第140話 攫われた仲間を救うために
「……いけるかもしれないわ。ユークを直接探すんじゃなくて、連れ去った相手の居場所を突き止めれば、ユークもそこにいるはず」
アウリンが小さく呟いた。
「えっ? どういうこと?」
セリスが首をかしげる。
「前にルチルさんが家に来たとき、言ってたでしょう。王国も帝国も、博士の居場所を探してるって。だったら逆に、“ユークがいる場所に博士もいる”って情報を流せばいいのよ。きっと、あの人たちが勝手に探し出してくれるわ」
「なるほど……」
セリスが納得したように頷いた。
「でも、どちらにしろ居場所がわからなくちゃ、どうにもならないわよ?」
ヴィヴィアンが不安げな表情で口を開く。
「マナトレーサーを使うわ。アレならユークの魔力の痕跡を辿ることが出来る。そうすればきっと、居場所を特定できるはずよ!」
アウリンの力強い言葉に、セリスとヴィヴィアンは思わず息を呑んだ。
「ああ、あれなら確かに……」
セリスが小声で頷く。
「でも、あの魔道具ってそんなに精度が高くなかったんじゃないかしら?」
ヴィヴィアンが心配そうにアウリンの顔を見つめる。
「そのへんは、前みたいに人海戦術で押し切ってもらうつもりよ!」
アウリンがヴィヴィアンに親指を立て、にっこり笑った。
「あー……つまり、問題は解決したってことでいいのか?」
そこに、横からボルダーがぽつりと口を挟む。
「そうね。ありがとう、あなたのおかげでユーク救出の道筋が見えてきたわ」
アウリンが柔らかく微笑むと、急に思い出したように荷物を探り始める。
「ちょっと待ってて。……はい、これ。情報のお礼よ。受け取って」
彼女が手渡したのは、小さな瓶に入った霊薬だった。
「アウリン! それは……」
セリスが目を見開く。
「もしかして、あの回復薬……?」
ヴィヴィアンも驚いたように声を上げた。
「いいでしょ? ユークならきっと、同じことをしたと思うわ」
アウリンが二人に向き直って言うと、セリスとヴィヴィアンは顔を見合わせてから、頷いた。
「……いいのか? そっちの二人の反応を見るに、相当な代物なんじゃねえのか?」
ボルダーがためらいがちに言う。
「いいのよ。でも、ここで飲んでいって。そうすれば、ちゃんと効果も確認できるでしょ?」
「……わかった。飲めばいいんだな?」
ボルダーは瓶の蓋を開け、ぐいっと一息に飲み干した。
「……? なんか変わったか?」
自分の手を見つめて首をかしげる。
「明日になれば分かるわ」
アウリンがいたずらっぽく笑った。
「それじゃ、今日はもう休んで、明日から動きましょう」
アウリンが提案する。
「明日から!? なんで今すぐ行かないの!」
セリスが勢いよく立ち上がる。
「今の時間なら、ギリギリ間に合うんじゃないかしら? ギルドガードの本部に直接行きましょう!」
ヴィヴィアンも同じく立ち上がる。
「2人とも、ちょっと落ち着いて!」
アウリンが手を広げて静止する。
「いい? こんな夜更けに仕事の話なんか持ち込まれたら、私だったらブチ切れるわよ?」
「……うっ」
セリスが言葉に詰まる。
「それは……たしかに」
ヴィヴィアンも渋々腰を下ろした。
「すまねぇな、俺たちは……」
ボルダーが申し訳なさそうに頭を下げた。
「気にしないで? 情報を持ってきてくれただけで十分よ」
アウリンが穏やかに応じる。
「わ、私は協力しますから! 仲間も説得して見せます!」
ラピスが力強く言った。
「ええ、心強いわ。ありがとう、ラピス」
アウリンがやさしく微笑んだ。
翌朝。
アウリンたちがギルドガード本部を訪れると、そこには重たい空気が立ち込めていた。
職員たちは慌ただしく駆け回り、あちこちで怒号が飛び交っている。
「……様子が変ね」
アウリンが周囲を見渡し、不安そうに声を漏らす。
「っ! ルチルさんいたよ!」
セリスが前方を指さして叫んだ。
ルチルは特徴的な赤い鎧に身を包み、金色の髪をなびかせながら歩いている。
「ちょうどいいわ。話を聞いてみましょう」
アウリンは足早にルチルのもとへ向かう。
「ん……お前たちか」
ルチルはアウリンたちに気づき、立ち止まると真剣な表情で応じた。
「おはようございます。何かあったんですか?」
アウリンが問いかける。
「……まあ、お前たちになら話してもいいだろう。実はな――」
ルチルは周囲を気にしながら声を落とし、街の外にあるギルドガードの監獄が襲撃された件を打ち明けた。
「えっ!?」
アウリンが思わず声を上げる。
「そんな……」
ヴィヴィアンの顔から血の気が引いていく。
「えっと、それってどういうこと……?」
セリスは状況が飲み込めず、きょとんとしている。
「……そんなことが起きてたなんて……じゃあ、どっちにしてもギルドには頼れなかったってことじゃない!」
(モンスターに変身する連中が襲ってきた? ってことは、ギルドや博士とは無関係……? じゃあ、ユークの情報は一体どこから?)
