第110話 探索者の進軍
森の中を進むユークたちは、ルチルの兵たちが炎で焼き払って作った一本道を先行していた。
この先にどんな危険が潜んでいるのかを確認するのが、彼ら探索者の役目だ。
「すごいな……すっかり炭になってるや」
黒く焦げた地面を踏みしめながら、ユークが感嘆の声を漏らす。
「ここらで出てくるモンスターってトレントだけでしょ? だったら道の端だけを警戒してれば良いわね」
アウリンがそう言って周囲を見回した。
森の中を焼いて通した道なので、両端にはまだ木々が残っているのだ。
「ぐあっ!」
突然、悲鳴が上がった。
「な、大丈夫か!?」
「このやろうっ!」
道の端を調べていた他の探索者たちがトレントとから不意打ちを受けて、なし崩し的に戦闘が始まったようだ。
「うーん……」
セリスは気にも留めず、静かに一歩一歩を踏みしめながら、ある木の前で立ち止まった。
「どうしたの? セリス」
ユークが不思議そうに尋ねる。
「えっとね、多分、このへんだと思うんだけど……」
そう言いながら、セリスは木の幹を手でペタペタと叩き始めた。
次の瞬間。
その木が不自然にうねり出し、鋭く尖った枝を槍のように伸ばしてセリスに襲いかかってくる。
「あ、やっぱり」
しかしセリスは余裕の表情のまま身をひねって回避し、手にした魔槍で一閃。
トレントは真っ二つに斬り裂かれ、光の粒となって消えていった。
地面には霊樹の樹液が入った木片が残されている。
「はい、これ」
セリスがそれを拾い、ユークに手渡す。
「あ、うん。ありがと」
ユークはそれを受け取り、荷物にしまいながら頷いた。
「よく……わかったわね……」
アウリンが目を見開き、驚き混じりに声を漏らす。
「え? なんとなくわかんない?」
セリスが首をかしげた。
「普通はわからないわよ……」
ため息を吐いたアウリンは、呆れたようにこめかみを押さえる。
そのときだった。
すぐ近くで何かがぶつかるような音が響く。
「あ、みんなー! 援護お願い〜!」
声のする方を向くと、ヴィヴィアンがトレントに襲われていた。
不意を突かれたようだったが、トレントの木槍は彼女の分厚い鎧に阻まれ、逆に先端が砕けている。
「セリス!」
ユークの声に、セリスが即座に駆け出す。
「任せてっ!」
そのまま迷いなく魔槍を振るい、トレントを真っ二つに斬り伏せた。
ちなみにこの作戦は出来高制。活躍すればするほど報酬が増える仕組みだ。
そのため、次々とトレントを討伐していくユークたちを、他の探索者たちは苦々しい表情で睨みつけていた。
やがて一行は、猿のモンスター、ロングテールの出現するエリアへと進んでいく。
「ユーク! あそこ!」
セリスが素早く指を伸ばし、木の陰を示した。
「《フレイムボルト》!」
ユークが即座に詠唱すると、炎の矢が放たれ、木の陰に潜んでいたロングテールを正確に撃ち抜いた。着弾と同時に炸裂し、敵の姿は炎の中へと消える。
「いい感じよ! 順調に倒せてるじゃない!」
アウリンが声を弾ませて叫んだ。
魔力はダンジョン内なら無制限に使えるが、EXスキルを連発するのは負担が大きい。
そのためセリスが模倣した『ホークアイ』を使い、隠れている敵を発見してユークに位置を伝え、ユークが正確に魔法で撃ち抜くという連携を多用していた。
他のパーティーもそれぞれに工夫を凝らしてはいたが、それでもユークたちの効率には到底及ばない。
「生えてる木の種類が変わった!」
先頭を歩いていたユークが、ふと立ち止まり周囲を見回しながら声を上げた。
「このあたりから、フォレストベアーの出現区域に入るわ。みんな、警戒して!」
アウリンが真剣な表情で仲間たちに注意を促す。
「前は変なモンスターにやられちゃって、結局フォレストベアーとは戦わずに済んだけど……今回はどうかしら〜?」
ヴィヴィアンは以前の探索を思い出し、緊張を和らげるような調子で言葉を続けた。
一行は周囲の木々と地形に目を配りながら、慎重に進んでいく。
「……やっぱり、今のところは襲ってこないわね」
アウリンが小さく息を吐きながら、辺りを見渡してつぶやく。
「ユーク、あれ見て!」
突然、セリスが鋭く叫び、手を伸ばしてある方向を指し示した。
「なに?」
