第113話 絵本の中の冒険者
いま、ユークたちがいるのは、霊樹の根が幾重にも絡まり合って形成された小部屋だった。
唯一の入り口は『ストーンウォール』によって作り出された石壁で厳重に封鎖されている。
「……よし、行こう」
ユークが短く声を発した。
「でも、どっちに行けばいいの?」
セリスが周囲を見回しながら尋ねる。
たしかに、あたりは根に囲まれていて、通れるような道は見当たらない。
「えーっと……ラピスさん?」
困った様子で、ユークが視線をラピスに向けた。
「あっ、はい。ここを登っていきます」
ラピスが指差した先には、巨大な根の一部が緩やかな傾斜を描いていた。
「デコボコしてて歩きにくそう……」
アウリンが顔をしかめる。
「足場が悪い上に、ここでも戦闘があるので……なかなか大変なんです」
ラピスが苦笑いを浮かべた。
「ここのモンスターって?」
ユークが先を見ながら問いかける。
「通常はキラーマンティスっていうモンスターが出るんですけど――」
「でも、今は普通じゃないものね」
ヴィヴィアンが周囲に視線を走らせながら、静かに呟く。
「行ってみればわかると思う」
セリスが淡々と言った。
「そうだね。じゃあ、進もう」
ユークが再び歩き出す。
「――あ、そうだ!」
ラピスが思い出したように立ち止まり、ポーチから小さな球体を取り出す。
「危ない……忘れるところでした」
カチリと音を立てて、映像記録用の魔道具が起動した。
「……ねえ、さっきのラルヴァの群れ、撮ってた?」
アウリンが鋭い声で問いかける。
「えっ……?」
ラピスが目を丸くした。
「ちょっと! 撮ってなかったの!? あんな異常、すごく重要な証拠になるのに!」
アウリンが声を荒げる。
「ま、まあまあ。今からでも撮ればいいし……」
ユークが慌ててフォローに回った。
「そうよ。過ぎたことを責めても仕方ないわ」
ヴィヴィアンが落ち着いた声で言う。
「はぁ……仕方ないわね」
アウリンは二人に説得され、渋々ながらも口を閉じた。
「さ、行こうっ!」
セリスの明るい声に促され、一行は太い根の斜面を慎重に登っていく。
途中、ユークが周囲を見渡しながら驚きの声を漏らした。
「すごいな……こんな太い根っこ、初めて見たよ」
「はい。葉っぱも、とっても大きいんですよ」
ラピスがうなずく。
「前に、空から落ちてきたことがあって……」
「へえ~」
「すご~い」
ユークとセリスが、同時に興味津々な声を上げた。
――そのとき。
「前方、敵っ!」
鋭い声を響かせ、セリスが叫ぶ。
緩んでいた空気が一瞬で張りつめ、ユークたちの表情が引き締まった。先ほどまで無邪気だったセリスの瞳が、戦士のそれへと変わる。
その気迫に、隣にいたラピスが思わず驚きで足を止めてしまった。
先行するセリスに続いて駆け出すと、一気に視界が開ける。
そこには、穴だらけで無残に潰されたキラーマンティスの残骸。そして、その周囲を囲むように、赤黒い異形――ラルヴァが四体、蠢いていた。
赤黒く脈打つ胴体。地面を這う無数の人間の腕。背から突き出た首なしの人型。その体には、ぎょろりと光る眼球が複数埋め込まれている。
「ラルヴァだ!」
ユークの叫びと同時に、戦闘が始まった。
肉のうねりとともにラルヴァたちが突進してくる。棘付きの触手が地を砕き、轟くように迫る。
「任せて!」
ヴィヴィアンが一歩前に出て盾を構えた。
その直後、触手を振りかざしてきたラルヴァの一体が、彼女の盾に激突する。
鈍い衝撃音が響き、ラルヴァの動きが一瞬止まった。
「『スラストランス』!」
セリスの魔槍が光をまとい、まっすぐにラルヴァの身体を貫く。
大きく体をえぐられたラルヴァは、その場に崩れ落ち、動かなくなった。
一体、撃破。
「通さないわよ!」
ヴィヴィアンがすぐさまもう一体のラルヴァを抑えにかかる。
「やあああああっ!」
セリスが魔槍を振るい、さらに一体を巧みに翻弄する。
残る一体は――
「《フレイムアロー》!」
アウリンの炎の矢が、背後から放たれる。ラルヴァの背に突き刺さった炎が弾けた。
「《フレイムボルト》!」
ユークの魔法が続けざまに傷口を広げる。
「セリス!」
アウリンが声を上げた。
「うんっ!」
応じたセリスが跳び戻り、傷を負ったラルヴァを魔槍で薙ぎ払う。その胴体が真っ二つに裂け、体液を撒きながら崩れ落ちる。
