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第125話 生き残った悪意


 黒焦げになったラルヴァの女王の死骸が、光となって消え始める。


 戦いは、終わった。


 しかし、ユークたちも限界まで疲弊(ひへい)していた。セリスは肩で荒く息を吐き、ヴィヴィアンは地面に座り込んだまま足をかばって動けない。ユークも頭痛がするのか、こめかみに手を当てていた。


 そのとき――


「セリスっ! 避けて!!」

 アウリンの叫びと同時に、背後から影が飛び出し、セリスの背を鋭く切り裂いた。


「――っ!」

 セリスが(うめ)き、(ひざ)をつく。肩から背中にかけて大きく裂けた傷口から血があふれ出し、彼女は手で必死にそれを押さえた。


「ふう……危機一髪だったぜ」

 現れたのは、死んだはずの火傷の男だった。


「な……んで……」

 アウリンが蒼白な顔でつぶやく。


 男はアウリンのEXスキルが発動する直前、クイーンの体内に身を潜めていたのだ。そのため、クイーンは倒れたが、男だけは辛うじて生き延びた。


 絶望が彼女たちを包む。ユーク、セリス、霊樹の精霊の三人でようやく戦えた相手に、今やヴィヴィアンは足を負傷し、セリスも重傷。さらに、精霊はアウリンのEXスキルに巻き込まれて消滅してしまっている。


 男がじりじりとアウリンに近づく。その視線はいやらしく、彼女の身体を()めるように()い、舌なめずりをしていた。


 男の股間が膨らんでいることに気づいたアウリンは、男が何をしようとしているのかを悟る。頭の中で、自ら命を絶つという最悪の選択肢すらよぎる。


 ――だが、その時。


「アウリン、下がって」

 ユークが男の前に立ちはだかった。


 そして、静かに告げる。


「EXスキル、《リミット・ブレイカー》」


 ユークを中心に漂っていた青いオーラが、ふっと消える。それと同時に、『リインフォース』の効果も消失。だが代わりに、ユークだけが深く濃い青のオーラに包まれていた。


「ユークっ……!」

 ヴィヴィアンが驚きと不安をにじませた声を漏らす。


 ユークのEXスキル『リミット・ブレイカー』。それは30秒間、自身の全能力を300%に引き上げる究極の自己強化スキル。ただし、その代償として、スキル終了後24時間はジョブが完全に停止する。


「ちっ、強化魔法が切れたか。ちょっと残念だな……」

 男が軽口を叩くが、ユークは無言でその視線を射抜く。


 セリスを傷つけ、仲間を――恋人を汚そうとしたこの男を、ユークは決して許せなかった。


 魔法の詠唱を始めるユーク。その速さに、男は思わず目を見張る。


「あれは……まさか、ユークのEXスキル!?」

 アウリンが息を呑む。


「《フレイムレーザー》!」

 ユークが魔法を放つ。


 男は咄嗟(とっさ)に全力で回避した。炎の閃光が男の(ほほ)をかすめ、地面に着弾して爆発を起こす。


(速すぎる……!)

 男の背筋に冷たい汗が流れる。


「《ストーンウォール》!」


 男の真横から突如(とつじょ)石壁がせり上がり、その体を強かに叩きつけた。

「くそっ!」


 セリスは肩の痛みをこらえながら、ユークの戦いぶりに目を奪われていた。先ほどまでの彼とは別人のような鋭さ。魔法の精度と速度は、まさに圧倒的。


 ユークの怒りが、すべての魔法に乗り移ったかのようだった。


 嵐のような攻撃が男を襲う。フレイムボルト、アイスボルト、ストーンウォール――視界を封じ、足を奪い、行動を制限する連携。


 さらに、ユーク自身も前に出て戦った。熟練の手つきで鉄球を投げる。その身のこなしは尋常ではなく速い。近接戦闘を主としない魔法使いとしては異常とも言える動きだった。


 そのうえで高速魔法と鉄球の連携が加わり、ユークの攻撃はより一層、厄介なものとなっていく。


 残り、23秒。


(こいつ……何者だ!?)

