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第108話 ルチルの作戦計画


 ──場所を移して話をするため、ユークはルチルの背を追って足を進めていた。


 案内されたのは、ギルドガード本部の中でも一角にある、ルチルの職務室だった。重厚な扉を抜けた室内は、整然(せいぜん)としていて無駄がない。まさに仕事のためだけに作られた場所だと分かる。


「そこに座ってください」

 ルチルの言葉にうなずき、ユークは来客用のソファに腰を下ろした。


「まず最初に伝えておきます。どんなに急いでも、作戦の決行には三日は必要です」

 落ち着いた口調だったが、その内容は重かった。


「三日……ですか」

 ユークは顔をしかめ、かすかに唇を動かす。


 その間にも、モンスターは確実に数を増やしているだろう。あの異形がさらに増えると考えると、三日という猶予すら恐ろしく思えた。


「不満なのは分かります。でも、こればかりはどうにもできません」

 ルチルはため息をつきながら、机の上で手を動かしていた。ペン先が走る音が、部屋に静かに響く。


「今日中に作戦内容をまとめて、明日の朝には依頼書を掲示します。二日間で参加者を募り、三日目に≪賢者の塔≫二十一階に集合。そこで作戦を開始します」


 おそらく彼女が今書いているのが、その依頼書なのだろう。驚くほど手際がよく、数分で一枚を仕上げると、すぐにサインを入れて見せた。


「それと、我々だけでは二十一階まで直接転移できません。あなたたちにも協力をお願いしたい」


「……分かりました」

 ユークがうなずくと、ルチルは彼に目を向けた。


「今回の作戦が必要であることは理解しています。私も、あれを目にしましたから。

 ですが――私の兵の損害は、できる限り抑えたいのです。そのためにも、資金を使って探索者を雇うことにします」


「探索者を……雇うんですか」


 ユークの脳裏に、ラピスや他の仲間たちが浮かんだ。

 彼らが報酬のために命を懸けて戦う姿が、目に浮かぶようだった。


「先に言っておきますが――どちらも取ろうという都合のいい話は通りませんよ?」

 ルチルはペンを置き、静かに言った。


「貴方は、自分と仲間の安全を優先し、他人の力を借りようとしている。私は兵の損害を減らすため、探索者に報酬を払って動いてもらう。どこかで誰かが、貧乏くじを引かなくてはなりません。それが今回は、金で動く探索者というだけの話ですよ」


