第122話 霊樹を駆ける翼と天空の玉座
霊樹の幹をぐるりと旋回しながら、空色の羽を広げた霊樹の精霊――巨大な鳥が天を目指して飛翔する。
その背には、ユーク、アウリン、セリスの三人がしっかりとしがみついていた。
「すごいわね……。こうして上から見下ろすと、霊樹の大きさがよく分かるわ」
アウリンは風に髪をなびかせながら、冷静にあたりを見渡している。
「うわぁ……! すごい高さ……こんなの初めて!」
セリスは目を輝かせ、大はしゃぎだった。
「あらためて見ると、ずいぶん高いな……。俺たち、こんな場所を登ってたのか……」
ユークは、かつての足取りを思い返すようにぽつりとつぶやく。
そしてそのすぐ下――空中に吊り下げられた銀の鎧が、重たそうにきらりと光っていた。
「ううぅ……なんで私だけ、こんな運ばれ方なの……」
泣きそうな声を上げたのは、ヴィヴィアンだった。
彼女は霊樹の精霊にぶら下げられるような格好で宙を舞っていた。重厚な銀の鎧を着たままでは背に乗せるのは危険と判断され、鎧の肩を器用な鉤爪でつかまれた状態で運ばれていたのだ。
見下ろせば、霊樹の周囲に広がる大森林が積み木のように小さくなり、霧の層が足元を流れていく。頭上には、幾千もの枝と葉が広がり、空間を満たしていた。
やがて、精霊は霊樹の葉の領域へ突入する。無数の枝が入り組み、巨木の葉はいくつも重なり合っている。その間を精霊は器用にすり抜けていく。
「……きれい……」
セリスが小さく息を漏らす。
葉の隙間から差し込む光は、まるで神秘の光のように揺れていた。
しばらくして、葉の天蓋を抜ける。霊樹の上空には、広大な空が広がっていた。
しかし、そこに太陽の姿はない。
「……信じられないわ。ここが、ダンジョンの中だなんて」
アウリンが低くつぶやく。
どこまでも続く空。風のざわめきと羽音だけが、世界を満たしていた。
その中心――霊樹の頂点からさらに伸びる枝の先端に、複雑に編み込まれた籠のような構造物が見えた。
「あれが……ボス部屋か」
ユークが目を細める。
遠く小さく見えていたそれは、近づくにつれて驚くほどの大きさを持つことが明らかになっていく。
『準備はいいな? いくぞ!』
霊樹の精霊が鳴いた。
その直後、精霊は羽ばたき、ボス部屋の中央へと突入する。
広がる内部空間。その中心に鎮座していたのは――異形の存在。
芋虫のように膨れた胴体は紅黒く、まるで内臓のような色合い。全身には無数の眼球が瞬き、ぬめる体表を蠢かせていた。
その背からは、首のない人間の上半身が生えていた。胸の膨らみから、女性を模していると分かる。首の断面からは無数の触手が伸び、先端の眼球でこちらを凝視していた。
腕の代わりに生えた触手もまた地を這い、霊樹の枝と一体化している。
さらに胴体の下部――本来足があるべき位置には人間の腕が生えており、それも地面にめり込み、ボス部屋の床と融合していた。
蠢く体の先端には大きく開いた穴があり、そこからは次々とラルヴァの幼体が産み落とされ、足元の魔法陣へと吸い込まれていく。
そしてその隣には――1人の男がいた。
赤いローブをまとい、顔の右半分に火傷の痕を刻んだ男。
そのまわりには果実、パン、寝椅子、毛布といった私物が無造作に置かれ、そこだけまるで自室のような空間となっていた。
「生きてやがったか、鳥公!」
男は霊樹の精霊を見上げ、下卑た笑みを浮かべた。
霊樹の精霊は羽を大きく広げ、鋭い眼差しで男をにらむ。ユークたちも着地し、男の姿に表情を強ばらせた。
「あの赤いローブ……まさか、魔族の信奉者か!」
ユークが誘拐犯の拠点を思い出しながら叫ぶ。
「へぇ……俺たちのことを知ってるとはな。こっちじゃ目立った活動はしてなかったはずなんだけどな」
男は喉の奥で笑いながら、ゆっくりと立ち上がる。
そして、決戦の火蓋が切って落とされた――
◆ ◆ ◆
数時間前 霊樹の洞
琥珀のゴーレムの肩に止まった霊樹の精霊が説明を終え、沈黙する。
「話は分かりました……」
ユークが重い口を開く。
「でも……俺たちに何ができるっていうんですか? 相手はその“魔獣”ってやつの配下なんですよね? そんなの、俺たちで倒せるとは思えないんですけど……」
自信のなさから、声がしだいに小さくなる。
『王の座――お前たちが“ボス部屋”と呼ぶ場所がある』
精霊が語りはじめた。
『霊樹全体を管理する中枢に繋がる場所だ。そこを、害虫どもに奪われてしまった。いまは害虫の親玉と、それを守る人間に占拠されている。我と共に、それを排除し、取り戻してほしい』
「に、人間!?」
