第111話 霊樹侵入作戦開始
森を抜けた瞬間、ユークたちの足がぴたりと止まった。
誰ともなく、息を呑む音が漏れる。
その先に広がっていた光景は――まさに、地獄だった。
巨大な霊樹の根が地面を覆い、その上に、無数の異形が張りついている。
「……なんだ、これ……」
兵士のひとりが目を見開き、かすれた声を漏らした。
赤黒くぬめった肉の塊が、芋虫のような胴体をうねらせ、根にまとわりついている。その身体には、足の代わりに人間の腕が何本も生えており、それらが地面を這って不気味に動いている。
さらに奥には、芋虫の背の部分が膨れ上がり、そこから人間の上半身のような突起が突き出している個体もいた。突起はまだ未完成で、ただ、形だけが人の体に近づいている。
成長段階の違う異形たちが、霊樹の根にびっしりと密集している。成長の浅い個体ほど単純な芋虫の形に近く、霊樹に近づくほど、背中の突起はより人間に近い構造を持つようになっていた。
「……うっ……!」
探索者の一人が限界を迎え、口を押さえて嘔吐する。
「やっぱり……数が、増えてる……!」
アウリンが顔を青ざめさせながら後ずさった。
三日前とは比べものにならない。まるで繁殖したかのように、その数は倍以上に膨れ上がっている。
その場に立ち尽くす者たちへ、鋭い声が飛ぶ。
「気を抜くな! 敵は目の前だぞ! 気合を入れろ!」
ルチルが怒鳴るように叫び、兵士たちは慌てて態勢を整え始めた。
そのとき、兵士の一人が不安げな声をあげる。
「隊長……この化け物、名前は……?」
ルチルは数秒の沈黙のあと、眉間にしわを寄せて呟いた。
「……そうだな。では“ラルヴァ”と呼ぼう」
その名を聞いた誰もが、納得と同時に新たな恐怖を覚え、静かに息を呑んだ。
――霊樹の根を喰らい、養分にして成長する化け物。
その姿だけでなく、存在そのものが冒涜的だった。
ユークが口元を引き結び、一歩前に出る。
(霊樹にたどり着くには、まずこいつらをこっちに引きつける必要がある。そのためには……)
戦況を読むユークの思考が、一瞬の間に定まる。
「アウリン、まず魔法で攻撃する!」
「了解!」
アウリンが頷き、すぐさま詠唱に入る。
「≪フレイムボルト≫!」
「≪フレイムアロー≫!」
二人が放った魔法の矢が、ラルヴァに突き刺さり、肉を焼いた。異形たちは汚らしい悲鳴をあげ、うねりを増す。
他の探索者たちは一瞬出遅れたが――次の瞬間、焦燥と嫉妬が彼らの背中を押した。
「くそっ、報酬を全部あいつらに持っていかれてたまるか!」
「後に続け!!」
怒声が飛び交い、探索者たちが突撃する。兵士たちも一斉に魔法を唱え始めた。矢と炎の雨が、ラルヴァの群れに降り注ぐ。
だが、それに反応した異形たちは、一斉に蠢き始めた。
無数の腕で地を掴み、ぬるりと這い寄る芋虫の群れが、じわじわと迫ってくる。
「よし……! いくぞ!」
ユークが叫び、仲間たちに合図を送る。
「ヴィヴィアン! 前を頼む!」
「任せてっ!」
ヴィヴィアンが盾を構え、先陣を切って突進する。
「セリス、アウリン、続いて!」
「了解!」
「わかった!」
四人の動きに迷いはなかった。炎と槍が道をこじ開け、ヴィヴィアンがその道を盾で押し広げていく。
やがて、前方に別の一団が姿を現す。
「ユークさん!」
「ラピスさん!」
ラピス率いるパーティーが合流し、戦列が一気に整う。
「こっちに行ける道があるんです! ここを通れば霊樹に近道です!」
ラピスの案内は的確だった。彼女の経験に導かれ、ユークたちはラルヴァの群れをうまく避けながら霊樹へと進んでいく。
「……他の人たち、大丈夫かな……」
セリスが槍を振るいながら、小さく呟いた。
後方では今も、怒号と魔法の爆音が鳴り響いている。
「今はそんなこと気にしてる場合じゃない。進もう!」
ユークがそう言うと、セリスは無言で頷いた。
「そうよ! むしろ私たちの方が危険かもしれないわよ!」
アウリンも声を張り、気を引き締める。
「だんだん近づいてきたわ〜!」
ヴィヴィアンが叫び、視線の先を指さす。遠くに見えていた霊樹が、もう目の前に迫っていた。
周囲のラルヴァも、人型の上半身を備えた個体が目立ち始めている。
「あの穴です! あそこから中に入れます!」
ラピスが霊樹の根の隙間を指し示す。
「もう少しだ! みんな、踏ん張れ!」
ユークが仲間たちを鼓舞する。
やがて――
「よしっ! 到着っ!」
セリスが叫んだ。
「皆いる!?」
ヴィヴィアンが辺りを見回し、確認を急ぐ。
「はい、全員そろってます!」
ラピスが答え、隊列が再び整う。
「ユーク!」
アウリンが叫ぶ。
ユークは黙って頷き、すでに詠唱を終えていた魔法を発動させた。
「≪ストーンウォール≫!!」
霊樹の穴を塞ぐように、石の壁が立ち上がる。
その直後、何かが激しくぶつかる音が立て続けに響いた。追いすがってきたラルヴァたちが、壁に押し寄せているのだ。
「≪ストーンウォール≫!」
「≪ストーンウォール≫!!」
ユークはさらに詠唱を重ね、壁をいくつも上書きするように重ねていく。
石の防壁は、音を立てながら何層にも補強されていった。
そして――
「……よし、行こう」
ユークが前を見据え、静かにそう告げた。
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ユーク(LV.28)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:……そういえば、帰るときもあそこを通らなきゃいけないのか?
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セリス(LV.28)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:うん。刃こぼれも無いし、切れ味も落ちてない!
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アウリン(LV.29)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:今ここで何が起きてるのかしら? 明らかに普通じゃないわ……
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ヴィヴィアン(LV.28)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:ちょっと休憩。さすがに少し疲れちゃったわ~。
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ラピス(LV.30)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪テラーバースト≫
備考:えっと……そうだ! 記録用の魔道具を起動ないと!
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