 男は信じられないという表情で、急激に強くなったユークを見つめる。


「あの動き……本当にユークなの……」

 アウリンが呆然(ぼうぜん)とつぶやく。普段の彼からは想像もつかないほど、激しい戦いぶりだった。


 石壁が男の視界を塞ぐ。消えた瞬間、ユークが正面から『フレイムボルト』を撃ち込んだ。


「はっ、真正面からとは、バカが!」

 男は『エアスラッシュ』を放ち、魔法を打ち消す。


 だが、違和感。


(なぜこの魔法(フレイムボルト)……? こんなときに、あえて遅い魔法を……)

 疑問が形になるよりも早く、魔法に紛れていた黒い玉が飛び出した。


「……なッ!?」

 咄嗟(とっさ)に防御態勢を取る男。その耳に、ユークのカウントが届く。


「……2、1」


 ――残り、15秒。


 黒い玉が炸裂し、爆風が地面ごと吹き飛ばす。男の身体は空中を舞い、地面に叩きつけられた。


 転がる男。その視界に、上空から巨大な石壁が迫る。


 ――残り、5秒。


「や、やめろぉぉぉぉ!!!!」

 泣き叫び、命乞いする男。


 だが石壁は、男の顔すれすれでぴたりと止まった。


「ダメっ……殺しちゃ……!」

 アウリンが思わず叫ぶ。だが、ユークの表情は変わらない。


(……はっ、人も殺せねぇのか。お前らみたいな日和った奴らには……!)

 男は安堵すると同時に、ユークを嘲笑する。殺す覚悟がないと、見下した。


 だが次の瞬間――


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」

 鈍い音が響き、男は絶叫した。


 ユークの『ストーンウォール』が、男の四肢(しし)を容赦なく砕いたのだ。


「……え……」

 セリスは呆然と見つめた。人の手足を砕くユークの姿は、これまで一度も見たことがなかった。


 その底知れぬ怒りを目の当たりにしながらも、自分を守ってくれたことへの感謝と、彼にここまでさせてしまったことへの後悔が胸にこみ上げる。


 ――残り、1秒。


「お前を殺すつもりはない」

 ユークが吐き捨てるように言い放った。


「だが、お前から戦闘能力は奪わせてもらう」

 男は絶叫しながら、痛みに耐えきれず意識を失った。


「……すごい。ユーク君、本当に……」

 ヴィヴィアンは涙を浮かべ、彼の姿を見つめる。絶望の淵から仲間を救ってくれたその姿は、彼女にとっての希望だった。


「ユーク……」

 アウリンは、ただその名を呼ぶしかできなかった。彼の強さ、そして仲間を思う気持ちに、胸を深く揺さぶられていた。


 こうして――


 本当の意味で、“霊樹の戦い”は終わりを迎える。


 そして、ユークの『リミット・ブレイカー』も静かに効果を終えた。


 たった30秒。


 けれど、その時間は戦場の運命を(くつがえ)すには、十分すぎるほどだった。


◆◆◆


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ユーク(LV.28)

性別:男

ジョブ:強化術士

スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)

備考:皆を守れて本当に良かった。

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━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

セリス(LV.28)

性別:女

ジョブ:槍術士

スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)

備考:……あの時完全に油断してた。もっとちゃんとしないと……

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

アウリン(LV.29)

性別:女

ジョブ:炎術士

スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)

備考:これであの男から情報が引き出せるわね、いったい何を企んでいるのかしら……

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ヴィヴィアン(LV.28)

性別:女

ジョブ:騎士

スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)

備考:今度ばかりはもうダメかと思っちゃったわ……

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

火傷痕の男(LV.??)

性別:男

ジョブ:??

スキル:??

EXスキル:≪エアスラッシュ≫

EXスキル:≪ビーストソウル≫

備考:白目をむいて泡をふいて気絶している。

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