第105話 霊樹のふもとに潜むもの
「キュロロロロロロロ!!」
空気を切り裂くように、怪物が巨体をうねらせて迫ってくる。
「くるぞッ!」
ユークの声と同時に、仲間たちは素早く身構え、陣形を整える。
「動きが読めない。少し距離を取って攻撃しよう!」
ユークが素早く指示を出す。アウリンは一歩下がり、静かに詠唱を始めた。
次の瞬間、セリスが地面を蹴って前に出る。
「『フォースジャベリン』!」
魔力で形作られた槍が空気を裂き、怪物の胴体に鋭く突き立つ。
「《フレイムボルト》!」
続いてユークの魔法が命中し、怪物の体表に爆発を起こす。
「《フレイムランス》!」
さらにアウリンの魔法が放たれ、真っ赤な炎が怪物を包み込んだ。
最前列に構えていたヴィヴィアンも、盾を上げて警戒していたが――
出番が来ることはなかった。
怪物は小さく震え、やがて崩れるように倒れる。
「え……これで終わり?」
セリスが目を瞬かせながら声を漏らす。
「みたいね。見た目ほど強くなかったのかしら~?」
ヴィヴィアンが首を傾ける。
「うーん……ブレイズベアーと同じくらいなら、こんなものじゃない?」
アウリンが肩をすくめて、わずかに口元をゆるめた。
「まあ……そうか。ちょっと大げさだったかも」
ユークも納得したように頷く。
——あんな怪物を、まるで相手にならないかのように倒してしまうなんて——。
その場にいたラピスは、ユークたちの強さに圧倒され、思わず言葉を失っていた。
「……ラピスさん?」
ユークの声が近づいて、呼ばれていることに、ようやく気づく。
「あっ、はいっ!」
慌てて姿勢を正し、ラピスは返事を返す。
「このモンスター、ラピスさんが言ってたやつで合ってます?」
ユークが問いかけると、ラピスは目をしばたたかせながら首をかしげた。
「え? あ、えっと……ちょっとだけ、違うような……?」
不安そうに口元を押さえ、ラピスの声がわずかに震える。
「うーん。種類が違ったのかな?」
ユークが腕を組んで考え込む。
「……変よ。これ、見て」
アウリンが声を上げ、皆の視線が彼女に集まる。
「どうしたの?」
ユークが問いかけた。
「うん。この魔石……何か、おかしいのよ」
アウリンが掌に乗せて見せた魔石は、どす黒い赤色をしていた。
まるで凝固した血の塊のような、不気味な光をたたえている。
「うわ……これはさすがに気持ち悪いな」
ユークが顔をしかめ、わずかに視線を逸らした。
「私も初めて見る色だわ〜」
ヴィヴィアンが興味深そうに目を細める。
「なんか、いやな感じがする……」
セリスが小さくつぶやく。
そんな中、ユークがふと魔石をじっと見つめる。気づけば、その目はまるで吸い込まれるように魔石を追っていた。
「ユーク?」
アウリンが訝しんで声をかけるが、彼は聞こえていないかのようにフラフラと手を伸ばしていく。
その瞬間だった。
「ユークッ!」
セリスの鋭い声が響き、次の瞬間、アウリンの手のひらから魔石がはたき落とされた。思わぬ行動にアウリンが目を見開く。
「……っ、ハッ!」
我に返ったユークが息を呑み、慌てて後ずさった。
「セリス……!」
ユークが呼びかけると、セリスは無言で頷き、地面に落ちた魔石を見据える。そして、魔槍を高く掲げ――
「はっ!」
一閃。振り下ろされた槍が、魔石を見事に粉砕した。
「よしっ!」
セリスは肩の力を抜きながら、満足げに頷いた。
「……ありがとう。助かったよ」
ユークが苦笑混じりに礼を言うと、セリスは少し頬を赤らめて目を逸らした。
「なにあれ……今のアナタ、ちょっと普通じゃなかったわよ」
アウリンが、割れた破片を見ながら眉をひそめた。
一行はしばし沈黙し、砕けた魔石を見下ろしたまま立ち尽くした。重苦しい空気が漂う中、誰もがさっきまでの異常な気配を思い返していた。
だが、いつまでも立ち止まってはいられない。
ユークが一つ息を吐き、周囲を見回す。
「……とにかく、気をつけよう」
皆が静かに頷き、気を引き締め直す。そして――
「……じゃあ、そろそろ進もうか。ラピスさん、案内をお願いします」
「は、はい!」
慌てて頷き、先導を再開するラピス。
「この辺りは、フォレストベアーの縄張りが重なっていて……本来ならすぐに出てくるはずなんですけど……」
言葉を探すようにして、ラピスが小さく首を傾ける。
「いないね」
セリスがきょろきょろと辺りを見渡す。
「さっきの怪物が全部倒しちゃったとか?」
ユークが眉をひそめる。
「前は、あんな怪物ここにはいなかったはずなんですけど……」
ラピスが記憶をたどるように呟いた。
その後、フォレストベアーに出会うことはなく、例の怪物も再び姿を見せることはなかった。ユークたちは道を阻まれることなく、前に進んでいく。
「あ、見えてきました! あそこが“霊樹のふもと”ですよ!」
ラピスの声が明るくなる。
「ふふっ、この先はちょっとした絶景なんです!」
嬉しそうに小走りになり、木々の合間を抜けていく。
そして——
「……っ!」
ラピスは足を止め、口を両手で覆ったまま、その場に立ち尽くした。
「ラピスさん? どうし……」
ユークがラピスの後ろに立ち、前方へ目を向ける
そこには、巨大な霊樹の根が大地をおおうように広がり、まるで別の世界に迷い込んだかのような光景が広がっていた。
目を奪うような幻想的な景色は、まさに絶景だった。
――それだけであれば。
「……なに、あれ……」
アウリンが青ざめた表情で呟く。
「気持ち悪い……っ」
セリスが、硬直したようにその場に立ち尽くしている。だが視線だけは逸らせず、絞り出すような声を漏らした。
「最悪な気分だわ……」
ヴィヴィアンの顔は隠れて見えなかったが、声に混じる嫌悪感がすべてを物語っていた。
霊樹の根には、先ほど倒した怪物と酷似した幼体のようなものが、数え切れないほど密集して蠢いていた。
肉塊のような身体を押し合い、絡まり合いながら無数にへばりついている。
――おぞましい。
ひしめき合うその異様な光景は、見ているだけで、内臓がひっくり返るような嫌悪感がこみ上げてくるようだった。
「……一度、戻ろう。帰って、ギルドに報告する……」
ユークは少しの迷いも見せずに、撤退を決めた。
これはただの探索では済まされない。そんな空気を、誰もが感じ取っていた。
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ユーク(LV.28)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:これはさすがに想定外
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セリス(LV.28)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:なんか疲れた……
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アウリン(LV.29)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:もう少し準備が必要ね……
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ヴィヴィアン(LV.28)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:このまま進むって言われなくて良かったわ~
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ラピス(LV.30)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪テラーバースト≫
備考:こんなことになっていたなんて……
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