第123話 樹上の決戦 前編
ユークたちは、霊樹の精霊の背から飛び降りた。
最初に動いたのは、セリスとヴィヴィアンだ。
「まず先にあの男をやっつける!」
セリスが槍を構えながら言う。
「分かった、合わせるわ!」
ヴィヴィアンは剣を抜いて応える。
二人の前に立ちふさがったのは、右半分の顔が焼けただれた男だった
見た目の異様さもさることながら、まとう気配はまるで猛獣のように鋭い。
「……かかってこいよ。俺に殺される覚悟があるならな!」
男は獰猛な笑みを浮かべ、剣を構えもせずに手招きする。
「食らえっ!」
セリスは挑発に乗らず、魔槍を一直線に男の喉元へ突き出した。
「はあぁ!!」
ヴィヴィアンの剣が追うように斜めから振り下ろされる。
だが――
「甘え!!」
男は一本の剣で、二人の攻撃を強引に弾き返した。
「なんて重い剣さばき……!」
ヴィヴィアンの表情が歪む。
「こいつ……隙がない……!」
セリスも間合いを取り直しつつ、再び槍を構えるが、相手の動きには一切の迷いがなかった。
「まずいっ……このままじゃ……!」
ユークが焦り、サポートの為に魔法の詠唱に入ろうとした、そのとき――
『待て、ユーク!』
背後から響いた声に振り返ると、そこには霊樹の精霊がいた。巨大な鳥のような姿のそれが、くちばしで部屋の中央を示す。
『お前たちが攻撃すべき相手は、あれだ!』
「……あれ?」
ユークが示された先に視線を移す。そこにいたのは――ラルヴァの女王
芋虫のように膨れた胴体。その先端の大きな穴からは、次々とラルヴァの幼体が産み落とされていた。
腕の代わりに生えた触手や、胴体から突き出した腕は床にめり込み、まるでこの部屋と一体化しているかのようだった。
「ラルヴァを……生んでる……?」
ユークはその光景に冷や汗をたらし、喉をごくりと鳴らした。
小さなラルヴァたちが次々と生み落とされ、地を這っていく光景はあまりにも悍ましい。
「ひっ……!」
隣のアウリンも思わず両手で口を覆う。
『あやつは霊樹の魔力を吸い上げ、それを使って害虫どもを生み出している。放置すれば、この部屋がやつらで埋め尽くされるぞ!』
精霊の警告に、ユークの顔から血の気が引いた。
『まずは、あのラルヴァと霊樹とのつながりを断つのだ。魔力供給が絶てば、今のような速度での生産はできまい』
精霊がそう促す。
「それなら私のEXスキルで、まとめて焼き払った方が早いわ!」
不快感を隠さずにアウリンが吐き捨てた。
『だめだ!』
即座に、精霊が強い口調で否定する。
『奴は霊樹と融合している。そのまま殺せば、霊樹も道連れになってしまう!』
「じゃあ、どうすればいい?」
ユークが真剣な表情で問い返す。
『融合している手足をすべて切断しろ。その状態で止めを刺せば、奴だけを倒せるはずだ』
短くも明確な回答に、ユークは息をのんだ。
「……なるほど。どっちにしろアイツを霊樹から引きはがさなきゃならないのか。けど……」
そう言いながら、ユークが戦っている二人の姿を見る。
二人は果敢に攻めてはいるが、明らかに顔色が良くない。形勢は明らかだった。
『心配するな。セリスたちには我が加勢しよう』
そう言って、霊樹の精霊が翼を広げ、空へと舞い上がった。
「……ユーク」
アウリンが不安げにユークを見つめる。
「大丈夫。今は彼の指示に従おう」
落ち着いた声でそう言うと、アウリンも小さくうなずいた。
「分かったわ。あなたがそう言うなら」
そのころ、セリスとヴィヴィアンはなおも男に挑み続けていた。
「やぁっ!」
「はああっ!」
「おらおら、当たってねえぞ?」
二人の連携攻撃が続くが、男は一歩も引かない。剣はまるで意思を持つかのように滑らかに動き、二人の攻撃を巧みにそらしていく。
「強すぎる……!」
悔しげな声がセリスの唇から漏れる。
そのときだった。
頭上から鋭い声が響く。
『食らえっ!』
霊樹の精霊が、巨大な鳥の姿で男へと急降下してきたのだ。
「邪魔だッ!」
男は怒声とともに、セリスを蹴り飛ばし、ヴィヴィアンの剣を力任せに押し返した。
ヴィヴィアンはよろめき、数歩後退する。その隙に、男は素早く反転し、精霊の翼をかすめるように斬りつけた。
『ちいいいい!!!』
精霊は辛うじてその斬撃を避けると、なんとか空へと退く。
(……あの奇襲を避けるのか!?)
詠唱しながらそれを見ていたユークは、その戦いぶりに背筋が冷たくなるのを感じた。
だが、ユークとアウリンの詠唱は、もうすぐ完了する。
「あいつらっ! 魔法使いかよ……!」
火傷の男が忌々し気に呟くと、すぐさま剣を振り上げた。
「EXスキル、《エアスラッシュ》!」
見えない斬撃が走り、完成間近だったユークの魔法陣を両断する。
「えっ……!?」
魔法陣は揺らぎ、そして霧散してしまった。
「《フレイムアロー》!」
詠唱が終わり、アウリンがとっさに炎の矢を放つ。
「もういっちょ、《エアスラッシュ》!」
だが、再び飛んだ斬撃が、炎の矢と衝突し、消滅する。
「そんな!?」
アウリンが叫ぶ。
「魔法は魔法系の攻撃で打ち消せるって知らなかったのか? これで一つお利口になったなぁ?」
男が冷笑を浮かべる。アウリンは唇を噛みしめ、悔しさをにじませた。
「アウリン、あいつの死角に回って! ラルヴァの影に!」
ユークが叫ぶと、二人はラルヴァの女王をはさむように素早く移動する。
(くそっ……対応が早い。このままじゃ――!)
男が苦々しく内心で舌打ちした、そのとき。
霊樹の精霊が鋭い爪で横合いから襲いかかる。男はギリギリで
回避した。
『行かせはせん! 貴様はここで足止めする!』
精霊が翼を広げ、男の前に立ちふさがる。
その両脇には、再び武器を構え直したセリスとヴィヴィアンがいた。
「ユークには指一本触れさせない!」
「悪いけど、ここは三人がかりで止めさせてもらうわ」
戦いは、いよいよ新たな局面へと進もうとしていた。
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ユーク(LV.28)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:早く倒してセリスたちに加勢しないと……
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セリス(LV.28)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:ユークは私が守る!
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アウリン(LV.29)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:あの男、強すぎるでしょ!?
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ヴィヴィアン(LV.28)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:この男……剣技が荒々しくて読み切れないわ……!
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