第126話 精霊の再臨、そして反撃
火傷痕の男との戦いが終わり、ユークのEXスキル『リミット・ブレイカー』による青いオーラも静かに消えていった。
その場にいた誰もが、言葉を失って立ち尽くす。火傷の男は四肢を砕かれ、すでに意識を失っている。
「ユーク……!」
アウリンが心配そうな表情でユークのもとへ駆け寄った。あれだけの激闘の末だ、体に何かあっても不思議ではない。
「……あれ?」
ユークの体がぐらりと揺れる。
「ユーク君!」
ヴィヴィアンが叫び、痛む足を忘れて立ち上がろうとするが、すぐに激痛に顔をゆがめ、その場に座り込んでしまう。
「ユーク!」
セリスも背中の傷を押さえながら、懸命にユークへと近づいていく。
「大丈夫……」
ユークは小さく笑みを浮かべると、かすかな声を残してそのまま倒れかける。アウリンが慌ててその体を支えた。
「ユーク、無理しないで! アウリン、治療をお願い!」
セリスの叫びに、アウリンは頷くと膝をつき、薬草を染み込ませた包帯を手早く巻いていく。
「だ、大丈夫だって。ただちょっと感覚が変で……」
慌てて弁解するユーク。しかし、それは肉体的な限界によるものではなく、『リミット・ブレイカー』の解除に伴う反動だった。
感覚器官と身体能力の間にずれが生じ、そのギャップがわずかな動きすら乱していた。そのせいで、ユークは思わず膝をついてしまったのだ。
「とにかく、ここから離れましょう。この男も連れて帰るわ」
アウリンはセリスにも包帯を巻きながら、落ち着いた声で告げる。
「わかったわ。アウリンちゃんはユーク君をお願い。この人は私が連れていくから~」
ヴィヴィアンは足を引きずりながらも、気絶した男の元へ向かう。
「私がロープで縛るわね。セリス、肩を貸さなくても大丈夫?」
アウリンが視線を送ると、セリスは血に染まった背中を押さえながらも、力強く頷いてみせた。
「そういえば、霊樹の精霊がいれば帰るのが楽だったわね……」
男を縛っている最中、アウリンはふと、彼女のEXスキルに巻き込まれて消えた霊樹の精霊のことを思い出す。
彼は身を挺して、男とラルヴァの女王の動きを止めてくれた。その存在があったからこそ、彼らはこの戦いに勝つことができたのだ。
「精霊さん……ありがとう……」
セリスが目を閉じ、静かに呟く。
その時だった。地面のあちこちから淡い光が泉のように湧き上がってく。やがて光は一点に収束し、その中心から、しとやかな人影がゆっくりと浮かび上がった。
光が収まると、そこに立っていたのは、透き通るような肌と深緑の瞳を持つ絶世の美女だった。長い髪は霊樹の葉の色を映し、優雅なドレスは桃色に淡く透けている。
『皆、よくやってくれた。ようやく霊樹の機能を回復させることができた』
美女は微笑みながら口を開く。その声は、ユークたちにとって聞き覚えのあるものだった。
「あなた……まさか……霊樹の精霊?」
アウリンがはっと目を見開き、問いかける。美女は慈しみに満ちた笑みを浮かべ、静かに頷いた。
「精霊さん……生きてたんだ……!」
セリスが、かすれた声でそう呟いた。
精霊は静かに両手を広げた。すると、彼女の体からまばゆい翠のオーラが溢れ出す。
その光は霊樹全体を優しく包み込み、傷ついた樹皮を撫でるように広がっていく。
次の瞬間、枯れかけていた霊樹が青々とした生命力を取り戻し、まるで鼓動を打つように、わずかに震え始めた。
だがその頃、霊樹の各地では、まだラルヴァの群れが猛威を振るっていた。赤黒い肉塊が、今も霊樹の命を蝕み続けている。
すると突然、ラルヴァの周囲に無数の魔法陣が出現した。翠色に輝く魔法陣から現れたのは、霊樹に本来出現するはずのモンスターたちだった。
ジャイアントワームが粘着糸でラルヴァを縛り、キラーマンティスたちは鋭い鎌で肉体を断ち切っていく。
空色の翼を持つ巨鳥は、急降下してラルヴァを一撃で粉砕していった。彼らはまるで恨みでもあるかのように、ラルヴァ以外には目もくれず、ひたすらに異形を駆逐していく。
「ちぃっ! まだこんなにいるのか!」
霊樹外縁部の森で、ルチルは自ら剣を振るい、次々とラルヴァの異形を斬り伏せていた。すでに『ブレイブハート』は使用済みで、体力も限界に近い。
それでも、一歩たりとも引かなかった。いま自分が引けば、隊は総崩れとなり、部下たちを全て失うことになる。
「みんな、頑張って! ユークさんたちも、きっと――!」
隣では、ラピスたちのパーティーが必死に戦っていた。
映像の魔道具は、兵士のひとりに持たせてすでに退避させてある。本来なら、彼女たちも一緒に逃げてよかったのだが――
ユークたちに戦わせておいて自分たちだけが逃げるなどという選択は、彼女たちの誇りが許さなかった。
さらに奥では、ラピスたちの護衛として同行していた琥珀のゴーレムが、役目を果たし、ラルヴァの海に沈んでいる。
そのとき――空を裂くような羽音が、辺りに響き渡った。
「なんだあれは!?」
探索者のひとりが叫ぶ。霊樹の奥から、無数のキラーマンティスが押し寄せてくる。
「くそっ、今度はダンジョンのモンスターまで――」
誰かがそう叫ぶより早く、ルチルが声を張り上げた。
「待て! よく見ろ! 奴らはラルヴァを攻撃してる! 味方だ!」
その言葉通り、キラーマンティスたちは探索者たちには目もくれず、一直線にラルヴァへ突撃していく。
「うおおおおおお! 味方だ! 味方のモンスターだ!」