二体目、撃破。
「は、速っ……」
ラピスがぽつりと呟いた。
だが、セリスが離れたことで、抑えていたラルヴァがフリーになってしまう。
その瞬間――
「《アイスボルト》!」
ユークの氷の魔法がラルヴァを地面に縫いとめた。
「《フレイムアロー》!」
アウリンの炎の矢が、誘導なしで一直線に突き刺さる。
「《アイスボルト》!」
「《フレイムアロー》!」
火と氷の連撃。凍り、爆ぜ、砕けたラルヴァが崩れ落ちる。
三体目、撃破。
最後の一体が、盾を構えるヴィヴィアンに飛びかかる。
「どきなさい!」
ヴィヴィアンの盾が勢いよく叩きつけられ、一瞬ラルヴァの動きが止まる。
「終わりっ!」
セリスが跳び上がり、触手をかいくぐりながら、槍がラルヴァを真っ二つに裂く。
四体目、撃破。
「す、すご……」
ラピスは記録用の魔道具を抱えたまま、ぽかんと口を開けていた。
「戦おうとしてたのに……出番、なかった……」
ラピスの仲間、シシャスが小さく呟く。
そのすぐ後ろで、双剣を鞘に収めた細身の女性が肩をすくめた。
「まあ、出遅れたアタシたちが悪いってことでしょ」
落ち着いた声の主は、ラピスたちのもう一人の仲間――ニキスだった。短く切りそろえられた黒髪が、風に揺れている。
隣では、小柄な少女がじっとセリスを見つめていた。
「……すごい。私も、あんなふうに敵を叩き割ってみたい……」
呟いたのは、パーティー最年少のシェナ。腰まである白い髪を揺らしながら、大きな戦斧をぎゅっと握りしめている。
そんな彼女らに、ユークが苦笑しながら振り返った。
「ラピスさん、怪我はない?」
「は、はいっ! ぜ、全然平気です! というか、みなさん強すぎて……!」
「まあ、一度戦ってるからね」
ユークが言う。
「あの時は、強さもよく分からなかったから、色々試しながらだったけど、今回はそうじゃ無いもの」
アウリンが、光へと還りつつあるラルヴァの残骸に目をやる。
その傍らで、セリスが転がっていた魔石を拾い上げた。
「これって、持って帰るの?」
手のひらに乗せられた魔石は、血のようなどす黒い光を放っている。
ユークはそれを見て、一瞬顔をしかめる。だが、すぐに小さく頷いた。
「うん……できれば持ち帰りたくないけど、ギルドに報告しなきゃ」
その様子を見つめながら、ラピスがぽつりと呟く。
「……本当に、すごいです。まるで……絵本の中に出てくる冒険者みたい」
誰かが、その言葉に照れくさそうに笑った。
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ユーク(LV.28)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:このくらいの数なら余裕かな。
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セリス(LV.28)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:私の武器が槍で本当に良かった……あんなの、あまり近づきたくないし。
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アウリン(LV.29)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:大きくて足も遅い敵は、狙いやすくて助かるわね。
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ヴィヴィアン(LV.28)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:敵が多いと、一度に全部足止めできないから大変だわ~
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ラピス(LV.30)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪テラーバースト≫
備考:私のほうがレベル高いのに、何かする前に終わっちゃった……
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