第133話 三つの国
ユークたちの家。その中央にある木製のテーブルの上に、一枚の古びた紙地図が広げられていた。
それはこの地方全体を描いたもので、アウリンが持ち込んだものだ。ユークたちは真剣な表情でそれを見つめている。
「まずは、三国の位置関係から説明するわね」
アウリンが手にした指示棒で、地図をなぞりながら話し始めた。
「ここが、私たちが住んでる街。《賢者の塔》がそびえている場所よ。この街の周りは広大な荒野に囲まれていて、その外側に三つの国が、それぞれ違う方角に位置してるの」
そう言って、アウリンは三か所を順に指し示す。
「まず、西にあるのが“ゴルド王国”。その名前のとおり、金や豊かさを象徴する国で、広い平地を活かしてたくさんの作物を育てて、他国に売って稼いでるの。この国は『剣の国』って呼ばれるくらい剣士が多くて強いわ。ただ、魔法使いの数は少なくて、魔法の研究もあまり進んでいない」
ユークはこくりと頷いた。
「次に、北東にあるのが“ルナライト帝国”。ここは皇帝が支配する中央集権の軍事国家よ。直属の騎士団がいて、外から来る者には厳しい審査があるの。でも、剣と魔法の両方に力を入れてるから、ゴルド王国ほどじゃないけど、ここの騎士もかなり強いわ」
「そして南東が“アラゴナ商国”。ここは複数の自由都市が集まった連合体で、お金がすべての国。身元があやしくても、金さえあればどうにかなる一方で、治安はお世辞にもいいとは言えないわね。金で傭兵を雇って兵力を維持してるけど、劣勢になるとすぐ逃げるから、“打たれ弱い”って評判よ」
アウリンの説明を聞いていたセリスが、ぽかんと口を開けた。
「ん~。食べ物の国と軍隊の国とお金の国ってこと?」
「そういうことね」
ヴィヴィアンがやわらかく微笑んで、フォローを入れる。
アウリンはうなずいて、話を続けた。
「あと、大事なのが魔法使いの扱いについてよ。ゴルド王国では“魔術師”っていう、国の認可を受けた者しか、自由に魔法を使った活動ができないの」
「魔術師って、魔法使いとは違うの?」
ユークが首をかしげる。
「ええ。“魔法使い”は魔法を使える人全般を指すけど、“魔術師”はあくまで、ゴルド王国が正式に認可した人だけを指すの。未認可の魔法使いは、入国時に自己申告しなきゃならないし、必要なら監視がつけられることもあるわ」
アウリンは三人の顔を順番に見回した。
「魔術師には1級から3級までの等級があって、私の師匠――ヴォルフは1級魔術師。私は2級、そして私の弟子であるユークは、自動的に3級魔術師として認められることになるはずよ」
「へぇ〜……」
ユークは感心したように声を上げる。
「当然だけど、ユークが何か問題を起こせば、師匠の私が責任を問われることになるわ。その覚悟だけは持っておいてちょうだい」
「……わかった、気をつけるよ」
ユークが思わず唾を飲み込んだのを見て、アウリンは少しだけ満足そうに頷く。
そのまま話題は、他の国の魔法使いへの対応へと移った。
「アラゴナ商国は、さっきも言った通り、お金があればなんでも通る国。魔法使いでも自由に出入りできるけど、魔術師としての身分が保障されるわけじゃないし、治安も悪いから注意が必要よ」
それを聞いて、ユークとヴィヴィアンは神妙な顔つきになる。一方、セリスはどこか退屈そうにアウリンの話を聞き流していた。
「ルナライト帝国も、基本的に魔法使いの入国には制限があるわ。私の持っている魔術師の資格は、あくまでゴルド王国限定だから、帝国に入るには、改めて現地で認可を取り直さなきゃならないの。それがどれくらい面倒かは……行ってみないと分からないけど」
そう言って、アウリンは腕を組み、考え込む。
「ただ、ゴルド王国なら殿下のコネが使えるはず。一番スムーズに入国できるのは、間違いなくゴルド王国ね……だけど私の存在がどう影響するかは分からないわ」
アウリンがゴルド王国の場所を指し示す。
「ルナライト帝国はこの街で知り合った騎士様を頼ることになるわね、おそらく探索者としての仕事を振られるとは思うけど、探索者として優秀であれば、いずれは軍事的な任務にも駆り出される可能性があるってことは覚えておいてね」
アウリンがユークの目を見て念を押す。
「アラゴナ商国は、ツテが無いからお金を使って立場を買って、依頼を受けて生活することになるわ。探索者としての仕事はダンジョンを押さえている商人と知り合えるかにかかっているわね」
全ての説明を終えたアウリンは大人しく席に戻り、目をつぶって小さく息を吐いた。
ユークは地図を見つめながら、腕を組んで考えこむ。
(ゴルド王国は一番入りやすいけど、アウリンのことが不安材料になってくる。ルナライト帝国は力もあるし安全だけど、戦争に巻き込まれるかもしれない。アラゴナ商国は自由だけど、治安が悪くて信用できない……)
彼はちらりとセリスの方を見る。セリスは余り興味が無いようで、自分の席に戻り果物を食べていた。ヴィヴィアンは心配そうにユークの顔を覗き込み、アウリンはじっと彼の決断を待っている。
ユークは何度も考えた末に、どの国へ向かうか決断するのだった。
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ユーク(LV.33)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
EXスキル:≪リミット・ブレイカー≫
備考:アウリンの「責任を問われることになる」発言が地味にプレッシャー。
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セリス(LV.33)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪タクティカルサイト≫
備考:複雑な情勢の話にはあまり興味が無いが、ユークの決断には従う覚悟がある。
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アウリン(LV.34)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
EXスキル:≪イグニス・レギス・ソリス≫
備考:持っている地図は師匠から貰ったもの。
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ヴィヴィアン(LV.33)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
EXスキル:≪ドミネイトアーマー≫
備考:実は三国の政治事情にも興味があるが、口には出さない。
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