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第12話 初めての勝利


「さて、スパークライトが訓練用の魔法だって言われている理由を教えてあげるわ」


 アウリンはそう言うと、懐から紙を取り出し、さらさらと呪文を書き記した。


「ユーク、スパークライトの呪文は知ってるわよね?」


「はい、先生! 知ってます!」

 知らなければ唱えられるはずもない。自信を持ってユークは答えた。


「じゃあ、この呪文の意味を、言葉で説明してみてくれるかしら?」

 アウリンは紙の上を指でなぞりながら、呪文の一部を指し示す。


「言葉で……?」

 ユークは指で示された部分をじっと見つめ、少し考えてから答えた。


「魔力を飛ばして、相手に当たるとピカッと光って、少し振動する魔法?」


「そうね! じゃあ、もし『当たったらピカッと光る』って部分を『当たったら爆発する』に変えたら、どうなると思う?」


「えっ……あっ! フレイムアローになる……?」

 ユークは考え込み、何かに気づいたように恐る恐る尋ねる。


「正解!」

 アウリンは人差し指を上に立て、片目をつぶって得意げに答えた。


「実は、スパークライトとフレイムアローの呪文はほぼ共通なのよ」

 そう言いながら、彼女はスパークライトの下に、自身が使うフレイムアローの呪文を書き記す。


 ユークが覗き込むと、それはさっきの呪文よりも明らかに文量が多かった。


「……と言っても、一般的に知られてるフレイムアローは命中補正がついてるから、少し呪文が長いんだけどね。私が使ってるものもそうよ」


「なるほど……」

 ユークは感心しながら紙を見つめる。


「というわけで、まずは呪文の『当たったら爆発する』の部分の詠唱を覚えてもらうわ。今!」


「今!?」


 ユークが思わず声を上げる。しかし、そんな彼の驚きをよそに、アウリンはすでにやる気満々だ。


 こうしてユークの休憩時間は、呪文の詠唱を覚えるために費やされることになった。


 10分ほど経った後、アウリンとのマンツーマンの指導を終え、ユークは疲労困憊になりながらも、しっかりと呪文の詠唱を刻み込んでいた。


「じゃあ、今度は実戦で試しましょうか!」

 アウリンがにっこりと告げる。


「……え?」

 その言葉を聞いた瞬間、ユークの顔が強張こわばった、実戦で使う自信がまだ無かったからだ。



 結局、ユークは彼女たちとともにダンジョンの奥へと進み、実験台となるモンスターを探すことになった。


 ほどなくして、彼らの目の前に一匹のオークが姿を現す。


 アウリンがセリスに軽く目配せを送ると、セリスは素早く身をかがめ、オークの死角へと忍び寄る。そして、一瞬の隙を突き、鋭い一撃を浴びせた。


「連れてきたよー!」


 セリスが軽やかに跳ねるように戻ってくる。その背後では、怒り狂ったオークが荒々しい息を吐きながら、今にも襲いかかってこようとしていた。


「……やるしかない、か」

 ユークは手の中の杖を握りしめ、深く息を吸い込む。その瞳には、覚悟の炎が宿っていた。


 ダンジョンの薄暗い通路に響くのは、オークの荒い息遣いと、金属がぶつかる鈍い音。


「ぐおおおぉ!」


 オークが巨大な棍棒を振り下ろした。衝撃で石畳が軋む。その一撃を受け止めたのは、セリスの槍だった。


「ユーク! いまだよ!」

 槍を両手で支えながら、セリスが必死に叫ぶ。彼女が時間を稼いでいる間に、ユークは短く息を吸い込んだ。


(やるしかない!)


「《フレイムアロー》!」


 彼の手元に魔法陣が浮かび上がる。そこから放たれた燃え盛る炎の矢が一直線にオークへと向かって——


「外れた!?」

 セリスが叫ぶ。


 炎の矢はオークの肩をかすめ、背後の壁に衝突。直後、爆発音とともに熱風が吹き荒れた。


「惜しいわっ! でもまだよっ!」

 背後からアウリンの激励の声が飛ぶ。しかし、ユークはすでに次の詠唱を終えていた。


「《フレイムアロー》!」


 今度は、炎の矢がオークの胴に命中。爆発が起こり、オークが咆哮ほうこうをあげる。


「ぐぉぉっ!」


 怒りに満ちた瞳がユークを捉える。オークは燃えた身体の痛みに耐えながら、ゆっくりと迫ってきた。


 しかし、ユークは動揺しなかった。


「《フレイムアロー》!」


 再び放たれた炎の矢が、オークの顔面を直撃。その動きが鈍る。その隙に——


「《フレイムアロー》! 《フレイムアロー》! 《フレイムアロー》!!」


 詠唱のたびに炎の矢が連続で放たれる。矢は寸分違わずオークの体を打ち抜き、爆発を繰り返した。


 本来、誘導性能のないフレイムアローは狙ったところに当てるのが難しい。


 しかし、ユークは以前から使い続けていた誘導性能のないスパークライトを正確に敵の顔面へ当てるほどに技量を磨いていた。


 その技術は今、フレイムアローを狙い撃つために存分に活かされていた。


 連射される炎の矢が、まるで嵐のようにオークを襲う。


「ぐ、ぐおおお……!!」


 オークの体は次第に焼かれ、焦げつき、ついには地に倒れ伏して光の粒子となって消えてく。


「やった……!」

 ユークが万感ばんかんの思いを込めて喜びの声を絞り出した。


 続いて、アウリンの明るい声が響く。

「やったじゃない、ユーク!」


 ユークはアウリンに声を掛けられた瞬間、目頭が熱くなった。


「あれ? ユーク? どうしたの!?」

 セリスが慌てて駆け寄る。ユークは自分の頬をなぞり、指先を見た。そこには、ぽろぽろと零れ落ちる涙の粒があった。


「……オレ、やっと……」

 声が震える。


「やっと、自分の力で……モンスターを倒せた……」


 これまでずっと、流されるまま生きてきた。ただサポートするだけで、自分では何もできなかった。


 けれど——今、初めて、自分の手で勝利を掴んだ。そして、それをアウリンに認められた。


 アウリンが、優しく微笑む。

「そっか……」


 彼女はそっとユークを抱きしめた。

「よくがんばったわね、ユーク」


 その温かさに、張り詰めていたものが一気にほどける。セリスも後から飛びついてきて、二人にしがみついた。


「ああああああああ!!」

 ユークは、しばらく泣き続けた。


 それは、悔し涙ではない。屈辱の涙でもない。


 それはこのダンジョンに来てから初めての、勝利の涙だった。



 ◆◆◆


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ユーク(LV.11)

 性別:男

 ジョブ:強化術士

 スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)

 備考:泣き終えたときアウリンとセリスに抱きしめられていて、けっこう恥ずかしかった。

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 セリス(LV.12)

 性別:女

 ジョブ:槍術士

 スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)

 備考:ユークの気持ちは理解できないけど、とりあえず一緒に抱きしめておいた。

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 アウリン(LV.15)

 性別:女

 ジョブ:炎術士

 スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)

 備考:初めて自分に母性というものを感じた。

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