第139話 ユーク、牢獄での出会い
意識が戻ったとき、ユークは冷たい金属の感触に思わず身をこわばらせた。
硬い椅子に座らされ、手足はしっかりと縛られている。力を入れても、まるで動けない。
重い頭をなんとか持ち上げると、ぼんやりとした視界の中に、人の影が立っているのが見えた。
「おや、目が覚めたか」
低く抑えた声とともに、男の顔が明かりの下に現れる。
肩まで伸びた金髪、白衣、そしてどこか人間味のない冷たい笑み。
ヘリオ博士──かつて子供たちを誘拐し、ユークたちと敵対した男が、目の前にいた。
「──っ!? ──!?」
驚きと恐怖で声を上げようとする。だが――出ない。
喉が痛むわけではない。叫ぼうとしても、まるで空気が漏れるだけで、音が出なかった。
(……な、なんで……!?)
「声が出ないのは、ちょっとした細工のせいだよ」
博士はまるで子どもに語りかけるような調子で言った。
「君の首についているそれ、僕の特製の魔道具なんだ。術式が声帯の動きを止めてるんだよ。まあ、すぐに慣れるさ」
ユークが首元に視線を向けると、金属製の小さな首輪が巻かれていた。
ぞっとするほど、冷たい。
「本当は、彼女との約束があってね。君には手を出さないつもりだった」
博士は笑みを浮かべたまま、ユークの顔を覗き込む。
「でもね……君が“レアなスキル”の持ち主だと聞いてね。主義をちょっと曲げて、こうして、君を直接招待させてもらったんだ」
目は笑っていない。ただ純粋な興味と興奮だけが、そこにあった。
周囲を見回すと、部屋の中にはさまざまな道具が並んでいる。
ガラス瓶、試薬、魔法陣を刻んだ金属盤……アウリンの工房にあったような、魔術と錬金術の器具が所狭しと並んでいた。
その部屋の隅には、無言のまま立つ数人の男たち。誰一人、目を合わせてこようとしない。
「……どうだい? カルミア君のように、モンスターの力を手に入れてみたくはないかな?」
ユークは目を細め、露骨に警戒の色を浮かべた。
「君は……僕の持つ召喚石の中で、二番目にランクの高い“タイタン”と適合したんだ。レベルにして45相当の強力なモンスターさ」
男は楽しげに微笑む。
「どうだろう? 僕の仲間になる気はないかい?」
博士はユークの目をのぞき込むようにして、静かに問いかけた。
ユークは目を細め、強い拒絶の意志を込めて博士をにらむ。
「ふむ。やっぱり、そういう反応か……」
博士は肩をすくめた。
「とはいえ、僕も今すぐ施術というわけにはいかないんだ。まだ他にやるべきことがあるからね。準備が出来るまでしばらく下で待っていてくれるかな?」
そして、指を鳴らす。
「ルーダ君、彼を下に連れて行ってあげてくれ」
「かしこまりました」
青いスーツを着た青年が前に出ると、ユークを軽々とかつぎ上げた。
手足の縄は解かれたが、抵抗するすきを与えられることなく、ユークは部屋の外へと連れ出されていく。
案内されたのは、冷たく暗い地下牢。
石造りの壁に囲まれ、空気は湿り気を帯びていた。
「こちらでしばらくお待ちください、ユーク様」
ルーダは丁寧な口調とは裏腹に、ユークを乱暴に床へ投げる。
「っ……!」
石の床に叩きつけられ、息が詰まる。
「食事は朝と夕の二回。用を足すなら、部屋の隅に用意してある桶を使ってください。逃げようとした場合は……手足を拘束させていただきますので、どうかご理解を」
そう言って、ルーダは牢を後にした。
残されたユークは、苦しげに体を起こす。
(……くそ、詠唱さえできれば……)
声が出ない。それだけで、魔法が使えないもどかしさ。
そのとき、静寂を破るように、少女の声が響いた。
「おい、そっちの小僧。新入りか?」
それは、凛とした響きを持ちながら、どこか透き通った愛らしさを含んだ声だった。
声の主は、鉄格子の向こう側──反対側の牢に繋がれている。
腰まで伸びた銀色の髪。紅蓮のように燃える赤い瞳。
飾り気のないワンピース姿のその身体は小柄で、ユークよりも年下に見えた。
だが、彼女の両手足には太い鎖で拘束され、身動きひとつ取れない状態にある。
(……どこかで、見たことがあるような……?)
記憶の奥に引っかかる感覚に、ユークは小さく首をかしげた。
「ふむ、喋れんのか。……その首輪、あいつの魔道具だな。ということは、お前……魔法使いか」
ユークが驚いて目を見開くと、少女は口元を釣り上げた。
「当たりか。さしずめ、奴に捕まった探索者といったところだろう?」
ユークが戸惑いながらも小さく頷くと、少女はわずかに表情を和らげる。
「まあ、諦めるんだな。……ここから出ることなど、できないのだから」
そう言って、少女はわざとらしくため息を吐き、どこか悲しげに声を落とす。
その言葉に、ユークはうつむく。だが――そのとき。
少女の前に、小さな光がふわりと浮かび上がる。まるで魔法陣を描くように、淡い光の文字が空中に現れた。
『ここから出たくはないか? そして、そのために無詠唱の魔法を覚える気はないか?』
ユークは少女の瞳をまっすぐに見つめ、力強くうなずいた。
少女はゆっくりと笑みを浮かべる。
「……そうか。ならば、名乗っておこう」
銀髪の少女は、鎖に繋がれたまま、静かに、けれど力強く名乗った。
「ワシの名はテルルだ。よろしく頼むぞ?」
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ユーク(LV.33)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
EXスキル:≪リミット・ブレイカー≫
備考:地下牢に囚われながらも冷静さを保ち、強い意志で現状を打開しようとしている。
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テルル(LV.??)
性別:??
ジョブ:??
スキル:??
備考:牢獄に囚われている謎の少女。……その状態で飲み食いってできるの?
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ヘリオ(LV.??)
性別:男
ジョブ:召喚師
スキル:??
備考:ユークの意思をまったく考慮せず、自らの目的のためだけに行動している。
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