第14話 イレギュラー
「よし、行くぞ!」
ユークの声が響き、三人は慎重な足取りでダンジョンの七階へと足を踏み入れようとしていた。
そこに至る経緯は、昨日の探索中に遡る。
「なあ、ちょっといいか?」
セリスとアウリンが同時に視線を向ける。
「今の俺たちで、七階に挑戦できないかなって思ってるんだけど……どうかな?」
二人は顔を見合わせた。
確かに六階での戦闘には慣れてきた。しかし、七階となると話は別だ。敵の強さが格段に上がるのは間違いない。
しばしの沈黙の後、セリスが微笑んだ。
「ユークが行きたいなら、私はいいよ」
彼女の言葉は迷いがない。セリスは基本的にユークの決断を信頼していた。
アウリンは腕を組み、少し考え込む。そして慎重な口調で言った。
「うーん……今の戦力でも、行けなくはないわね。だけど、油断は禁物よ。六階までとは違うから」
ユークは頷いた。
「もちろん無理はしないさ。ただ、六階のオーク相手なら問題なく戦えるようになったし、そろそろ次の階層でも通用するか試してみたいんだ」
彼の中には、純粋な探究心があった。どこまで戦えるのか、自分の力はどれほど通じるのか。それを知りたかった。
アウリンは軽く息を吐くと、肩をすくめた。
「仕方ないわね。ま、七階の経験はあるし、引き際を見誤らなければ大丈夫でしょ」
こうして、三人の七階探索が決まった。
七階の雰囲気は六階までとは異なっていた。
この階層にいるモンスターは、一体ごとの強さは六階のオークよりも劣る。だが、それにも関わらず、この階を苦手とするパーティーは多い。
ユーク自身も、かつてカルミアのパーティーにいたころ、この階で苦戦した経験があった。
「この階のモンスター、グレイウルフは群れで襲いかかってくるから、注意していくわよ!」
アウリンが鋭い声で注意を促す。
「——いたっ!」
セリスが前方へ走り出した。
視線の先には、灰色の毛並みを持つオオカミ型のモンスター、グレイウルフの姿があった。
ユークとアウリンが即座に詠唱を開始する。
セリスが槍を構え、一気に距離を詰める。
だが、こちらの接近を察知したウルフたちは、鋭い咆哮を上げながら四匹同時に動き出した。
「《フレイムアロー》!」
だが、ユークの詠唱が終わり、炎の矢が一直線に飛んで先頭の一匹に炸裂した。
倒し切るには至らなかったが、確実にダメージを与え、動きを鈍らせる。
「はっ!」
セリスの槍が唸り、接敵した無傷のグレイウルフの動きを封じようとするが、素早い獣の動きに翻弄され、二匹を通してしまう。
「ごめんっ! 二匹、抜けた!」
すぐさま報告するセリス。
「《フレイムアロー》!」
「《フレイムアロー》!」
ユークとアウリンは冷静に詠唱を続け、二発の炎の矢がそれぞれ別のグレイウルフを狙う。
ユークの矢は地面に当たり、爆発がウルフを巻き込んでダメージを与える。
アウリンの矢は、敵が避けようとした瞬間に不自然な軌道を描き、まるで吸い込まれるように命中した。
「遅れてごめんっ!」
相対していた一匹を倒し終えたセリスが戻り、動けなくなっているグレイウルフたちに止めを刺していく。
「《フレイムアロー》!」
ユークが三発目の魔法を放ち、最初に攻撃を当ててし重症のグレイウルフに止めを刺す。
戦闘が終了した。
アウリンが満足げに笑う。
「やっぱり魔法使いが二人もいると楽ね!」
だが、セリスは少し不安そうだった。
「ちょっと危険じゃない?」
慎重な意見に、ユークは考え込む。
「……じゃあ、もう少し戦ってから決めようか」
バランスを取る形で結論を出す。
その後、数回の戦闘をこなした結果、意外なことに戦いはそれなりにに安定していた。
「抜けた! 一匹!」
セリスの後ろをすり抜けたグレイウルフを、ユークとアウリンが即座に迎撃する。
「「《フレイムアロー》!」」
二発の炎の矢が一直線に飛び、グレイウルフを撃ち抜いた。狼は苦しむ間もなく光へと変わる。
セリスが抜かれるのは最大でも二匹。そこまで危険な状況にはならず、安定して狩りを続けることができたのだ。
昼食の時間になり、ご飯を食べた後、三人は休憩に入る。
「じゃあ、講義を始めるわよ!」
アウリンが得意げに言うと、ユークは姿勢を正して元気よく答えた。
「はいっ! 先生!」
二人は昼食の後の休憩時間を、魔法の勉強に費やしていた。
一方、セリスはというと——。
「ふぁぁ……」
眠たげに欠伸をして、二人の勉強の様子をぼんやりと眺めながら干し肉を齧っていた。
午後になり、再び狩りを再開した。
「「《フレイムアロー》!」」
