第124話 樹上の決戦 後編
「ユーク、始めるわよ!」
アウリンの声に、ユークは頷く。目の前には、芋虫のように膨らんだ胴体から次々とラルヴァの幼体を産み落とすラルヴァの女王がいた。
「《ストーンニードル》!」
ユークが魔法を発動すると、地面から鋭い石の針が突き出し、生まれたばかりのラルヴァの幼体を次々と貫いていく。しかし、女王の産み出す速度も速く、すぐに次の幼体が生まれてくる。
「くっ、きりがないな……アウリン、頼む!」
ユークの言葉に詠唱を続けながら頷くアウリン。
「《フレイムランス》!」
アウリンが放った強力な炎の槍が、女王の胴体から突き出した腕(足)の一本を直撃する。
「キュルルルルル!」
女王が苦痛に満ちた鳴き声を上げた。腕は焼け焦げ、霊樹との繋がりも断たれたのか、力を失って垂れ下がる。
「よし! 一本目、完了!」
アウリンの声に、ユークもわずかに肩の力を抜いた。
だが、戦いはまだ序盤にすぎない。女王は自らを守るため、次々とラルヴァの幼体を産み出していた。
「次は、あの奥のやつ!」
アウリンが指さす。女王の胴体からは、太い触手のような腕が二本、さらに六対――合計十二本の足(腕)が突き出ている。
つまり、計十四か所の接続部を破壊すれば、この戦いに終止符を打てるはずだった。
「《フレイムランス》!」
アウリンの放った炎の槍が、女王の足の一本を打ち砕く。
「キュルルルルッ!」
再び女王の悲鳴が響き渡る。
「よしっ、あと十二本!」
ユークの声が、戦場に響く。ユークは次々と現れるラルヴァの幼体を魔法で足止めし、アウリンが女王の融合部位を狙い撃つ。
「《フレイムアロー》!」
爆発する炎の矢が、女王の足に突き刺さり、動きを鈍らせる。
「《フレイムボルト》!」
ユークが放った炎の矢が、迫りくるラルヴァの幼体を爆散させた。
「《フレイムランス》!」
アウリンの魔法で、女王の足がさらに一本、断ち切られる。
「あと十本よ!」
アウリンの容赦ない攻撃が続く。女王は苦しげに身悶え、産み出すラルヴァの数もわずかに減ったように見えた。
一方、セリスたちの戦場では、霊樹の精霊、セリス、ヴィヴィアンの三人がかりで、火傷の男を追い詰めていた。
「やぁっ!」
「はああっ!」
セリスとヴィヴィアンの連携攻撃が続く。男は巧みに剣を操り、三人の攻撃を捌いていくが、その動きにはわずかな焦りが見え始めている。
「《フォースジャベリン》!」
セリスが魔槍を突き出すと、光を帯びた槍が男に向かって一直線に飛んでいく。
「《エアスラッシュ》!」
男の見えない斬撃が飛来し、セリスのフォースジャベリンと空中で激しく衝突する。閃光が走り、二つの攻撃は相殺され、消滅した。
(くそっ、この女、厄介な……!)
男は内心で舌打ちする。セリスの槍術はヴィヴィアンとは違い、動きの癖が読めない。
ヴィヴィアンの剣術は、自身と似た性質を持つため、軌道や意図を先読みできた。だが、セリスの魔槍は予測を裏切る動きを見せ、対応が遅れる。
そして男は気づいた。自身が本能的に攻撃を仕掛けたとき、ヴィヴィアンの反応が一瞬だけ遅れることに。
剣術を主体としない相手との戦いでは、動きにズレが生じる――まるで台本のない即興劇に戸惑う役者のようだった。
「チッ、これならどうだ!」
男の身体から、どす黒いオーラが立ち上る。
「EXスキル、《ビーストソウル》!」
男の身体能力が飛躍的に向上する、その動きはまるで猛獣のようだ。ヴィヴィアンの剣を力任せに弾き飛ばし、その勢いのまま、鎧の隙間を狙って鋭い蹴りを放つ。
「ぐっ!」
ヴィヴィアンの足に激痛が走り、体勢を崩す。男はさらに追撃を仕掛け、ヴィヴィアンは地面に倒れ込んだ。
「ヴィヴィアン!」
セリスが叫び、男に突進するが、男は素早く反転し、セリスの攻撃をいなす。
『しまっ……!』
精霊の援護も間に合わない。
男はヴィヴィアンの足に重い一撃を加え、彼女は足に大けがを負ってしまう。
「いやああああああああっ!!!」
「くっ……!」
セリスは男を睨みつけるが、ヴィヴィアンが倒れたことで、形勢は一気に不利になった。
その時、ユークが叫んだ。
「アウリン、コイツは任せた! 俺はセリスの援護に向かう!」
ユークは迷わず、セリスたちの戦場へと駆け出す。アウリンは一瞬驚いた顔をするが、すぐに頷いた。
「分かったわ! ユーク、気をつけて!」
ユークが加わったことで、セリスたちの戦いは再び動き出す。ヴィヴィアンは足の負傷で素早い動きができないため、ユークが彼女を守るように立ち位置を変える。
精霊とセリスが前衛を務め、ユークは後方から魔法攻撃を仕掛ける布陣だ。
「《フレイムボルト》!」
ユークが詠唱を終え、炎の矢を男に放つ。男は素早く回避するが、その動きが一瞬遅れる。
(まさか、あの男がここまでやるか……!)
