第103話 トレントの森
《賢者の塔》――その中でも霊樹の森と呼ばれる階層。
今日もまた、トレント狩りのために探索者たちが集まっている。
その中心に立つのは、青い長髪を編み込んだハーフアップの女性――ラピス。
整った顔立ちに冷静な瞳をたたえた彼女は、仲間たちを前にして静かに口を開いた。
「昨日お話しした通り、私たちは院長様の病を治すために、トレントから樹液を集めてきました。でも……あの樹液では、不足だったんです」
その言葉に、周囲がざわついた。
「だから……今回は、もっと濃い樹液を手に入れるために、霊樹に向かうことに決めました」
「……マジかよ。あんたらじゃ、前に挑んで返り討ちだったんじゃねえのか?」
乱暴な口調でそう口を挟んだのは、ボルダーだった。
言葉こそ厳しかったが、その目には心配の色がにじんでいる。
ラピスは一度うなずくと、背後に目を向けた。
「はい。でも今回は、ユークさんたちのパーティーが協力してくれるんです」
その言葉に呼応するように、ユークが一歩、前へと進み出る。
ざわつきが一段と大きくなった。
「兄ちゃんたちか……俺たちを一瞬で無力化したあんたらなら……確かにやれるかもな」
ボルダーは実感のこもった声で唸るように言った。
「なので……このトレント狩りのグループは、今日で解散となります。勝手を言ってごめんなさい!」
ラピスは、大きく息を吸い込むと頭を下げた。
一瞬の静寂のあと、どこかあたたかい声が広がった。
「文句なんかないさ。アンタのスキルにはずいぶん助けられたしな」
そう言って歩み寄ってきたのは、ボルダーだった。
「気にすんな。無事に帰ってこいよ」
「応援してるぜ!」
「また一緒に戦える日を待ってるからな!」
仲間たちからの励ましの言葉が次々と飛び交う中、ラピスの目元が赤くなる。
「……ありがとうございます……!」
溢れそうな涙を指先でぬぐいながら、ラピスは微笑んだ。
「むしろ……力になれなくてすまねぇ。俺たちじゃ、足を引っ張るだけだからよ」
ボルダーのその言葉に、ラピスは首を振った。
「そんなこと、ありません。皆さんと一緒に戦えて、本当によかったです……」
短い別れの時間が終わると、ラピスたちは霊樹を目指して、森の奥へと足を踏み出した。
霊樹の森 浅層。
ラピスは立ち止まり、ユークたちに振り返る。
「この辺りは、“トレントの森”と呼ばれている場所です。どの木がトレントか見分けがつきにくく、不意打ちも多いので気をつけてください」
その説明に、ユークが問いかける。
「じゃあ、ラピスさんのスキルで確認しながら進むって感じですか?」
「それが一番確実です。でも、時間がかかりすぎるので……今回は別の手を使います
ラピスは拳を握りしめると、まっすぐ前を見つめて言った。
「別の手……?」
思わずユークが首を傾げる
「はい、全力で走り抜けます!」
「ええええっ!?」
思わずユークが声を上げると、セリスやアウリン、ヴィヴィアンも困惑の表情を浮かべた。
そして――
ユークたちは、それぞれ一定の距離を取りながら、全速力で森の中を駆け抜けていた。
「はぁ……はぁ……って、本当にこの作戦で大丈夫なのか……!?」
ユークが前方を見据えて走っていたその瞬間。
「うわっ!」
後ろから鋭い木の槍が突き出された。
だがそれは彼を捉えられず、すぐに木に戻って元の姿に戻る。
「本当に……当たらないのね」
アウリンが息を整えながら小さくつぶやく。
「はい。トレントは感知してから攻撃するまでに、少しだけ間があるんです。その間に抜けてしまえば、攻撃は避けられます」
ラピスが説明すると、すぐ隣から別の声がした。
「……でも、どの木がトレントか分からなくなっちゃうから、狩りには全然向かないんだ」
そう話したのは、ラピスのパーティーの一人――ピンクのショートカットに、長袖のトップスと短パンを合わせた小柄な女性だった。
「なるほど……。あなたは、たしか……シシャスさん?」
アウリンが問いかけると、その女性はこくりと頷く。
「……シシャスでいい。そろそろ次のエリアに入るから、準備して」
彼女は淡々とした声でそう言うと、無表情のまま弓に矢をつがえた。
「次って……?」
セリスの問いに、ラピスが答える。
「霊樹の森の中層。“イタズラ猿の遊び場”です」
その名の通り、ここから先はさらに厄介なモンスターが出現する。
「ここから先は、トレントに加えてロングテールっていう小さな猿のモンスターも出てきます。木の実を投げたり、トレントをけしかけたり……。粘着の実で動きを止めてからトレントに襲わせる連携もしてきます」
「うわぁ……」
思わずユークが顔をしかめる。
「えっと~、それってどう対応すればいいのかしら?」
のんびりした口調で問いかけたのは、ヴィヴィアンだ。
その問いに、シシャスが静かに口を開く。
「……ボクがスキルで先制する。敵が行動を始める前に、狙い撃つ」
その口調には、迷いがなかった。
「スキルって……?」
セリスが興味を示すように身を乗り出す。
「うん。EXスキル」
そう言って、シシャスが小さく詠唱する。
「発動。≪ホークアイ≫……!」
その瞬間、彼女の瞳が魔力の光で淡く輝き始めた――。
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ユーク(LV.28)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:経験者がいるとやっぱり早いな。
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セリス(LV.28)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:へぇ~。目に魔力を集めるんだ……
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アウリン(LV.29)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:ラピスさんたちが居なかったら、もっと突破は面倒
だったわね……
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ヴィヴィアン(LV.28)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:試しに攻撃を受けてみたけど、全身鎧を着てればトレントの不意打ちも問題ないみたいね。
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ラピス(LV.30)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪テラーバースト≫
備考:ヴィヴィアンさんあの重量物を着て私たちと同じスピードで走ってるの信じられない……
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シシャス(LV.30)
性別:女
ジョブ:弓術士
スキル:弓の才(弓の基本技術を習得し、弓の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪ホークアイ≫
備考:セリスさんがボクのことじっと見てる……怖い……
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