第138話 二人の来客
アウリン、セリス、ヴィヴィアンの三人は、ランプの明かりに照らされた部屋でユークの帰りを待っていた。
「ユーク、遅いね……」
セリスがぽつりとつぶやく。
「何かあったのかしら? もう日も暮れてるのに……」
ヴィヴィアンは頬に手を当て、不安そうな表情を浮かべる。
「はぁ……これは一度、きつく言っておかないとダメね……」
アウリンが椅子にもたれ、軽くため息をついた。
そのとき──玄関の扉をノックする音が響く。
セリスがぴくりと反応する。
「待って。私が出るわ」
アウリンが立ち上がり、玄関へと歩いていく。
扉を開くと、そこに立っていたのは、今にも泣き出しそうな顔をしたラピスと、体中に傷を負ったボルダーだった。
「ゆ、ユークさんがっ!」
ラピスが声を震わせて叫ぶ。
「っ……今すぐ中に入って! 詳しく話を聞かせて!」
すぐに事態の異常さを察したアウリンが、ふたりを家の中へと招き入れた。
リビングのテーブルを囲み、アウリン、セリス、ヴィヴィアン、ラピス、ボルダーが腰を下ろす。
「それで……いったい何があったの?」
アウリンが静かに問いかける。
セリスもヴィヴィアンも、ボルダーの傷だらけの姿に目を細めている。
「ボルダーさん……」
ラピスが彼の方を見つめた。
「ああ。実はな……」
ボルダーは重い口を開き、ゆっくりと経緯を語り始める。
──すべてを話し終えると、部屋の空気が一変した。
「……カルミア……っ! あいつ……!」
セリスが立ち上がり、怒りを押し殺した声で拳を握りしめる。
「ふふふ……ユーク君を攫うなんて……絶対に許さないわ……」
ヴィヴィアンは微笑みを浮かべたまま、手にしていた木のコップを静かに握りつぶす。
「ふたりとも、落ち着きなさい! ……ねえ、ボルダーさん」
アウリンはふたりをなだめながら、ボルダーに視線を向ける。
一見、冷静を装っていたが、彼女の前に置かれたコップの中の水は波打っている。
その揺れが、内に秘めた怒りと動揺を物語っていた。
「なんだ?」
ボルダーが目を向ける。
「“カルミア”ってヤツが現場に居たのは本当なのね?」
アウリンが真剣な表情でボルダーを見ながら問いかけた。
「……ああ。敵は二人いた。そのうちの一人が、女の声で“カルミア様”って呼んでた。それは間違いない」
ボルダーが答える。
「っ……意識があったなら、アナタが……っ!」
ヴィヴィアンが怒りに任せて何かを言いかけたが、途中で言葉を飲み込む。
「……すまねえ。一撃でわかっちまったんだ。俺じゃ……勝てねぇってな」
ボルダーはうつむき、悔しそうに頭を下げた。
「気にしないで。あなたが無事だったから、こうしてユークを連れ去った相手の正体が分かったんだもの」
アウリンは首を横に振って彼に言う。
「それより。仲間が失礼なこと言って、ごめんなさい」
そう言って静かに頭を下げた。
「いや、俺には何も聞こえなかったけどな?」
ボルダーが軽く笑って見せる。
「……ありがとう」
アウリンは小さな声で礼を言い、わずかに微笑んだ。
「それと……EXスキルがどうとか、言ってたな。すげえな、ユークの兄ちゃん……あの若さで、EXスキルなんて使えるのか」
何気ない一言のようだった。だが──
「えっ……!?」
アウリンは顔を強張らせた。
(まって。ユークがEXスキルを持ってるって、ラピスにもルチルさんにも言ってないはず……)
彼女の頭の中で、疑念と可能性が交錯する。
(もし、それを知ってる人間がいたとしたら──)
「……ギルド?」
思わず、その言葉が口をついて出た。
「アウリンちゃん……?」
ぽつりと漏らした言葉に、ヴィヴィアンが心配そうに顔をのぞきこむ。
(ギルドならユークのEXスキルを知る機会もあったはず……。あの火傷の男への尋問で聞き出したか、あるいはスキル鑑定のときに見られてたか……)
アウリンの思考は止まらない。
これまでギルドが行ってきた数々の不信行為が、彼女の心に疑念を植え付けていた。
「ギルドが……カルミアや博士とつながってる可能性があるわ」
静かながらも、鋭い言葉に、その場の空気が張り詰めた。
「「ええっ!?」」
全員が驚きの声をあげる。
「そう考えた理由を説明するわ……」
アウリンが推論を説明すると、ラピスを除いた全員が納得したようにうなずいた。
「まさか……ギルドがそんなことを……」
ラピスが俯き、震えた声を漏らす。
「いや、あり得るぜ。あいつらは、俺たち探索者を使い捨てみてえに扱うからな」
長年、探索者としてこの街で活動してきたボルダーの言葉には重みがあった。
「つまり、ギルドには頼れないってことかしら?」
ヴィヴィアンが確認するように聞く。
「たぶんね。言ったところで本気で動いてくれるとは思えないわ」
アウリンが低く答えた。
「どうせ“自己責任”で片づけられるだけだろうな」
ボルダーが続ける。
「……私たち、ギルドのためにどれだけ戦ってきたと……!」
セリスが感情を爆発させる。
「そりゃ、個人で恩義を感じてる奴はいるだろうけどよ、個人じゃあな……」
ボルダーが肩をすくめた。
「個人……ギルドじゃなくて……」
アウリンが口元に指を当て、何かを考えるように目を細めた。
「……いけるかもしれないわ。ユークを直接探すんじゃなくて、連れ去った相手の居場所を特定できれば、ユークもそこにいるはず」
そう言ってアウリンの目が向いたのは、ルチルから渡された魔道具──
転移封じの天蓋だった。
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セリス(LV.33)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪タクティカルサイト≫
備考:カルミアへの怒りに震えており、今にも飛び出しそうなほど感情が高ぶっている。
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アウリン(LV.34)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
EXスキル:≪イグニス・レギス・ソリス≫
備考:ユークが不在の今、代理のリーダーとして冷静さを保とうとしている。
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ヴィヴィアン(LV.33)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
EXスキル:≪ドミネイトアーマー≫
備考:ユークが攫われたという事実に心を大きく乱され、自分でもその動揺に驚いている。
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ボルダー(LV.??)
性別:男
ジョブ:??
スキル:??
備考:酔っていた自分がユークの足を引っ張ったのではないかと悔いており、強い罪悪感に苛まれている。
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ラピス(LV.30)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪テラーバースト≫
備考:あれほど強かったユークが簡単に攫われたことに、驚きと恐怖を隠せずにいる。
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