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第112話 ルチルの奮戦と思わぬ援軍


 「気を抜くな! 敵は目の前だぞ! 気合を入れろ!」


 号令と共に、ルチルが前線の兵たちを叱咤(しった)した直後――

 ユークたちが、異形(ラルヴァ)の群れに向けて魔法攻撃を放った。


 その光景を見て、焦りと羨望(せんぼう)が入り混じった他の探索者たちも、一斉に動き出す。


「くそっ、報酬を全部あいつらに持っていかれてたまるか!」

「後に続け!」

 先を争うように斬りかかる探索者たちの剣が、赤黒い肉塊に食い込む。


「なんだこいつ、弱いぞ!?」

「ははっ! 見かけ倒しかよ!!」


 芋虫のような異形の身体が裂け、柔らかい肉が散る。それを見た探索者たちは、まるで勝利を確信したかのように笑った。


 その様子を遠巻きに見ていたルチルは、静かに(つぶや)く。

「……作戦は順調なようだな」


「そうですね。このまま何事もなければいいんですが……」

 副官が落ち着いた声で応じる。


 しばらくの間は順調だった。だが、徐々に様子が変わっていく。


「……? なんだ、様子(ようす)がおかしい」

「ちっ、今ので死んでねぇのかよ!」

 最初は気づかなかった探索者たちも、異変に目を向け始める。


 ラルヴァの群れの中に、明らかに“異質”な個体が混じり始めた。

 それは、背中に人型の上半身のような突起を持った、より成熟した異形だった。


「なんだ!? こいつら……強くなってないか!?」

「くそっ……!」

「いてぇ! 攻撃をくらっちまった!」


 「キュロロロ……ッ!」

 不気味な鳴き声が、じわじわと戦場を(おお)う。


 少しずつ傷を負う探索者が現れ、先ほどまで勢いづいていた者たちも、次第に腰が引けていく。


 その様子を見たルチルは、静かに目を細めた。

「……ダメか」


「の、ようで……」

 副官が苦々しげに言う。


 ルチルはわずかに(あご)を引き、決断を下した。

「そろそろ潮時(しおどき)だな……私のスキルを使う」


「っ、分かりました!」

 副官がすぐさま振り返り、部隊の兵たちに向けて叫んだ。


「総員、傾注(けいちゅう)! 隊長がEXスキルを使用する、備えろ!」


 その声とほぼ同時に、ルチルが前に踏み出し、スキルを発動する。


「――《ブレイブハート》」


 劣勢が明らかになった戦場で、探索者たちの悲鳴が上がる。


「ヒィィッ! もうダメだぁ!」

「逃げるぞ! やってられねえ!」


 追い詰められた途端、それまでの士気は崩れ、戦場には混乱の空気が広がり始めていた――そのとき。


 ルチルの声が、全軍に響き渡った。


『みな聞け! やつらは短時間で増殖している! このまま放置すれば、ダンジョンを埋め尽くし、街にまで災厄が及ぶぞ!』


 探索者たちは、武器を振るいながらもその声に耳を傾けた。


『お前たちにもいるだろう! 大切なものが! 友が! 家族が! 恋人が!』


『戦え! 己の誇りにかけて! 守るのだ、この街を! 仲間を! 未来を!』


 その言葉は、まるで胸の奥に火を点けるようだった。


「……そうだ、守らなきゃ、俺たちの街を……!」

「こんな連中に、好き勝手させてたまるか!」

 気圧されていた探索者たちの目に、再び闘志が宿る。


「うおおおおおぉぉぉぉッ!!」


 怒声が戦場を満たし、ラルヴァの群れに向かってなだれ込む。その勢いに押され、戦況がわずかに回復しはじめた。


「やっぱヤバいっすね、隊長のスキル……」

「まあな……」


 矢を放ちながら(つぶや)く兵士に、隣の兵が静かに応じる。


「うおおぉっ! 俺たちが守るんだあああ!」


「おい! 一緒になって暴走してるバカがいるぞ! ぶっ叩いて正気に戻せ!」

「はっ、はい!」


 意識を乗っ取られたように叫びながら突っ込む兵士を、仲間たちが慌てて取り押さえる。


 ルチルは小さく息を吐いた。


「……ふう、これで一旦(いったん)は持ち直したな」


「さすがですな。ですが、だいぶ“染まって”いる者が多いようです」


 副官の報告に、ルチルはゆっくりと頷いた。


「私のスキルは、信念が薄い者ほど強く“同調”する。……今回集めた連中は、そういうのが多かったということか」


「ですが、少数ではありますが、影響を受けていない者もいるようですな」


「ほう……しっかり覚えておけ。撤退の際には、そいつらを優先して回収する」


「はっ!」

 敬礼する副官の声が、戦場の喧騒にかき消された。


 ルチルのスキルによって戦況は持ち直したものの、敵の圧力は依然として強く、じわじわと前線が押されていく。


 ルチルは目を細め、静かに呟く。

「……もう、限界か」


 後退の判断を下そうとした、まさにそのとき――


 バサリと、空を切る大きな羽音が響いた。


「なんだ……!? カマキリの……モンスター!?」


 霊樹の方角から飛来したのは、一体のモンスター。

 片腕を失い、体のあちこちに傷を負ったカマキリのような魔物――キラーマンティスだった。


 その鋭い鎌が宙を裂き、背後のラルヴァを次々に切り裂いていく。


 「――キュロロロロロ!!」

 悲鳴のような鳴き声が木霊し、ラルヴァたちは混乱に陥る。


 その光景を見たルチルは、即座に決断を下した。


「――チャンスだ。“有志”に殿を任せて、我々は後退する!」


 まるで当然のように告げるルチルに、副官が力強く応じる。


「了解しました!」


 副官の号令が響き、兵たちがすぐに動き出す。


(見たところ……奴らと、このダンジョン本来のモンスターは敵対しているようだが……さて、どう出るか)


 ラルヴァとキラーマンティスの死闘を背に、ルチルの兵士たち、そしてスキルの影響を受けていない一部の探索者たちは、フォレストベアーの縄張りへと向かって撤退していくのだった。


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ルチル(LV.??)

性別:女

ジョブ:??

スキル:??

EXスキル:《ブレイブハート》

備考:ラピスの《テラーバースト》と同系統のスキル。本来は、味方の戦意を高め、短時間だけ身体能力を上昇させるもの(ただし強化魔法とは異なり、使用後は肉体に大きな疲労が残る)。


 しかし、ルチルが使う《ブレイブハート》には異質な性質がある。心に確かな信念を持たない者に対しては、ルチルの言葉と、それに伴って湧き上がる“全能感”が作用し、その言葉をまるで自分の本心のように錯覚させる。結果として、強い暗示にかかったかのような、洗脳じみた効果が発生する。

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ルチルの副官(LV.??)

性別:男

ジョブ:??

スキル:??

備考:他の兵士たちと変わらぬ装備を着けているが、機転が利き、頭の回転が速いためルチルに見いだされ、副官のような立場で行動している。ただし、正式な地位はなく、あくまで兵士の一員として扱われている。

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