第102話 霊樹の森へ
誰もが口を閉ざし、静まり返った部屋の中で、ユークは静かに一歩を踏み出した。
ラピスのそばにしゃがみこみ、床に散らばった瓶の破片をそっと拾い上げる。
「……ラピスさん。落ち込まないで。あなたの霊薬がなければ、院長さんは助からなかったかもしれない」
ユークの声は静かだったが、確かな思いが込められていた。
「でも……」
ラピスは顔を伏せたまま、小さくつぶやく。
「霊薬の効果が弱いなら、樹液を濃縮して濃くすれば霊薬の効果も強くできるんじゃないかしら?」
ヴィヴィアンが静かに提案する。
「……できるなら、そうしてるわよ」
ため息まじりに、アウリンが応じた。
「濃縮には専用の設備が必要なの、少なくともこの街には無いわ……」
誰も言葉を続けられず、部屋には再び静けさが戻る。
だが、次の瞬間──
「……取りに行こう」
ユークは拳を握りしめ、静かに言った。
「……え?」
ラピスが目を見開いて問い返す。
「霊樹に行って、院長先生を救うための濃い樹液を取りに行こう! これまでしてきた努力が報われないなんて、俺は認めたくない!」
勢いを込めてそう言い放つユーク。
もうずっと昔のことのように感じるが、カルミアと共にいたころの彼は、どれだけ努力しても認められることがなかった。
だからこそ、ラピスの姿にかつての自分を重ねていたのだ。
「ちょっと、勝手に決めないでよ……」
アウリンがため息まじりに口をはさむ。
どこか呆れたような調子ではあったが、その口元にはかすかな笑みが浮かんでいる。
「頼む、みんな! 俺は彼女の努力を、無駄に終わらせたくないんだ!」
ユークは仲間たちに向かって深く頭を下げた。
「ふふっ、仕方ないわね。いいわ、付き合ってあげる。どうせトレント相手じゃ、私たちのレベルはもう上がらないもの」
アウリンが笑顔で答える。
「私は、ユークと一緒ならどこにだって行くよ!」
セリスは自信に満ちた表情で、まっすぐにユークを見つめた。
「こんな流れじゃ、さすがに嫌とは言えないじゃない……でも、無理だと判断したら引きずってでも撤退するからね。命あっての物種だもの」
ヴィヴィアンも渋々といった様子で、了承する。
そんなユークたちを前に、ラピスは困ったように目を見開いた。
「えっ……でも、あのモンスターってすごく強くて……近づくだけでも危ないんですよ!?」
言葉に詰まりながらも、不安を隠せない様子で彼女はユークに問いかける。
「ラピスさん」
ユークはそっとラピスの手を取り、両手で包み込むように握った。
その温もりが、彼女の指先にゆっくりと伝わっていく。
「……君の力が、今の俺たちにはどうしても必要なんだ。君がいてくれたら、どんな困難でもきっと乗り越えられると思う。だから……一緒に来てくれないか?」
彼のまっすぐな眼差しと誠実な言葉に、ラピスは頬を赤らめる。
「…………はい」
その返事はかすかでも、しっかりとした思いがこもっていた。
そんなやり取りを、すぐ背後で見ていたアウリンは、静かにため息をつく。
(ユークったら変なテンションで言葉が完全におかしくなってるわ……。これ、完全に誤解してるわよね? まあいいか。案内役がいるなら、こっちとしても助かるし)
アウリンの心には冷静な計算が巡っていた。
こうして、ユークたちはラピスのパーティーと手を組み、霊樹の森――
その奥に潜む謎のモンスターに挑む決意を固めた。
まずは準備を整えるために、それぞれ行動を開始する。
アウリンとヴィヴィアンは、ラピスに同行して孤児院へ向かった。
院長の様子を自分の目で確かめるためだ。
一方、ユークとセリスはラピスの仲間のひとりと共に、ギルドの書庫を訪れた。
モンスターの正体を知る手がかりを求めて、古い資料を読み漁っていく。
そして夕方。
ユークたちはそれぞれの成果を手に、自宅に戻って再び顔をそろえた。
「現状維持はできるけど……」
アウリンが重い口を開く。
「私の霊薬でも院長さんを治すには足りない。でも、樹液はまだ残ってるから、しばらくはトレントを狩らなくても平気よ」
「こっちも……手がかりは得られなかった」
ユークはため息まじりに言葉をこぼす。
「調べたけど、図鑑に載ってる魔物に似たものはいなかった。完全に未知のモンスターだ」
そう言って、ユークは疲れた顔を見せた。
「そんな……それって、かなりまずいんじゃない?」
ヴィヴィアンが不安そうな顔でつぶやく。
「それとアズリアさんやダイアスさんに会おうとしたけど、今日も手が空いてないみたいで会えなかったよ……」
「そう……」
アウリンが短く応じる。
その場に、しんとした静けさが広がった。
だが――誰ひとりとして、「やめよう」と言い出す者はいなかった。
そして翌日。
ユークたちは、再び《賢者の塔》へと足を運んだ。
塔の前では、すでに到着していたラピスたちが待っていた。合流したとき、彼女たちの表情には昨日までとは違う、はっきりとした決意が見て取れた。
ラピスもまた、迷いを捨てたかのように背筋を伸ばし、しっかりと前を向いている。
「準備はできています。私たちも、がんばりますから」
ラピスは、ユークの手を握ってにこっと笑った。
「うん。頼りにしてるよ」
ユークが静かに頷く。
こうして――
二つのパーティーは力を合わせ、霊樹の森、そしてその奥に潜む未知なる存在へと立ち向かうこととなった。
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ユーク(LV.28)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:そういえばラピスさんが中々手を放してくれなかったな……
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セリス(LV.28)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:あの人、ユークをエッチな目で見てた……
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アウリン(LV.29)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:ラピスさん、私達二人がユークの恋人だって知ったらどう思うのかしら……?
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ヴィヴィアン(LV.28)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:ユーク君ったらラピスさんとくっつきすぎじゃないかしら?
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ラピス(LV.30)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪テラーバースト≫
備考:なんだか勇気が湧いてきたわ!
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