アウリンは苛立ちを込めて声を荒らげ、心の中で考えを巡らせた。
「頼る……?」
ルチルが首をかしげる。
「ええ。実は――」
アウリンは、ユークが何者かに攫われたことを正直に話した。
「そうか……すまん。うちの部隊は今、霊樹の封鎖任務に回されていて、応援は難しいんだ」
そう言ってルチルは、ほんの一瞬だけ目を閉じる。わずかに、申し訳なさそうな気配をにじませている。
「なるほど。……わかりました。じゃあ、行きましょう、みんな」
アウリンは軽くうなずき、迷いのない足取りで背を向けた。
「待て。……どこへ行くつもりだ?」
その背に、ルチルの鋭い声が飛ぶ。
「帝国の騎士、オライト様に協力をお願いするつもりです」
アウリンは立ち止まったまま、振り返らずに答えた。
「キサマ……!」
ルチルの目が険しく細められる。
「どうしてもユークを助けたいんです。そのためなら、手段を選ぶつもりはありません!」
アウリンの声には、一切の迷いがなかった。
「っ!」
その覚悟に、ルチルは何も言い返せず、口をつぐむ。
「……くそっ。私一人だけなら、何とか動ける。それでどうだ?」
しばらくの沈黙ののち、彼女は渋い顔で、ため息をついた。
「ありがとうございます。魔道具の件は、オライト様には内緒にしておきますね?」
アウリンがくるりと振り返り、にっこりと笑う。
「っ……わかった、それでいい」
ルチルは苦い表情のまま、静かに口を閉じた。
「あ、あと。霊樹に行きたいので、通れるようにしてくれませんか?」
アウリンが付け加えるように言う。
「はぁ……大したやつだよ、お前は……」
ルチルは小さく呟き、紙に何かを書き込むと、それをアウリンに手渡した。
「ありがとうございます」
アウリンは深く礼をし、その紙を大切そうに受け取った。
(待ってて、ユーク……必ず、助け出してみせるから……!)
◆◆◆
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
セリス(LV.33)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪タクティカルサイト≫
備考:ルチルとの話し合いについていけず、ずっと黙っていた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
アウリン(LV.34)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
EXスキル:≪イグニス・レギス・ソリス≫
備考:最悪ルチルと敵対しても構わない覚悟で対話に臨んでいた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ヴィヴィアン(LV.33)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
EXスキル:≪ドミネイトアーマー≫
備考:ルチルとの話し合いでは、あえて発言を控えていた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ボルダー(LV.??)
性別:男
ジョブ:??
スキル:??
備考:翌朝、自身の怪我がすっかり治っていたことに驚いた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ラピス(LV.30)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪テラーバースト≫
備考:申し出を断られず、内心ほっとしている。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ルチル(LV.??)
性別:女
ジョブ:??
スキル:??
EXスキル:《ブレイブハート》
備考:言葉での説得は無意味だと悟り、ユーク救出に同行したうえで、博士は自らの手で討つつもりでいる。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━