第134話 街を出るための準備
「ゴルド王国にしよう!」
ユークがテーブルに両手をつき、まっすぐな眼差しで仲間たちを見回しながら宣言する。
「わかった!」
その言葉に、セリスが即座に頷く。
「そう……」
ヴィヴィアンは目を閉じ、小さく息を吐いた。
「どうして、そういう結論になったのか聞いてもいいかしら?」
そして、真剣な表情でユークを見つめていたアウリンが口を開く。
「うん。まず、商国はないと思う。つながりもないし、正直メリットが全く見えない」
問いかける彼女に、ユークはまっすぐ視線を返す。
「それで……?」
アウリンが続きを促す。
「帝国についてだけど、知り合いがいるとはいえ、少し話した程度の関係だし、コネとしては頼りない。それに話を聞くかぎり、全員が一緒に活動できるか不安だと思ったんだ。バラバラになるのは避けたい」
言葉を慎重に選びながら、ユークは続ける。
「ゴルド王国にはアウリンの件もあるけど、ジオードさんもいる。最悪の場合でも、みんなで逃げればいい。それが、俺の考えだ」
その言葉に、アウリンはしばし無言でユークを見つめ――そして、ふっと表情を緩めた。
「……そうね。うん! ちゃんと理由があるなら、それでいいわ!」
難しい顔をしていた彼女がウインクし、明るい笑顔を見せる。
「そっか……よかった……」
ユークは胸をなで下ろし、安堵の息を漏らした。
「じゃあ、これから街を出るための準備を進めるってことでいいのかしら?」
そこに、ヴィヴィアンが近づき、微笑みながら口を開く。
「うん。出発は一週間後にしよう。それまでに、街でやるべきことを全部終わらせる」
ユークが仲間たちを見渡しながら宣言する。
「いいわ。それで私は、何をすればいいの?」
アウリンがユークに視線を向けて尋ねた。
ユークは彼女に向き直って言う。
「アウリンにはギルドに預けてあるお金を、持ち運びやすくて換金率の高いものに替えてきてほしい。たとえば……宝石とかがいいかな」
「オッケー! 任せて!」
アウリンが親指を立てて、快活に応えた。
「ユーク! 私は!?」
セリスが身を乗り出して尋ねてくる。
「セリスとヴィヴィアンは家で休んでて。まだ本調子じゃないんだから、準備は俺とアウリンでやるよ」
ユークは優しい声でそう言った。
「えー!」
セリスが不満そうに声を上げる。
「う〜ん。何もしないっていうのもけっこう辛いのよ?」
ヴィヴィアンも同調するように、少し困った顔を見せた。
そんな二人に詰め寄られ、ユークは苦笑しながら折れる。
「わかった、わかったって! じゃあ、今日だけはちゃんと休んで。明日から手伝ってもらうから!」
ようやく譲歩を引き出せた二人は、不満げな顔をしつつも、しぶしぶ頷いた。
「ユーク。あなたは何をするの?」
アウリンが改めて尋ねる。
「俺は、リーダーらしく、お世話になった人たちに挨拶してこようと思ってる」
笑みを浮かべながら答えるユークに、アウリンもうなずいた。
「いいと思う。私も買い物が終わったら合流するわね」
「よし、決まりだ! じゃあ、さっそく動こう!」
こうして、ユークたちは一週間後の出発に向け、それぞれの準備を始めたのだった。
ユークはまず、アズリアの自宅を訪れた。仮に彼女自身がいなくても、子供たちにも挨拶をしたかったからだ。
家に着くと、中からは賑やかな声が聞こえてきた。ユークが玄関のドアをノックしようとしたその時――
くすんだ金髪のショートヘアの女性、アズリアが買い物袋を提げてちょうど帰ってきた。
「ユーク! こんなところでどうしたんだ?」
驚いた顔でアズリアが声をかける。
「アズリアさん! ちょうどご挨拶に来たところだったんです」
ユークが微笑む。
「済まないな、何度も私に会いに来てたって聞いたよ」
アズリアが申し訳なさそうに頭を下げる。
「い、いえっ! そんな、大したことじゃ……!」
ユークも慌てて手を振った。
「最近はずっと忙しくてね。今日家に帰ってこれたのも、十日ぶりくらいなんだ」
やや疲れた笑顔を浮かべるアズリア。
「あー……お疲れさまです」
ユークは同情のこもった目で彼女を見つめる。
「そうだ、会ったら渡そうと思って、ずっと持っていたんだ。これを」
アズリアはそこそこ大きな袋を差し出した。
「これは……?」
不思議そうな目で袋を見るユーク。
「子供たちを助けてくれたお礼だよ。十万ルーン入ってる。少ないかもしれないが、受け取ってくれ」
それは、博士に誘拐された彼女の子供たちを助けたときの報酬だった。ユークは、あまりにも多くのことがありすぎて、それをすっかり忘れていたのだ。
「ええっ、いいんですか? そんな大金……」
驚くユークに、アズリアは穏やかに答える。
「いいんだ。それに、君たちのやったことを考えたら、これでも足りないくらいさ。……一応、あちこちに頭を下げて、なんとかかき集めた額なんだ。すまないな」
「……わかりました。ありがたく受け取ります」
ユークはしばし逡巡ののち、静かに袋を受け取った。
「今日は何か用だったのか?」
不思議そうな顔でユークを見るアズリア。
「実は、そろそろこの街を出ようと思ってて。そのご挨拶に」
ユークは霊樹の件については触れず、言葉をぼかして伝える。
「……そうか。なら、仕方ないな」
アズリアも何かを察したように、納得した表情を浮かべた。
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ユーク(LV.33)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
EXスキル:≪リミット・ブレイカー≫
備考:思えば、お世話になった人たちもずいぶん増えたと、しみじみ感じている。
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セリス(LV.33)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪タクティカルサイト≫
備考:本当は今すぐにでもユークについて行きたい。でも、自分を気遣ってくれる彼の優しさもうれしく思っている。
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アウリン(LV.34)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
EXスキル:≪イグニス・レギス・ソリス≫
備考:パーティーの資産だけど、思う存分宝石を買ったりできるのは、やっぱり楽しみだったりする。
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ヴィヴィアン(LV.33)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
EXスキル:≪ドミネイトアーマー≫
備考:王国の騎士学校を辞めてまでアウリンについて来た身としては、ゴルド王国にはあまり行きたくなかった。
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アズリア(LV.30)
性別:女
ジョブ:剣士
スキル:剣の才(剣の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪ストライクエッジ≫
備考:自分が家を空ける間は、夫が子どもたちの世話を引き受けてくれていた。
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