第120話 アウリンの交渉術
「……まず、あなたは誰なんですか?」
ユークが、低く静かな声で問いかける。
その問いに応じたのは――木と琥珀でできたゴーレムの肩に乗った、鳥の姿をしたモンスターだった。
『我はこの古き樹の精霊である。いま我は、侵略者どもに蝕まれ、死の淵にある。この《《精霊樹》》は《賢者の塔》のシステムの根幹をなす存在……我が枯れれば、塔もまたその役目を果たせなくなるだろう』
その双眸は鋭く冷たく、それでいて、どこか哀しみを湛えていた。
ユークは、その言葉の重みに息を呑む。
もし《賢者の塔》が崩壊すれば、自分たち探索者の生活も、すべてが揺らぐことになる。
けれど――
その代償に、命を懸けろというのか。
『むろん、タダとは言わん。お前たちは樹液を求めていたのだろう? もはや尽きて久しいが……特別に、報酬として用意しよう』
「樹液を……!?」
ラピスの瞳がぱっと輝いた。
だがすぐに、その光は陰る。
「あ……でも……皆さんに、これ以上命をかけさせるわけには……」
しゅんと肩を落としながら、彼女は視線を下げた。
「分かったわ。その話は一旦持ち帰る。戦力を整えて、また来るわ。それでいいでしょう?」
アウリンが落ち着いた声でそう告げる。
しかし――
『ダメだ』
即座に、霊樹の精霊が遮るように言った。
「はぁ!? なんでよ!」
「我が……もう、一日も保たぬからだ」
その一言に、空気が凍りつく。
「なっ……」
ユークが声を裏返らせる。仲間たちも驚きの色を浮かべていた。
「……ねえ、アウリン。もし今帰ったら、どうなると思う?」
ユークが小声で問う。
「これだけの騒ぎよ。ただの一日じゃ戻れないわ。抜け出せたとしても、今から戦力を集めるなんて……無理ね」
アウリンは断言した。
「……だよね」
ユークが力なくうなずく。
(……今の俺たちの生活は《賢者の塔》あってのものだ。ここを失えば、すべてが終わってしまう。だったら……)
「わかっ……」
「よしっ! 分かったわ!」
ユークが言いかけた瞬間、アウリンが大きな声でそれを遮った。
驚いて彼女を見ると、アウリンはくるりと背を向けて――
「《《帰るわよ》》!」
そう言って、足早に歩き出した。
「え……?」
『えっ!?』
「何してるの、早く来なさいよ!」
数歩先で振り返り、ユークに手招きするアウリン。その表情には、確かな意志が宿っていた。
ユークは戸惑いながらも、彼女には何か考えがあると察する。
そして、その判断を信じ、従うことを選んだ。
「……とりあえず、今日は引き上げよう」
ユークが仲間たちにそう告げると、皆ぎこちなくうなずきながら、霊樹を一瞥してアウリンの後を追っていく。
『……ま、待て。本当に帰るつもりか?』
霊樹の声には、明らかな焦りがにじんでいた。
「ごめんなさいね、ラピスさん。でも――私たちの持っているトレントの樹液を霊薬に加工して、少しでも時間を稼ぐわ。その間に、別の方法を考えましょう?」
アウリンの静かな言葉が、張りつめた空気に染み入るように響く。
「そう……ですね……」
ラピスの瞳が揺れた。不安と困惑、そしてわずかな諦めがその中に浮かぶ。
『……頼む、耳を傾けてはもらえぬか』
再び届いた霊樹の声は、懇願に近い響きを帯びていた。
「……悪いけど、私たちがあなたのために命を張る理由はないわ」
アウリンは振り返らず、冷ややかな声音で言い放った。
『報酬は支払うと――』
「聞こえてるわよ。ずっと見てたんでしょう? でもね、樹液が必要なのは私たちじゃない。ラピスさんなの。ここまでやったんだもの、もう十分義理は果たしたはずよ」
そう言って、再び歩き出すアウリン。
『ま、待て! 今を逃せば取り返しがつかんことに――!』
「今度は脅しかしら? ふふ……私たちは昔と比べるとレベルも上がったし、国のコネだってある。《賢者の塔》に縛られる理由なんて、もうどこにもないの」
淡々と言い切るアウリンに、霊樹の精霊は一瞬、沈黙した。
『……ならば、我は何を差し出せば、お前たちをこの戦いに留められる?』
その問いは、まるで試される側が入れ替わったかのような、重く、低い声だった。
アウリンはようやく足を止め、肩越しに振り返る。
「まずは、隠してることを全部話しなさい! さっきから抽象的すぎて、話にならないのよ!」
怒りを込めた叫びに、霊樹の精霊が言いよどむ。
『う……ぬ……』
「返事は『はい』でしょ!」
『待て、我は偉大な――』
「『はい』!」
『人間よ、我は――』
「なに?」
『…………はい。我の知るすべてを明かそう……だから……どうか、力を貸してほしい……』
ついに、霊樹の精霊が折れた。
「まったく、最初からそう言えばいいのよ!」
アウリンは腕を組み、うなだれる霊樹を鋭くにらむ。
ユークたちは、その背を見つめながら――
(……強い)
(すごいわ……)
(かっこいい……!)
(((怖い……)))
全員が心の中で、アウリンの姿に感嘆していた。
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ユーク(LV.28)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:そっか……もう俺たちは、どこでだって生きていけるんだな。
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セリス(LV.28)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:よく分からないけど、とにかくすごい!
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アウリン(LV.29)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:報酬しだいでは、考えてあげてもいいけど?
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ヴィヴィアン(LV.28)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:さすがだわ、アウリンちゃん。あんな精霊まで言いくるめるなんて!
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ラピス(LV.30)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪テラーバースト≫
備考:ユークさんたちに危険な思いをしてほしくない……でも、どうしても樹液はあきらめきれない。
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