 その言葉に、ユークはしばし黙り込む。

 理解できる。だが、受け入れるのは容易じゃなかった。


「……そうですね。ちょっと……考えが甘かったかもしれません」

 視線を落とし、ユークは小さくつぶやく。


「……では、やめますか?」

 ルチルの声には、わずかに探るような響きがにじんでいた。


「今なら、すべてをなかったことにできます。リスクは貴方たちが背負うことになりますが……他には誰も傷つかずに済むかもしれない」


 ユークは、黙って目を閉じた。

 思いが胸の中で渦を巻く。


 ――迷い。罪悪感。責任。そして……決意。


「…………いえ。やってください。お願いします」

 顔を上げ、はっきりと答えたその目に、もう迷いはなかった。


「分かりました。では、こちらで準備を進めておきます。今日はもう、帰って休んでください」

 ルチルの声は、少しだけやわらかくなっていた。


「今日はありがとうございました。失礼します」


 ユークは頭を下げ、部屋を後にした。

 その背中には、強い決意が宿っていた。


 ◆ ◆ ◆


 自宅に戻ったユークは、玄関を開けるなり、ぐったりとした声を()らした。


「は〜……つかれた……」


 表情に、これといった暗さは見えなかった。

 だが胸の奥では、迷いと罪悪感がまだ(くすぶ)っている。

 それでも――今は誰にも、余計な気を使わせたくなかった。


「おかえり、ユーク。スープ温め直してくるね」

 セリスが立ち上がり、台所へと向かう。


「うん、ありがとう」

 椅子に体を預けながら、ユークは長いため息をついた。


「大変だったみたいね。それで、どうだったの?」

 テーブル越しにアウリンが声をかける。


「うん……実はね――」

 ユークは今日の出来事、所長とのやり取りと、ルチルの作戦について話し始めた。


「なるほどね……結果的には上手くいったってわけね」


「……まあ、そうなんだけど」

 どこか歯切れの悪い返事に、アウリンが眉をひそめた。


「なによ、もっと胸を張りなさいよ。上手くいったんでしょ?」


「でも……ルチルさんが動いてくれなかったら、無理だったから」

 ユークが少しうつむいたそのとき、アウリンが勢いよく身を乗り出した。


「ルチルさんに霊樹の異変を見せようって言ったのはアンタでしょ。それが巡り巡って突破口になったんだから、立派な功績じゃない!」


「……そう、かな」


「そうに決まってるでしょ!」


 そのとき、セリスが湯気の立つスープを運んで戻ってきた。

「はい、どうぞ。温かいうちに食べてね」


「……まあまあ、まずはお夕飯にしましょう? お腹が空いてたら、頭も回らないし」

 ヴィヴィアンがふわりと微笑みながら言った。


「……うん、そうだね。セリス、今日のスープって何?」

 ユークの顔に、ほんの少しだけ笑みが戻る。


「ふふっ。今日はね――」

 セリスが楽しそうに説明を始める。


 こうして、仲間たちとの夜は静かに過ぎていった。


 ◆ ◆ ◆


 翌日・ギルドの貸し部屋


 ラピスたちを前に、ユークは昨日の内容を説明していた。


「――というわけで、ラピスさんには、この映像記録の魔道具をお願いしたいんです」

 そう言って、ユークは机の上に小さな銀の球をそっと置き、深く頭を下げた。


「ま、まかせてくださいっ! 絶対にやりとげてみせます!」

 ラピスは目を輝かせ、勢いよく答える。その顔には喜びとやる気が(あふ)れていた。


 そんな彼女の様子に、ユークは胸が痛む。


 本当は、ラピスのように確かな実力を持つ探索者に、こんな役目を任せるべきではないと分かっていた。


 だが現実には、彼女のパーティーはユークたちと比べて若干戦力が劣っており、最前線での交戦よりも、この記録係という役割を担ってもらった方が、全体としての戦力の最適化になる。


 この魔道具は、決して頑丈ではない。戦いの最中に破損してしまえば、記録は水の泡だ。


 それを避けるには、戦闘に参加しつつも的確な判断で立ち回り、魔道具を守りきれる人物でなければならない。


 そして、ユークの知る中でその条件を満たすのは、信頼も実力も兼ね備えたラピスたちのパーティーしかいなかった。


 他に選択肢がなかったとはいえ、やはり申し訳ない。

 ユークはそんな思いを隠しきれず、複雑な表情を浮かべていた。


 だが――


 ラピスは、そんなユークの葛藤に気づいていなかった。ただ、自分が信頼されていることが心から嬉しかったのだ。


 やる気に満ちた彼女は、銀の球をそっと手に取り、大切そうに抱えた。


 三日後に迫る攻撃に向けて。


 ユークたちは、それぞれの役割を胸に、着実に準備を進めていくのだった。


◆◆◆


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ユーク(LV.28)

性別:男

ジョブ:強化術士

スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)

備考:何も考えずに戦ってられたら楽だったのに……

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セリス(LV.28)

性別:女

ジョブ:槍術士

スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)

備考:ユークなんだか疲れてるみたい……

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アウリン(LV.29)

性別:女

ジョブ:炎術士

スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)

備考:何かあったみたいね。

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ヴィヴィアン(LV.28)

性別:女

ジョブ:騎士

スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)

備考:難しい話をしてるわ~

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ラピス(LV.30)

性別:女

ジョブ:槍術士

スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)

EXスキル:≪テラーバースト≫

備考:頼られてうれしい。

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ルチル(LV.??)

性別:女

ジョブ:??

スキル:??

備考:まあ、悪くはないですね。

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