第104話 フォレストベアー
「発動。≪ホークアイ≫」
シシャスがスキルを発動すると、彼女の瞳が魔力の光を宿して淡く輝き出す。
「……見えた。ロングテールが三体、やや北寄り。こっちにはまだ気づいてない。先制して足止めする」
声は低く冷静だったが、その瞳には狩人の鋭さが宿っていた。
弓を構え、静かに矢をつがえる。空気すら張りつめる中、シシャスの指先が動いた。
矢は一直線に飛び、ロングテールの肩を正確に貫く。
間を置かず、次の矢が放たれる。それもまた命中し、ロングテールの動きを封じた。
同じ動作を何度か繰り返し、やがて彼女は弓を下ろした。
「これで通れる。急いで」
それが合図となり、ラピスの声が響いた。
「今よ、走って!」
ユークたちは一斉に駆け出した。
「なるほど……通り抜けるだけなら、無理に戦う必要はないのか……!」
ユークが感心したように呟く。
「盲点だったわね。私たちなら確実に全部倒していたでしょうから……」
アウリンは肩をすくめながら、自分たちの戦い方を振り返った。
「あんなに遠くの敵に当てるなんて、すごい腕前ね〜」
ヴィヴィアンが、走りながら後方の弓使いを称賛する。
「止めは刺していないので、レベルは上がらないんですけどね!」
ラピスが笑いながら補足した。
だが、この場にいる誰もがロングテールを倒してレベルが上がる状況ではない以上、それは欠点にはならなかった。
それでもシシャスの矢は、次々とロングテールをけん制していく。時には頭部に命中し、そのままモンスターが消滅する場面もあった。
ユークも後方へ回り込もうとする個体に炎の矢を撃ちこみ、着実に排除していく。
「あと少しで森を抜けます!」
ラピスの声が飛ぶと、仲間たちの表情にわずかな安心が広がった。
木々の密度が薄れ、視界が開けてくる。足元の土もわずかに乾いていく。
そんな中で──
「うーん……こんな感じかな?」
セリスが走りながらも片目に意識を集中させる。
すると彼女の右目が静かに光を帯び、淡い青の輝きを放った。
「なっ…セリス!?」
ユークが目を見開いて叫ぶ。
「っ! 真似された……!?」
シシャスの声が震える。
「よし、見つけた!」
セリスが足を止め、手にした槍を高く構える。
「――『フォースジャベリン』!」
放たれた魔力の槍は一直線に飛び、遠くのロングテールを貫いて消し去った。
その命中精度と威力に、誰もが息を飲む。
「うーん……でも、集中がいるから、実戦じゃ使いどころが難しいかも……」
片目から光が消えたのを確認し、セリスがぽつりと呟いた。
「……信じられない。どうやって……」
シシャスが目を伏せながら、驚きと戸惑いを隠せない。
「ええと……さすがユークさんの仲間ですね……!」
ラピスが困ったような笑みを浮かべて褒めた。
「ははは……」
ユークは、あまりにも規格外なセリスのやり方に、ただ笑うしかなかった。
森の様子が次第に変わっていく。木の種類も土の質も、これまでとはまるで違っていた。
「木の感じが変わってきたな……」
ユークが立ち止まり、息を整えながら周囲を見渡す。
「ここからは霊樹の森の深層です。出てくるのは“フォレストベアー”。レベルは二十三」
ラピスが真剣な表情で説明する。
「前に戦ったブレイズベアーと同格のモンスターよ!」
アウリンが説明を補足する。
「……あれ?」
だが、シシャスが眉をひそめて辺りを見回した。
「……おかしい。近くにフォレストベアーが一体もいない」
「……それって普通の事なんですか?」
ユークが問いかける。
「い、いえ。そんなはずは……」
ラピスの声がわずかに震えていた。
「つまり、異常が起きてるってことね。気をつけて進みましょう」
アウリンがきびきびと周囲を見渡しながら、注意を促す。
しばらく慎重に進んでいくと――
「……なんか聞こえる!」
セリスが目を細めて耳を澄ませる。
「しっ! 静かに!」
アウリンが即座に皆を制止する。
次の瞬間、ユークが声を上げた。
「あっちだ!」
全員が音のする方へ向かって走り出す。
視界の先に、激しい戦いの光景が広がっていた。
「ガァアアアアアア!!」
「キュロロロロロロ!!」
フォレストベアーと、見たことのない異形の魔物が、互いに傷を負わせながらぶつかり合っている。
その存在は、一目で異常だと理解できた。
赤黒くぬめった芋虫のような胴体は、脈打つ膨らみが不気味に波打っている。胴体の左右には、人間の腕が無数に生え、それらが地を這いながら前進していた。
その背からは、首のない人間の上半身のようなものが突き出ており、無数の眼球が埋め込まれてあたりを見回している。
さらに、胴から伸びる触手の先には棘付きの球体があり、それが地面を叩きながら破壊を繰り返していた。
口も目もない。だが、そこにあるのは圧倒的な殺意だった。
「フォレストベアーが……」
ラピスが言葉を失い、手で口元を覆う。
「ゴオオォォォ……」
フォレストベアーは最後の一撃を受けると、光の粒子となって消えていった。
「キュロロロ!」
異形の怪物は、甲高い声を上げる。
それは勝利の咆哮にすら聞こえた。
誰もが息を呑み、動けずにいた。
だが──
「……キュロ?」
モンスターの眼球のひとつがこちらを捉えた瞬間、他の全ての目も一斉にユークたちを睨んだ。
「くっ……まずい! 全員、戦闘準備!」
ユークが声を張り上げた。
こうして、謎に満ちた敵との初戦闘が始まろうとしていた。
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ユーク(LV.28)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:とにかく今はこの戦闘を切り抜けないと!
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セリス(LV.28)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:うわぁ……槍で触りたくないなぁ……
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アウリン(LV.29)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:気持ち悪いモンスターね! あんまり見ていたく無いわ!
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ヴィヴィアン(LV.28)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:どんな攻撃をして来るのか見極めないと。
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ラピス(LV.30)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪テラーバースト≫
備考:こいつ、私たちが見たやつとは違う!
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シシャス(LV.30)
性別:女
ジョブ:弓術士
スキル:弓の才(弓の基本技術を習得し、弓の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪ホークアイ≫
備考:このモンスター……魔力の流れがおかしい……
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