ユークが驚きの声をあげる。
「……人間が、ラルヴァを守っているの?」
アウリンも困惑したように問い返した。
『ああ。強き者だ。我はそやつに傷を負わされた』
そう言いながら、精霊は翼を広げる。そこには大きく裂けた痛々しい傷痕があった。
「うわ……」
「ひどい傷……」
「本当に飛べてるの……?」
仲間たちが次々に声を漏らす。
『やらねば滅びるだけだ。我は飛ぶ。お前たちはどうする?』
精霊がどこか試すような眼差しでユークを見つめた。
ユークはしばらく目を閉じ、拳を握る。
「……分かりました。どうせ逃げ場なんてない……だったら、前に進むだけだ!」
力強く、そう宣言した。
「みんなも、いい?」
ユークが振り返ると、セリスとヴィヴィアンが無言で頷き、アウリンも「しょうがないわね」と肩をすくめた。
「あの、私たちは……」
ラピスが不安そうに口を開く。
「あなたたちは映像の魔道具を持って、ルチルさんの所に戻って」
アウリンが冷静に指示する。
「でも……私も……」
「私たちも死ぬつもりはないわ。でも、もしもの時に情報が完全に失われるのはまずいの。分かるでしょ?」
アウリンがきっぱりと答える。
「……分かりました」
ラピスは渋々うなずいたが、どこかホッとしているようでもあった。
『報酬は――大賢者の魔法書、そして霊樹の樹液でどうだ?』
精霊が問うと、アウリンがユークに目線を送る。ユークが頷くと――
「ええ。いいわ、それで」
アウリンが了承する。
『うむ……かなり危険な戦いになる。我が万全なら、だいぶ有利に戦えるのだが……』
精霊がどこか落ち込んだ様子でつぶやく。
「……ねえ。これ、使ってみる?」
アウリンがカバンから液体の入った瓶を取り出した。
『それは?』
「トレントの樹液から作った霊薬よ。病に効くやつじゃなくて、傷に効くやつ」
アウリンが答える。
「いつの間にそんなのを……」
ユークが感心しながらも呆れたように言う。
「ラピスと一緒に霊薬を作った時にちょっとね……。試作品だからこの一本しかないんだけど」
アウリンは瓶をゆらゆらと揺らして微笑む。
『いただこう。今は頼れるものなら何にでも頼りたい』
精霊が翼を広げると、アウリンがその傷に霊薬を塗っていく。ときおり精霊はビクリと体を震わせた。
数十分後――
『おおおお!!! 治った! 治ったぞ!!』
翼を全開にして喜ぶ精霊。
「……すごい効果だな、あの霊薬」
ユークが目を見開く。
「おかしいわね……あんなに効くなんて……。よほど相性が良かったのかしら」
アウリンが不思議そうに首を傾げる。
こうして、ラルヴァの親玉との戦いに向けた準備が、ようやく整ったのだった。
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ユーク(LV.28)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:覚悟は決めた。やるしかない。
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セリス(LV.28)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:私は、ユークがやりたいことを手伝うだけ。
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アウリン(LV.29)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:私の新しい魔法が決め手になるわ、使いどころは慎重に見極めないと……。
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ヴィヴィアン(LV.28)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:相手が人間なら、こっちのほうがやりやすいわ。
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ラピス(LV.30)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪テラーバースト≫
備考:アウリンさん、気を使ってくれたけど……本当は、私たちが足を引っ張ってるからだよね……
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