第11話 努力の価値
「じゃあ、強化術士の才能がある人が、ここにはたくさんいるってこと?」
セリスがのんきに言うと、アウリンがすぐさま否定した。
「ん~、強化術士は他のジョブとはちょっと違うのよね……」
「違う?」
ユークが興味深そうに問いかける。
「剣士や炎術士みたいなジョブは、戦える人を見つけたり、もっと強く育てて戦力にすることを目的としてるわ。でも、強化術士は違うの。もともと戦いに向かない人を、戦いの役に立たせることを想定したジョブなのよ」
アウリンが説明する。
「例えばだけど、そこらの村娘が戦場で役に立つと思う?」
「いや、足手まといじゃない?」
ユークとセリスが即答すると、アウリンは満足そうに頷いた。
「でしょ? でもね、もし村中の娘が隠れながら強化魔法を使ったら、どうなると思う?」
ユークはその光景を想像する。前線の戦士たちは次々に強化され、驚異的な戦闘力を発揮することだろう。敵にとっては、見えないところから援護されるのは厄介極まりない。
「それは……相当、厄介だな」
「でしょ?」
アウリンがニヤリと笑う。
セリスはふと疑問を口にした。
「でも、そんなに才能がない人ばかりなの?」
「大昔に魔族に勝利して、その後の人間同士の戦争も終わったでしょ? 平和になったせいで、ろくに鍛えもしない若者が増えたのよ」
アウリンがため息交じりに言う。
「そういう人が、夢ばかり見てここに集まってくるのよね。強化術士が必要とされる場所なら、自分でも役に立てるって思うみたい」
ユークは納得した。確かに、強化術士は支援がメインのジョブだ。
戦闘経験がなくても、とりあえず魔法をかけるだけなら誰にでもできる――と考える者がいても、おかしくはない。
「ちなみにね、強化術士って魔法使いからめちゃくちゃ嫌われてるのよ」
アウリンがさらりと言う。
「それは知ってる」
ユークは苦笑する。魔法を習う時にさんざん嫌味を言われたからだ。
「なんで嫌われてるの?」
セリスが首をかしげる。
「だって、努力もしないで、与えられたスキルだけで魔法を使える気になってるからよ」
アウリンの言葉に、ユークは思わず肩をすくめる。
「耳が痛いよ……」
「あら? あなたはちゃんと努力して魔法を身につけたじゃない。ぜんぜん違うわよ」
アウリンがフォローするように微笑んだ。
「ふーん……じゃあ、スキルで初級魔法をもらった人も嫌われてるの?」
「嫌われてるっていうか、バカにされてるわね。成り上がりとか、モドキとか呼ばれて」
アウリンの口調が少しだけ硬くなる。
「でもね、ジョブやスキルってのは確かに重要な指針ではあるけど、それがすべてじゃないのよ」
「どういうこと?」
「だって、私の師匠は元宮廷魔術師だったけど、もともとはただの一般人だったの。いわゆる『成り上がり』よ。でも、努力と才能でそこまで上り詰めたの」
アウリンの目が少しだけ遠くを見るようになる。
「だからね――」
彼女は一拍置いて、まっすぐユークを見た。
「スキルやジョブに甘えてる人は、結局そこ止まり。でも、それを超えて努力する人は、いくらでも上に行けるってことよ」
昼食を終え、三人は探索を再開する。
とはいえ、すでにこの階層の戦い方には慣れていた。
セリスが先手を取り、ユークが敵の隙を潰し、アウリンが確実に止めを刺す――その流れはまるで決められた手順のように淡々と繰り返され、オークたちは次々と討伐されていった。
ユークはふと、自分の背中に背負ったリュックの重みを確かめる。
(……もう昨日以上の稼ぎになってるな)
戦利品の重さが、順調な成果を物語っていた。
「いったん休憩しよう」
ユークが提案すると、セリスもアウリンも異論はなかった。
三人はダンジョンの入口付近まで戻り、各自好きなように休憩を取る。
アウリンは壁にもたれながら本を開き、静かにページをめくっていた。セリスは小袋から干し肉を取り出し、軽くかじる。ユークはそんな二人をちらりと見やった後、昼食時の会話を思い出していた。
『スキルやジョブに甘えてる人は、結局そこ止まり。でも、それを超えて努力する人は、いくらでも上に行けるってことよ』
その言葉が、ずっと胸に引っかかっていた。
――このままでいいのか?
自問し、すぐに答えを出す。
「っ! よし!」
ユークは決意を固め、アウリンのもとへと歩み寄った。
彼の気配に気づいたアウリンが、本から顔を上げる。
「どうしたの? 休憩時間はまだ終わってないけど?」
不思議そうに首をかしげるアウリンに、ユークはまっすぐな視線を向ける。
「悪い、休憩中に。でも、どうしても頼みたいことがあるんだ」
ユークは深く息を吸い、真剣な表情で告げた。
「アウリン、俺に魔法を教えてくれないか?」
一瞬、沈黙が落ちる。
「……へぇ」
アウリンは口元に笑みを浮かべ、ユークをじっと見つめた。
ユークは答えを待ちながら、そのまま頭を下げ続ける。
「いいわよ」
「本当!?」
弾かれたように顔を上げるユークに、アウリンは楽しげに微笑んだ。
「勤勉な人は好きよ。だから、休憩の時くらいは教えてあげる」
「ありがとう、アウリン! ……えっと、それで、お礼はいくら払えばいい?」
おずおずと尋ねるユークに、アウリンはくすっと笑いながら指を一本立てる。
「タダでいいわ。ただし、教えてる間は私のことを先生と呼ぶこと」
「……わかった!」
「先生!」
「はい、先生!」
「よろしい!」
アウリンは満足そうに頷き、ユークの魔法修行が始まるのだった。
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ユーク(LV.11)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:ようやく前を向いて歩きだすことを決意した。
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セリス(LV.12)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:話に混ざりたかったけど空気を読んで黙っていた。
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アウリン(LV.15)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:自分のことを先生と呼ばせたい女。
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