第127話 希望の樹液
ストームバードは大地に降り立つと、その巨体を静かにしゃがませた。
「ありがとう、助かったよ」
ユークはその額に手を伸ばし、感謝を込めてそっと撫でる。毛並みを通し、その巨大な鳥の温かい体温が伝わってきた。
ストームバードは気持ちよさそうに目を細め、喉奥で小さく一声鳴らすと、大きく羽ばたいて空へと帰っていく。
「ユーク殿! 無事だったか!」
その声に振り向けば、駆け寄ってきたのは、赤い鎧に身を包んだルチルだった。
「……っ!」
だが、彼女の姿を目にした瞬間、ユークは言葉を失ってしまう。
彼女の鎧は無惨なまでに傷付き、何カ所も大きく欠けていた。鮮やかな赤色は土と血に塗れ、本来の輝きは失われている。
手に握られた剣は刃こぼれだらけで、もはやまともに戦える状態ではないだろう。
――それでも、彼女の瞳には、なお強い意志の炎が宿っていた。
「その男は……?」
彼女の視線が、ストームバードが運んできた人物へと向けられる。顔の半分に焼け跡を負い、手足を縛られたまま、意識を失って倒れている男だった。
ユークは静かに、しかしはっきりとうなずいて言う。
「……こいつが、今回の事件の犯人です」
「こいつが……」
ルチルの目が細められる。怒りを押し殺したような、冷たい視線だった。
「おい、連れて行け!」
命じられた兵士たちが男を抱え上げる。
「うわっ、なんだこいつ……手足がグチャグチャじゃねぇか」
「人間って、こんなふうになるもんかよ……」
戸惑いながらも男を運ぶ兵士たち。その様子を一瞥すると、ルチルがユークに問いかけた。
「……で、何があった? 詳しく聞かせてくれ」
「はい。実は――」
ユークはこれまでの経緯を手短に説明する。霊樹の根で戦った巨大なラルヴァ、精霊との出会い、そして男との壮絶な戦闘。
ユークが話し終えると、彼女は深く息を吐き出した。
「そんなことになっていたとは……」
ルチルの顔には、深い緊張と安堵が浮かんでいる。もし判断を誤っていたら、街ごと壊滅していたかもしれない。その重みが、彼女の肩に重くのしかかっていた。
「……すみません。詳しい説明は後でも構いませんか? まずは仲間を病院に……」
ユークが頭を下げる。彼の視線は、背後で傷ついた仲間たちの方へと向いている。
「まあ、それはしょうがないな……」
そう言って、ルチルは懐から一枚の紙を取り出し、さらさらと何かを書きつけると、ユークに手渡した。
「これは……?」
ユークは不思議そうに紙とルチルの顔を交互に見た。
「一筆書いておいた。これを見せれば、治療の優先が受けられるはずだ」
ルチルは静かに目を閉じ、頷く。
「……ありがとうございます!」
ユークは心からの礼を込めて、深く頭を下げた。
「なに、当然のことだ」
そう言って、ルチルは剣を地面に突き立て、安堵の笑みを浮かべる。
「では、俺はこれで――」
ユークが彼女の横を通り抜け、歩き出そうとしたそのとき――
「ユーク殿!」
背後から名を呼ぶ声が飛んできた。
「えっ?」
思わず振り返ると、ルチルがまっすぐにこちらを見つめている。
「……ありがとう。君たちがいなければ、私たちは全滅していたよ」
静かな声。しかし、その言葉には重みがあった。ルチルはユークの肩に手を置き、感謝の気持ちをまっすぐに伝えてくる。
(……巻き込んだのは、俺たちなのに)
ユークは胸の奥に渦巻く複雑な感情を言葉にできず、ただ静かにうなずくことしかできなかった。
「ユークさんっ!」
その直後、ラピスが駆け寄ってきて、勢いよくユークに抱きついた。
「無事で、本当によかった……!」
「うわっ!? わ、わっ……!」
彼女はどうやら鎧を外していたようで、抱き着かれたユークは、ラピスの胸の感触に思わず硬直する。
「ちょっ、ラピス! 離れてってば!」
ユークの顔が真っ赤になり、慌てて後ずさる。
「……っ! ご、ごめんなさい! 私ったら!」
自分の行動に気づいたラピスは、顔を真っ赤にして慌てて飛び退いた。
そんな二人のやり取りを、アウリンは小さくため息をつきながら見守っている。
セリスは頬を膨らませ、じっとユークをにらんでいた。
ヴィヴィアンは口元に薄く笑みを浮かべているが、その瞳はまったく笑っていない。
「それより……これを見てよ!」
ユークがカバンから取り出したのは、ガラス瓶に収められた金色の液体――精霊から託された霊樹の樹液だった。
「それって……!」
「すごい……こんなに濃い色、初めて見た!」
ラピスと仲間たちは目を輝かせながら、小瓶にくぎ付けになった。
「これで、ようやく約束を果たせるよ」
ユークが穏やかに微笑んだ。
ラピスとの約束。そのためにずいぶんと遠回りしてしまったが、ようやくここまでたどり着いたのだ。
「さて、私はセリスたちを病院に預けてから、霊薬の調合に入るわ。あなたたちは、先に孤児院へ向かっていてくれる?」
アウリンがてきぱきと指示を出す。
「私にも手伝わせてください! お願いします!」
ラピスがすかさず手を挙げた。
「ええ、もちろんいいわよ。ただし、こき使ってやるから覚悟しなさい!」
アウリンが笑顔で応える。
「はいっ!」
ラピスも明るくうなずいた。
「それじゃ、ひとまず外に出ようか」
ユークの言葉に、全員がうなずく。
しかし、彼の視線はセリスのほうへと向かっていた。セリスは顔色が悪く、まだ一人で立つのが辛そうに見える。
「でも、その前に……よっと!」
ユークはためらうことなくセリスに近づき、その華奢な体を背負い上げた。
「ユーク!? ダメだよ、ユークだって、さっき倒れかけたんだから!」
セリスが慌てて声を上げる。
「セリス……これくらいはやらせてよ。大切な恋人が大怪我してるのに、じっとしてなんていられないんだ」
ユークの優しい声に、セリスは顔を伏せ、小さく頷いた。
「……うん」
ユークの背中から感じられる温かい体温に、セリスは安心して目を閉じる。
「さあ、行くわよ!」
アウリンが号令をかける。
(……ちょっとだけ、羨ましいわね)
そう思いながら、アウリンは微笑む。
こうして、ユークたちは《賢者の塔》を後にするのだった。
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ユーク(LV.28)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:軽い気持ちで交わした約束が、こんなにも重くなるなんて思わなかった。
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セリス(LV.28)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:ユークの背中って……こんなに大きかったんだ。
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アウリン(LV.29)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:さて――面倒な仕事はさっさと終わらせて、家に帰って休みたいわ。
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ヴィヴィアン(LV.28)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:ちょっと羨ましくなっちゃったけど……私の体格じゃ無理よねぇ。
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ラピス(LV.30)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪テラーバースト≫
備考:これでようやく……院長先生の病気が治るんですね!
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ルチル(LV.??)
性別:女
ジョブ:??
スキル:??
EXスキル:《ブレイブハート》
備考:これから戻って報告書を書かねばならないのか……。もうずっと現場に居たい……
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