魔法の詠唱が響くたびに、敵が次々と爆発し倒されていく。午前と同じく順調なペースで狩りが進み、今日一番の稼ぎになるのではないかと三人が思い始めた頃——。
「……おかしい」
敵を探していたセリスが眉をひそめる。
「どうした?」
ユークが警戒しながら尋ねると、セリスは険しい表情で答えた。
「数が……多い」
その瞬間、ダンジョンの通路の向こうから無数の赤い瞳がこちらを睨んでいるのが見えた。
「群れ……しかも、こんなに多いのは普通じゃない!」
ダンジョンには時折"イレギュラー"と呼ばれる異常現象が発生することがある。通常の個体よりも強力なモンスターが生まれたり、特殊な能力を持つ個体が現れたり——。
今回の異常は、数だった。通常と比べて倍近い数のグレイウルフが発生していたのだ。
「来る!」
「《フレイムアロー》!」
ユークの魔法が一匹のウルフを炎に包み込む。しかし、次から次へと襲いかかる狼たちに、セリスの守りが追いつかなくなっていた。
「くっ!!」
槍を振るい何匹かを押しとどめるが、どうしても数匹は抜けてしまう。
「抜けた! 三匹!」
セリスが焦った声で報告する。
「一匹は俺が!」
ユークが短く宣言すると、すぐに詠唱を始めた。その横で、アウリンは詠唱を止めずに頷く。
三匹のグレイウルフが、猛スピードでユークとアウリンに迫る。
「「《フレイムアロー》!」」
二発の炎の矢が飛び、一瞬で二匹を爆破した。しかし、残った一匹がすでに至近距離まで迫っている。
「チッ……!」
ユークは素早く腰のポーチから小さな石を取り出し、全力で投げつけた。
鋭い音を立てて飛んだ石は、見事グレイウルフの片目に直撃する。
「キャンッ!」
怯んだ狼がわずかに動きを止めた瞬間——。
「《フレイムアロー》!」
アウリンの炎の矢が一直線に飛び、狼の身体を貫いた。爆炎とともに最後の一匹も大ダメージを負い、動けなくなる。
「この距離なら私でも外さないわよ!」
アウリンは満足げに笑った。その表情はどこか誇らしげで、いつもの男勝りな雰囲気が強く出ていた。
そもそも、アウリンのフレイムアローの詠唱が長いのは、誘導性能を持たせているためだ。しかし、無誘導であれば彼女はユークよりも速く詠唱できる。
「《フレイムアロー》!」
「《フレイムアロー》!」
一息ついた二人は、手分けしてまだ息のあるグレイウルフたちを次々と焼き払っていく。
少し遅れてセリスが駆け寄ってきた。
「遅れたっ!」
全力で戦っていたせいか、彼女の鎧や衣服にはいくつもの傷がついていた。
「こっちは片付いたわ」
アウリンが肩を回しながら言う。
「セリス、大丈夫か?」
ユークが心配そうに尋ねると、セリスは笑顔を見せながら報告した。
「私の方も終わった! けど……」
言葉を切り、少し考え込んだ後、彼女は真剣な顔で言った。
「やっぱり、もう一人くらい前衛がいたほうがいいかも」
さすがに、この数を相手にするのは厳しかったのだろう。
「そっか、ちょっと甘く見てたかもね……」
ユークが少し落ち込んだように呟く。
「ふぅ。もう十分稼いだし、ちょっと早いけど今日は終わりにしましょうか」
アウリンが提案すると、ユークとセリスはすぐに頷いた。
「賛成!」
「私もっ!」
さすがに疲れたのか、二人とも反対する気はなかった。
そんな中、アウリンがふと真剣な表情になり、少し声のトーンを落として言った。
「ギルドに着いたら、話があるの。ちょっと時間をもらっていい?」
その言葉に、ユークとセリスは顔を見合わせ、静かに頷いた——。
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ユーク(LV.11)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:正直、調子に乗っていたと反省している。
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セリス(LV.12)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:さすがに前衛一人はしんどい。
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アウリン(LV.15)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:今回の事で思うところはある。
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