の下の隙間から差し出す。
そのとき、ふと隣のテルルに目をやり、あることに気づく。
(あの子、朝飯を食べてないんじゃないか?)
テルルは両手を拘束されたままで、食事をした気配がない。
「ん? ああ……ワシは食事をしなくても大丈夫でな。気にしないでくれ」
テルルはニヤリと笑ってみせた。
(食べなくても大丈夫って、どういう意味なんだ……?)
確かに、彼女の顔色は良く、やつれた様子もまるでない。
考えたところで答えは出ず、ユークは気にしないことに決める。
カートの男が去って足音が遠ざかるのを確認すると、再び訓練に集中し始めた。
(皆はご飯、食べ終わったのかな……俺を探すために、無理をしていないといいけど……)
魔力の粒を丁寧に並べながら、ユークの心は仲間たちのもとへと向いていた。
◆ ◆ ◆
ルチルと別れたあと、アウリンは帝国の騎士・オライトを探していた。
ユークを見つけ出すために、どうしても協力を取り付ける必要があったからだ。
彼の黒く大きな鎧はひと目で分かるほどに目立っており、通行人に尋ねればすぐに居場所が分かった。
「……あの~、オライト様ですよね?」
黒い鎧を着て部下の兵士に指示を出していた男に、アウリンが声をかける。
「ふむ? 吾輩は確かにオライトであるが?」
堂々とした声で応じた男の姿に、アウリンは少しだけ圧倒されながらも切り出す。
「実は……」
彼女はこれまでの事情を丁寧に説明した。
「おお! あの霊樹の事件の犯人を捕まえた探索者であったか!」
オライトは驚いた様子で言い、表情から不信の色が消え、好意的な態度に変わっていく。
「捕まえていた犯人を奪われたと聞きました」
「うむ、不甲斐なく思うのである。申し訳ない」
オライトは大げさなほどに頭を下げて謝罪した。
「私、襲撃犯の一味と思われるヘリオ博士の居場所の探し方を知っていて……」
「ほう。詳しく聞かせてみるのである!」
目を輝かせるオライトに、アウリンは冷静さを保ちながら説明を続けた。
(これで、ユークを探すための人手は確保できそうね……)
表向きは平静を装いながら、アウリンは心の中で小さく安堵の息をついていた。
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ユーク(LV.33)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
EXスキル:≪リミット・ブレイカー≫
備考:うーん、できそうでできないのが一番イライラするな……
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テルル(LV.??)
性別:??
ジョブ:??
スキル:??
備考:ふむ。なかなか優秀だな。ダメで元々と思っていたが、意外といけるかもしれん。
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アウリン(LV.34)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
EXスキル:≪イグニス・レギス・ソリス≫
備考:次は、マナトレーサーを借りにエウレさんのところへ行かなきゃ!
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オライト(LV.??)
性別:男
ジョブ:??
スキル:??
備考:こんな場所で、本来の任務を果たす機会が訪れるとは。実に運がいいのである。
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