ユークが視線を向けると――
「っ……!」
目にした光景に、言葉が出なかった。
少し離れた場所で、フォレストベアーと謎の怪物が争っている。
以前はその怪物がフォレストベアーを倒し、ユークたちにも襲いかかってきたが――
今回は逆だった。二体のフォレストベアーが、謎のモンスターを一方的に追い詰めている。
「えっと……こういうときって、どうすればいいんだ?」
近くにいた兵士が戸惑った声で聞いてきた。
「そのまま通っちゃってもいい気がしますけど……」
ユークも少し困りながら答える。
「はっ、腰抜けが。やる気ねぇのかよ!」
別の探索者パーティーが、あざ笑うように叫びながら、戦いを終えたフォレストベアーの方へ突っ込んでいった。
──おそらく、戦いで消耗しているフォレストベアーを狩るつもりだったのだろう。
だが――
「ぎゃああああああっ!!」
しばらくして、悲鳴が森に響き渡った。
逃げ帰ってきた探索者たちは傷だらけで、ろくに戦いにならなかったことが分かる。
フォレストベアーは追ってくる様子もなく、じっと彼らを見送ったあと、森の中へと姿を消していった。
「……威勢は良かったけど、見かけ倒しか」
兵士が呆れたように苦笑いを浮かべる。
「どうする? このまま進んでも平気なのか?」
もう一人の兵士が、ユークに尋ねた。
「なんか……妙に強くないか、あいつ……」
ユークがフォレストベアーを警戒しながら仲間たちに聞く。
「うん、ブレイズベアーと同格って話だったけど、正直こっちの方が強そうに見えるわね」
アウリンも眉を寄せながら言葉を続けた。
「でも、私たちに倒せないほどじゃないと思うけど、どうするのかしら〜?」
ヴィヴィアンは落ち着いた口調で聞いてきた。
「ううん、倒す必要はないと思う。あの子たち、こっちに敵意を向けてないみたいだから……」
セリスがまっすぐな瞳でそう告げた。声には確かな自信が宿っている。
「……そっか。うん、分かった」
ユークは素直に頷き、すぐに兵士の方へと向き直る。
「問題ありません。フォレストベアーは無視して進んでも大丈夫です」
兵士にそう伝えると、彼はやや困惑した表情を浮かべた。
「そ、そうか……?」
不安げな視線を、フォレストベアーが去っていった方向へと向ける。
だがそのとき――
「私たちはダンジョンのプロよ。安心して」
アウリンがにっこりと微笑み、明るい声で言葉を添えた。彼女の軽やかな口調は、緊張していた兵士の心をほぐすようだった。
「……わかった。では、前進する!」
兵士がそう号令をかけると、隊列は再び動き出す。
その後ろで、他の探索者たちはどこか納得のいかない様子で視線を交わしていた。しかし、何も言い出すことはできず、ただその光景を黙って見つめていた。
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ユーク(LV.28)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:ここまでは順調かな。
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セリス(LV.28)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:あの子たちって、前に見た子よりちょっとレベルが高いのかも……
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アウリン(LV.29)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:これで高額報酬を受け取るのって、マッチポンプしてるみたいでちょっと心苦しいわね……
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ヴィヴィアン(LV.28)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:怪我した人たちは大丈夫かしら~?
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