男は内心で舌打ちする。
ユークの魔法は、ただの攻撃ではない。その狙いは、男の動きを制限し、セリスと精霊が攻撃しやすい隙を生み出すことだった。
「セリス、右!」
ユークが短い指示を出すと、セリスは即座に反応し、男の右側から槍を突き出す。
男がユークの魔法を妨害しようとすれば、セリスの攻撃を受ける。ユークの魔法を妨害しなければ、嫌なタイミングで魔法攻撃を受け、隙を作られてセリスに攻撃される。男は完全に追い詰められていた。
(くそっ、この魔法使いが加わっただけで、ここまで戦況が変わるのか……!)
男は歯噛みする。
セリスの動きは、ユークの魔法と連動することで、以前にも増して鋭くなっていた。霊樹の精霊もまた、隙を見ては鋭い爪や嘴で攻撃を仕掛け、男を休ませることを許さない。
ユーク、セリス、精霊の三人による連携攻撃に、火傷の男は徐々に追い詰められていく。防戦一方となり、その身体にはかすり傷が増えていった。
その時、アウリンの叫び声が響き渡った。
「ユーク! 融合部位を、全て切断したわよ!」
アウリンが駆け寄ってくる。その報告に、ユークの表情に安堵の色が浮かんだ。セリスと精霊も、男に最後の猛攻を仕掛ける。
しかし、男はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「そうか。ようやくか……!」
男はセリスと精霊の攻撃を無理やりいなし、女王の元へと跳躍する。手足を失い、苦しげに「キュルルル」と鳴く女王の胴体に、男は躊躇なく一本の薬品を打ち込んだ。
すると、驚くべき光景が目の前に広がる。失われたはずの女王の手足が、みるみるうちに再生していくのだ。触手や足が再び生え出し、女王は再び活力を取り戻したかのように動き出す。
「これで形勢逆転だなあ!」
『させるかッ!』
霊樹の精霊が男に突っ込み、剣の一撃を受け止めながら、翼でクイーンを押しとどめる。
『今だ、やれ! 我は端末に過ぎぬ! ここで滅んでも、霊樹としては何の問題もないッ!』
精霊は、男と女王の動きを止めるため、自らを犠牲にする覚悟で叫ぶ。
「でも、そんな……!」
アウリンは一瞬躊躇してしまった。
決死に男や女王の動きを止める精霊の姿に、動揺を隠せない。
「《ストーンウォール》!」
ユークが叫ぶ。目の前に石壁が展開し、炎の防御が形成される。
「アウリン! 今しかない! 撃てっ!」
ユークの言葉に、アウリンは覚悟を決めたように頷いた。
「……分かったわ!」
アウリンは天に向かって両手を掲げ、その身からまばゆい光が放たれる。
「EXスキル! 《イグニス・レギス・ソリス》!」
空に浮かぶ魔法陣から、太陽のような光球が現れる。それは次第に巨大化し、猛烈な熱を発しながら、男とクイーンを包み込むように降下していった。
「《エアーウォール》!」
ユークが熱を遮断するために新たな魔法を発動する。
部屋全体が灼熱の光に包まれ、石壁とエアウォールの魔法で防御を固めたユークたちも、その熱気に耐えるのがやっとだ。
灼熱の光がすべてを焼き尽くし――やがて、静寂が戻る。
炎が消えた先にあったのは、黒焦げになったクイーンの残骸。男の姿も、跡形もなく消え去っていた。
(終わった……)
ユークは、仲間の姿を順に確認する。皆、無事だった。
霊樹をめぐる戦いの行方は、ようやく終わりを迎えようとしていた。
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ユーク(LV.28)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:ようやく終わったよ。最初はただ樹液を少し採るだけのはずだったのに、
随分と大事になっちゃったな……
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セリス(LV.28)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:すごく強かった、私もユークを守るためにもっと強くならなきゃ。
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アウリン(LV.29)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:……そういえば報酬の話って、ちゃんと精霊の本体に通ってるのかしら……?
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ヴィヴィアン(LV.28)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:私だけみんなの足を引っ張っちゃって、恥ずかしいわ……
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火傷痕の男(LV.??)
性別:男
ジョブ:??
スキル:??
EXスキル:≪エアスラッシュ≫
EXスキル:≪ビーストソウル≫
備考:魔族を信奉する集団の一員。EXスキルは十レベルごとに一つ増えるため、最低でもレベル四十を超えていると推測される。
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