第131話 会議は踊る
「僕、この件に関して一切報告を受けていないんですけど……どういうことか、説明してもらえますか?」
黒髪を短く整え、紫のスーツをきっちりと着こなした若い男――ギルドマスターのロンビナが、柔らかな笑みを浮かべながら静かに問いかける。
「申し訳ありません……私の独断で、報告の必要はないと判断し、報告しませんでした……」
所長のブロモラは顔面蒼白になりながら、大量の汗を何度も拭い、声を震わせて答えた。
「それは問題だ!」
「責任を取って辞任しろ!」
「街が滅ぶところだったんだぞ!」
会議に参加していた者たちから、非難の声が次々に飛ぶ。
「なぜ、報告しなかったのですか?」
ロンビナは微笑みを崩さず、再び穏やかに尋ねる。
「そ、その……あの頃は、オライト殿やカナリート殿からも同様の報告が複数届いておりまして。ですが、確認に行かせても毎回なにも起きておらず……今回も同じだと、勝手に判断してしまいました。本当に申し訳ありません……」
ブロモラは深くうなだれ、言葉の端々に悔いの色をにじませる。
「特に、ユーク殿、そしてルチル殿。私の不手際により、お二人には危険な任務を強いてしまって申し訳なく思う。そして、この街を救ってくださったことに、深く感謝したい」
そう言って、ブロモラはユークとルチルに向き直り、深々と頭を下げた。その顔は青ざめていたが、言葉に偽りはなかった。
頑なだった彼がここまで頭を下げる日が来るとは思ってもおらず、ユークは一瞬、言葉を失ってしまう。
「……さて、オライトさん、カナリートさん」
ロンビナは視線を黒い鎧のオライトと、鉄色の鎧を着たカナリートに向ける。
「ま、待ってくれ! 俺は部下の報告をそのまま所長に伝えただけだ! 調査しろなんて一言も言ってないぜ!」
アラゴナ商国から派遣された騎士、カナリートが慌てて叫ぶ。黄色の髪を立て、どこか軽薄そうな顔つきの男だ。
「吾輩も探索者に懇願されて、所長に調査を依頼しただけなのである。その探索者は調査結果を伝えようとしたときに連絡がつかなくなり、不審には思っていたのだが……」
ルナライト帝国の騎士、オライトは唸るように言葉を続けた。
「待ってくれ!」
停滞しかけていた会議に、ルチルが声を上げて立ち上がる。
「本来なら、霊樹の異常はギルド全体で即座に対応すべき重大な案件だったはずです! それを軽視し、報告を怠ったのは重大な職務怠慢にあたるのではありませんか?」
「たしかに……」
「それは言えてる……」
議場の空気が再びブロモラへの批判へと傾いていく。
「なるほど……ところでルチルさん。素晴らしい魔道具をお持ちですね。映像を記録できるものがあるとは、僕も知りませんでしたよ」
ロンビナが相変わらず微笑みながら、視線をルチルへ向ける。
「ま、まあ、最新式の魔道具ですからね。この街で持っているのは私ぐらいかと……」
若干押され気味に、ルチルが答えた。
「その魔道具で最初から霊樹の様子を撮影し、所長に見せていればよかったのでは?」
ロンビナが顎に手を当て、目を細める。
「それは……!」
ルチルが言葉に詰まる。実のところ、手柄を独り占めにしたかったからだが、もちろん本音を口にするわけにもいかない。
「こ、個人の私物を……なぜギルドのために使わなくてはならないんですか!?」
思わず逆ギレ気味に言い返す。
「まあ、それも一理ありますね。とはいえ、ブロモラさん、証拠があれば動いていたのでは?」
ロンビナは視線をブロモラへ戻す。
「……たしかに。動いたと思います……が、手が足りなかったのも事実ですので。ルチル殿が動かれた方が、対応は早かったでしょう……」
ブロモラは申し訳なさそうに答える。
「つまり、ルチルさんの行動が正しかった、ということになりますね」
ロンビナがふたたびルチルへと視線を向ける。
「……え?」
ルチルが思わず目を瞬かせる。
「ありがとうございます、ルチルさん。あなたのおかげで、この街は救われました!」
そう言いながらロンビナは歩み寄り、ルチルの両手を包み込むようにして握手をする。
「は、はい……」
ルチルは目を白黒させながら応じた。
「君もだよ、ユークくん! 本当に大変だったね。謝礼金はルチルさんから支払われるものとは別に、ギルドからも出させてもらうよ!」
ロンビナは同じようにユークの手も両手で握り、力強く握手を交わす。
「えっ? あ、いえ、そんな……」
ユークは慌てて立ち上がり、恐縮しきりだった。
「とはいえ、ブロモラさんの過失は消えません。この事件が完全に解決するまでは所長を続けていただき、その後、責任を取って辞任していただく。……この案でどうでしょうか?」
ロンビナはユークの手を離し、両手を広げて会議全体に問いかける。
「ギルドマスターは、まだ事件が解決していないとお考えなのですか?」
出席者のひとりが問い返す。
「はい。ルチルさんからユークくんの話を聞いた限りでは、まだ終わっていないと判断しています。ユークくん、申し訳ないけれど、ここで皆さんにもう一度、詳しく説明してくれるかな?」
ロンビナがユークに視線を向ける。
「は、はい! わかりました!」
ユークは、このために呼ばれたのだと察し、静かに頷くと、前に出て説明を始めるのだった。
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ユーク(LV.33)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
EXスキル:≪リミット・ブレイカー≫
備考:説明の練習は家でアウリンとやってきた。
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ルチル(LV.??)
性別:女
ジョブ:??
スキル:??
EXスキル:《ブレイブハート》
備考:苦労してブロモラを出し抜いたが、発言力は思ったほど上がらなかった。
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ブロモラ(LV.??)
性別:男
ジョブ:??
スキル:??
備考:ギルドガード所長。短く整えられた緑の髪と髭が特徴のいかつい顔立ちだが、今はすっかり憔悴している。
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ロンビナ(LV.??)
性別:男
ジョブ:??
スキル:??
備考:ギルドの最高責任者であるギルドマスター。20代の若い男性で、常に柔和な笑顔を浮かべている。彼が怒ったり慌てたりする姿を見た者は誰もいない。
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