第136話 夜の街の危機
夜の街を、ユークとボルダーが歩いていた。
「──あーもう! しっかりしてくださいよ!」
ユークが、千鳥足のボルダーに怒鳴る。
「いやー、わりぃ、わりぃ」
赤ら顔で笑いながら、ボルダーはふらふらと前へ進む。
(はぁ……ほっとけばよかったかな)
ユークは心の中でため息をつく。
本当なら置いて帰るべきだった。だが、酒場を出る際、ボルダーが盛大に転んだのを見て、心配になって付き添ってしまったのだ。
そして今、すでにその判断を後悔し始めていた。
大通りは人通りもなく、街を照らすのは星明かりだけ。
「お、こっちの方が近道なんだ」
ボルダーが大通りを外れ、脇道を指さす。
「……はぁ、じゃあ、そっち行きましょうか」
ユークは肩を落としながら、彼と一緒に細い道へと入っていった。
その背後。離れた屋根の上から、その様子をじっと見つめる影があるとも知らずに。
「いやー、すまねぇな兄ちゃん。迷惑かけちまってよ」
陽気に笑いながら謝るボルダー。
「もういいですって。それより宿はまだなんですか?」
ウンザリした表情で、ユークが聞く。
「あぁ? あー、宿ね、宿……宿は──」
酔った頭で思い出そうとするその瞬間。
「よっ!」
唐突に、ボルダーがユークの背中を思い切り突き飛ばした。
「……えっ?」
何が起きたのかも分からぬまま、ユークの体は前方へ吹き飛ばされる。バランスを崩し、石畳に倒れ込んだ。
次の瞬間――。
ゴッ!
鈍い衝突音とともに、ユークのすぐ背後にいたボルダーの姿がかき消えた。
「っ……ボルダーさん!?」
ボルダーがユークを突き飛ばした直後、ユークたちがいた場所を狙うように、 黒く巨大な鱗の生えた腕が、とんでもない勢いで横から伸びてきたのだ。
避けきれなかったボルダーは、そのまま石壁に激突し、瓦礫の山に埋もれていて動かなくなる。
「いったい誰……っ、けほっ、ごほっ!」
声を上げようとしたユークに異変が起こる。砂利が喉に張り付いたような感覚で、声がうまく出せなくなっていたのだ。
(な……!? 声が……出ない!?)
動揺するユークの前に、影の中からひとりの男が現れる。
「よお。久しぶりだな、ユーク」
黒いローブに身を包み、仮面をつけたその男──ユークの元パーティーのリーダー、カルミアだった。口元は布で覆われ、声はこもっていて聞き取りづらい。
「お……っ……」
(お前は……カルミア……!)
声にならない叫びを飲み込みながら、ユークは彼を睨んだ。
「無駄だって。もう声は出せねぇよ」
カルミアは手をひらひらさせるように振り、鼻で笑う。
「吸っちまったろ? それは博士特製の粉でな。喉に入り込むと、しばらく声が出なくなるんだ」
言われて気づく。きらきらと微細な粉のようなものが宙を漂っていることに。
それはまるで光を反射する霧のように、静かに路地を満たしている。
「お前のEXスキルも、これじゃ発動できねぇよなぁ?」
勝ち誇った顔で、カルミアが言った。
(っ……なんでカルミアが俺のスキルのことを……! まさか……!)
「リミッ……っ、ごほっ!」
声を振り絞ってEXスキルを発動しようとするが、途中で咳き込んでしまい、失敗する。
「くっ……はははは! 無様だな、ユーク!」
カルミアが笑う。そこにはただ憎悪と勝利の快感だけがあった。
(なら……!)
ユークは咄嗟にポーチへ手を伸ばし、武器──鉄球を取り出そうとする。
だが。
ガンッ!
背後から一撃。視界がぐにゃりと揺れて、意識が闇に沈んだ。
「喋りすぎですよ、カルミア様。あの酔っ払いが“偶然突き飛ばして”くれたから良かったものの……もしユーク様を殺していたらどうするつもりでした?」
路地に低い声が響く。
そこにいたのは、黒髪を短く切りそろえた女性だった。
眼鏡をかけ、紺色のスーツを身にまとい、片腕だけ緑色の巨大な腕に変化させている。
冷たい視線でカルミアを睨みつけ、緑色に変化した巨大な右腕とは反対側の指で、眼鏡をクイッと押し上げた。
「ちっ、わかってるよ……手加減ぐらいしたさ……」
まったく反省の色もなく、カルミアが吐き捨てる。
「……手加減、ね」
女性は瓦礫に目をやる。血の滲んだ瓦礫の山。ボルダーはその下でピクリとも動かない。
「なんだよ?」
カルミアが女性を睨む。
「……いえ。ユーク様は私が運びます。よろしいですね?」
冷えきった口調で言い放つ女性。
「……ちっ、勝手にしろよ。俺はもう帰るぜ」
不機嫌そうに舌打ちし、道にツバを吐いて去っていくカルミア。
「……まったく。博士も、どうしてあんな男を……」
女性はぼやきながら、緑の腕でユークを軽々と担ぐと、そのまま夜の闇へと消えていった。
静寂が戻った路地の一角で、瓦礫がガラリと動く。
「…………やっと行ったか……」
血まみれの顔をしかめながら、ボルダーが上体を起こした。
「いてて……こりゃあ、どっか折れてるな……。あー……酔いもすっかり醒めちまった」
ボルダーは傷だらけの身体をさすりながら、壁に手をついてゆっくりと立ち上がる。
「兄ちゃんの宿までは……わかんねえしな。ラピスの嬢ちゃんが知ってりゃいいが……」
片足を引きずりながら、壁に手をついてゆっくりと歩き出す。
──こうして、ユークが何者かに攫われたという事実は、闇に埋もれることなく、アウリンたちのもとへ届けられることとなるのだった。
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ユーク(LV.33)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
EXスキル:≪リミット・ブレイカー≫
備考:後衛職ゆえに、カルミアの不意打ちに事前に気付くことが出来なかった。
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ボルダー(LV.??)
性別:男
ジョブ:??
スキル:??
備考:ユークよりもレベルは低いが、カルミアの殺気に気付き、酔った自分では避けきれないと判断して、咄嗟にユークを突き飛ばした。
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カルミア(LV.13)
性別:男
ジョブ:荳顔エ壼殴螢ォ
スキル:蜑」縺ョ謇(蜑」縺ョ蝓コ譛ャ謚?陦薙r鄙貞セ励@縲∝殴縺ョ謇崎?繧貞髄荳翫&縺帙k)
備考:ボルダーの「死んだふり」にも、その実力にも気づけなかった。
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