第107話 ギルドガード所長との交渉
その日の夕方、ユークとルチルはギルドガード本部を訪れていた。
ルチルの案内で通された所長室。その中には、すでに一人の男が男が座っていた。
年は五十手前といったところだろう。ぴしっとした高級そうなスーツに、短く刈られた緑の髪と整ったひげ。そして大きくてしっかりした体つきは、現役を退いた戦士の風格が残っていた。
男の名はブロモラ。ギルドガードの所長だった。
「で、何か“異常”が起きているとか?」
男は書類に目を落としたまま、面倒そうな声で言った。
「……はい。霊樹の根のあたりに、明らかに自然とは思えないモンスターが異常発生しています。これは――」
「ふん、ありがちな話だな」
ユークの説明をさえぎるように、ブロモラが鼻で笑う。
「ダンジョンにおかしな魔物が出てくる? そんなの当たり前だろう。魔力だの生態系だの、理屈の通じる場所じゃないのがダンジョンというものだ」
「でも、あのモンスターは明らかに普通じゃありません。霊樹に悪い影響を与えている可能性が――」
「そういう話を、私は何度も聞いてきたよ」
ブロモラは嘲るような口調で言い、ユークに目すら向けない。
「普通は出ないモンスターが出たとか、数が増えすぎただとか。だが、実際にそれで大きな問題が起きたダンジョンなんて一つもない」
そして、あくまで冷ややかな声で言い放った。
「つまり、そんな話は珍しくもなんともないってことだよ」
――そんなはずない。
あの異形の怪物は、見た者にしかわからない。見れば誰だって“おかしい”と感じるはずなのだ。
「……一度、見てもらえれば分かってもらえると思います」
ユークは、必死に声をしぼり出す。
「そもそも、そのモンスターとやらは本当に存在するのかね?」
ブロモラは机に肘をつき、無表情のままユークとルチルを順に見た。
「な、何を……!」
ユークが驚いて声を上げた。
「世の中にはいるのだよ。大げさに報告して取り立てられたいとか、名を売りたいとかいう連中が。最近はとくに多い」
その言葉に、ルチルの眉がほんのわずかに動いた。
「そんなつもりはありません! 俺たちは――」
「では、証拠はあるのかね?」
ブロモラの口元に、皮肉げな笑みが浮かんだ。
「その異形のモンスターが霊樹に悪い影響を与えていると、どうやって証明する? 自分が見たから信じろとでも言うつもりか?」
「……!」
ユークは言葉に詰まる。
そのとき、ずっと黙っていたルチルが口を開いた。
「……私が見ました。それでは証拠にはなりませんか?」
まっすぐな目でブロモラを見つめるルチル。その表情には、迷いも不安もなかった。
「ならんよ。まあ、調査そのものはしてもいい。だがすぐには無理だな。二週間……いや、三週間後なら人を回せるかもしれん」
ブロモラはあくまで冷淡に言い放つ。
(無理だ……ラピスさんの話じゃ、一週間であそこまで増えてる。三週間も放置したら、どうなってるか……)
ユークは焦りを覚えた。
本来の目的は、モンスターの群れを自分たちだけで突破できないから、他の力を借りようというもの。時間をかければ、それすら無意味になる。
「一週間であれだけ増えたんです! 三週間も待ってたら手遅れになります!」
ユークは立ち上がる勢いで声を上げた。
「知らん。それはこちらの都合ではない。どうしても調査してほしいなら、待つことだな」
ブロモラは、それで話は終わりだと言わんばかりに言葉を切った。
(くそっ……)
ユークは拳を強く握りしめた。
そのときだった。
ルチルが小さく咳払いをし、静かに前へ出る。
「では、私がやります。問題ありませんね?」
彼女の声は冷たく、どこか突き放すような響きだった。
「ギルドガードとしての人員も資金も出せんぞ?」
ブロモラは睨むように言い返す。
「必要ありません。許可だけ頂ければ、それでいいです」
ルチルも一歩も引かず、まっすぐに相手を見返した。
「……いいだろう。許可しよう。話は終わりだな。さっさと出ていきたまえ」
部屋を出たあと、ユークはそっとルチルに問いかけた。
「その……本当に、いいんですか?」
ルチルは無言でポーチから小さな銀色の球を取り出し、ユークに見せた。
「これは、映像を記録できる魔道具です。王都で開発されたばかりの新型ですよ」
「え……?」
ユークは驚いて聞き返す。
「あなたは、ラピスという探索者の身内のために霊樹へ登ろうとしてる。そして、その入口を塞ぐモンスターの群れをどかすために私たちの力を利用しようとした。違いますか?」
ルチルは口元に笑みを浮かべて言った。
「……っ」
言い当てられ、ユークは返す言葉が出てこなかった。
利用していたことへの罪悪感もあって、反論できない。
「別に、責めてるわけじゃありませんよ。あれは確かに普通じゃなかった。対処は今すぐにでもすべきでしょう」
ふっと笑って、ルチルの表情がやわらぐ。
「でも、やるからには結果が求められます。私は国を代表してここにいるのですから」
そう言って、彼女はユークの両肩に手を置いた。
「この魔道具をあなたに託します。霊樹の内部にいる間、常に記録を続けてください。内部で起きている“異変”が映像に残れば、あのモンスターが霊樹を蝕んでいる証拠になります」
一拍置いてから、ルチルは目を細めた。
「――あの男は私をなめました。その代償はきっちり払ってもらいますよ」
その笑顔は、やさしいはずなのに――どこか怖さを感じさせるものだった。
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ユーク(LV.28)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:はい、“必ず”持ち帰ります(……こわっ、逆らわないでおこう)
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ルチル(LV.??)
性別:女
ジョブ:??
スキル:??
備考:費用は国から出ますが、映像の魔道具は私物です。《《絶対に壊さずに持ち帰ってください》》。
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ブロモラ(LV.??)
性別:男
ジョブ:??
スキル:??
備考:まったく、どいつもこいつも勝手なことばかり……
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