「これで勝てるぞ!」
絶望の淵にいた探索者たちが、歓喜の声を上げた。力を取り戻した彼らは、仲間となったモンスターたちと共に、最後の掃討戦へと挑んでいく。
――場面は再び、霊樹の中心部。ユークたちと精霊のもとへと戻る。
『この階層に残るラルヴァどもは、我が配下のモンスターたちに討たせた。まもなく殲滅が完了するだろう』
精霊は力強く告げた。
『改めて礼を言おう。勇士たちよ』
頭を下げる精霊に、ユークは慌てて首を振る。
「いえ……俺たちは、自分にできることをしただけです」
ユークの言葉に、精霊は穏やかな笑みを浮かべた。
『……そうだ。我の樹液の件だが……ユークよ、何か入れ物はあるか?』
「え? あっ、はい……」
少し慌てながらユークはカバンを探り、空のガラス瓶を取り出す。
『うむ、それで構わぬ』
霊樹の精霊が指先を瓶の縁にかけると、そこから淡い緑色の光があふれ出した。
やがて、指先からぽたり、ぽたりと琥珀色の液体がしみ出し、瓶の中をゆっくりと満たしていく。
香りはほのかに甘く、どこか神秘的な気配を宿していた。
『すまんが、今はこの量で精一杯だ。足りぬようであれば、数日後にもう一度来てほしい』
そう言った精霊の表情は、どこか申し訳なさそうだった。
「いえ……十分よ。これだけあれば余裕で足りるわ」
アウリンが瓶を手に取って言った。
『今は体を休めるがいい。残りの報酬の品は、次に訪れたときに用意しておく』
そう言って精霊が手を振ると、ユークたちの目の前に三つの魔法陣が現れた。
その中から姿を現したのは、かつて精霊が身を宿していた空色の翼をもつ巨鳥――ストームバードだった。
三体のストームバードが舞い上がり、それぞれが役目を果たす。
一体は気絶した火傷の男をしっかりと掴み、もう一体はユーク、アウリン、セリスの三人を背に乗せる。残りの一体は、ヴィヴィアンを鎧ごと、慎重にその足で持ち上げた。
『では、また会おう』
精霊の言葉とともに、ストームバードたちは羽ばたいた。霊樹の玉座を後にし、ルチルたちの元へと向かっていく。
ラルヴァの掃討が完了し、霊樹のモンスターたちが静かに姿を消すなか、ルチルたちは地に座り込み、生きている喜びを噛みしめていた。
その時、空から三つの影が舞い降りてくる。
「あれは……!」
ルチルが目を凝らすと、そこにはストームバードに乗って戻ってくるユークたちの姿があった。
「ユーク殿だ! ユーク殿たちが戻ってきたぞ!」
兵士や、事情を理解していない探索者たちまでもが歓声を上げ、歓喜の輪が広がっていく。ルチルも安堵の表情を浮かべ、駆け寄った。
「ユーク殿! 無事だったか! そして、その男は……?」
ユークはゆっくりと頷く。
「はい。……こいつが、今回の事件の犯人です」
ストームバードは火傷の男を地面に下ろし、ルチルたちに一礼すると、再び空へと舞い上がっていった。
こうして、霊樹を巡る過酷な戦いは、真の終わりを迎える。
疲れ果てながらも無事に生還したユークたちは、仲間たちの歓声に包まれながら、その勝利を静かにかみしめるのだった。
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ユーク(LV.28)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:もう大丈夫だって言ってるのに……みんな、心配しすぎだよ。
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セリス(LV.28)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:あんな戦い方をして、そのすぐ後に倒れたら……大丈夫だなんて思えないよ。
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アウリン(LV.29)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:セリスだって重傷なんだから、もう少しじっとしてなさい!
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ヴィヴィアン(LV.28)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:やっぱり……私、今回も荷物みたいに運ばれるのね。
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ラピス(LV.30)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪テラーバースト≫
備考:本当によかった……ユークさんたちが無事で……!
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ルチル(LV.??)
性別:女
ジョブ:??
スキル:??
EXスキル:《ブレイブハート》
備考:ラルヴァの数が想像以上に増えていたときは、「やっちゃったな」と思ったものだが……こうして生き残ったんだ、結果オーライってやつだな。うん。
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