第109話 大規模作戦開始
三日後の早朝、≪賢者の塔≫第二十一階。
濃い霧に包まれた広大な森の手前には、多くの人々が集まっていた。木々がざわめき、緊張感の漂う空気が場を包んでいる。
「すごいな……《賢者の塔》の探索に、こんなにも人が集まるなんて……」
ユークは周囲を見渡しながら、驚きを口にした。
彼の周りでは、探索者たちが思い思いに談笑し、あるいは武器を点検しながら準備を整えていた。
「本当にすごいわよね! ルチルさんが連れてきた兵士が三十人。探索者は私たちを除いて十組。ざっと八十人以上の大所帯よ!」
アウリンが数を数えながら答える。
「でも……実力のある人は、そこまで多くなさそう」
セリスが周囲を見回しながら、少し眉をひそめた。
その言葉が、思わぬ火種となる。
「あ゛あ゛!? 今なんて言った? 舐めてんのかコラァ!」
たまたま近くにいた探索者が、血走った目でセリスをにらみつけ、怒鳴りつけてきた。
男は腰に下げた武器に手をかけ、空気が一気に張り詰める。ユークたちも思わず身構えるが——。
そんな中、間に入ったのはヴィヴィアンだった。
「ごめんなさいね。セリスちゃんも、悪気があって言ったわけじゃないのよ。ほら、謝って?」
ヴィヴィアンが一歩前に出て、探索者を上から見下ろすように言った。
「ひ、ひぇっ……」
男は長身で全身鎧を着たヴィヴィアンの放つ威圧感に圧倒され、声を詰まらせてしまう。
「その……ごめんなさい……」
セリスが素直に頭を下げる。
「わ、わかればいいんだよ! わかればな!!」
すると、男は慌てて武器から手を離し、逃げるようにその場を去っていった。
「ダメよセリスちゃん。今日は人がたくさんいるんだから、誰が聞いてるかわからないのよ?」
ヴィヴィアンがやんわりと注意すると、
「うん……ちょっと、うっかりしてたかも」
セリスは肩を落として反省したように頷いた。
「おっ、あっちにラピスさんたちがいるよ!」
気まずい空気を変えようと、ユークがわざと明るい声を上げた。
「ほんとね。ああやって見ると、やっぱりすごいパーティーなのがよくわかるわ」
アウリンが視線の先を見る。
ラピスのパーティーは、他の探索者たちから少し離れた場所にいた。
だが、その存在感はひときわ強く、周囲の目がしきりに向けられている。
EXスキル持ちを複数抱える実力派パーティーということもあり、やはり一目置かれているようだ。
「ラピスさんたちとは、攻撃のときに合流するんだよね?」
セリスが小声で尋ねる。
「うん。ラピスさんのパーティーは有名だから、俺たちと一緒だと迷惑がかかるかもしれないしね」
ユークもまた、声を落として答えた。
確かに、それも表向きの理由の一つだった。 だが本当の理由は別にある。
今回の作戦では、どれほどの犠牲が出るかわからない。ルチルとの関係を公にしていた場合、万一のときに責任や非難が集中する可能性がある。
だからこそ、ユークたちはルチルとは“無関係”を装い、ラピスたちとも距離を置いているのだ。
そのため今回ユークたちは、他の一般参加パーティーに混じって行動していた。
だからだろう――周囲の視線は冷たい。
「あいつら、誰だよ?」
「大丈夫か? ガキばっかじゃねえか」
「あんなのが混じってて、足手まといにならねえといいけどな……」
ユークたちを嘲るような声が、あちこちから聞こえてくる。
無理もない。ユークたちがLV.28やLV.29もあるなどと、誰も想像すらしていないのだ。
さらに、ラピスのパーティーに近づこうとしないパーティーが多いのも理由がある。
それは、かつてラピスのトレント狩りに横殴りをしていた者たちが、今回の依頼に多く参加しているからだ。
ラピスが狩りを中止したことで、楽に稼ぐ手段を失った彼らは、代わりにこの高額依頼に飛びついていた。
ちなみに、ラピスと共に狩りをしていた者たちは一人も来ていない。ラピスが個別に事情を説明して、参加を思いとどまらせたからだ。
そのとき——
「では進軍を開始する!!」
ルチルの鋭く通る声が、森全体に響き渡った。
兵士たちは即座に反応し、整然とした動きで列を組み、森へと向かって歩き出す。
「《フレイムピラー》!!」
一斉に魔法が放たれ、燃え上がる炎が前方の木々を焼き払い、道を切り開いていった。
「これが……軍隊のやり方……」
ユークが、ぽつりと呟く。
ふだんは少人数で慎重に進む探索とはまるで違う。これはまるで軍事作戦のようだった。
黒く焦げた枝が崩れ落ち、道が拓かれていく。
「……すごい」
セリスもまた、呆然としたように見つめていた。
「あれは、ゴルド王国の誇る魔法剣士隊よ」
アウリンが目を細めながら説明する。
「剣の腕に加えて魔法まで使えるよう訓練された精鋭だわ。ゴルド王国もすごいのを派遣していたのね」
そう言って、感心したように頷いた。
「話してる暇はないわよ〜。先行して探索するのは私たちの役目なんだから」
ヴィヴィアンが軽く手を振って、仲間たちに注意を促す。
「よし、俺たちも行こう!」
ユークが仲間たちに声をかけ、地に落ちた枝を踏みしめる。
こうして、《賢者の塔》第二十一階層での大規模作戦が、ついに始まったのだった。
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ユーク(LV.28)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:人数が多いから誤射なんかには気を付けないと……
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セリス(LV.28)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:人が沢山いてちょっと窮屈かも。
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アウリン(LV.29)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:ヴィヴィアンが一緒なら、妙なのに絡まれずに済むから助かるわ!
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ヴィヴィアン(LV.28)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:うっかり誰かを押し飛ばさないように、歩くときは気をつけないと……
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