第101話 八割
ダンジョンから戻ったユークたちは、まっすぐにギルドへと足を運んだ。
ラピスとは、ここで落ち合う約束をしていたからだ。
「まだ来てないみたいね……」
アウリンが辺りを見回しながら、ぽつりとつぶやく。
「俺、ちょっと受付行ってくるよ」
ユークはそう言って仲間たちに声をかけると、一人カウンターへ向かった。
受付嬢にマンティコアの魔石を見せると、彼女は驚いた顔を見せてから説明を始める。
その内容は、ダンジョンでボルダーから聞いた話とほとんど同じで、特に新しい情報は無かった。
だが、話の終わりに思わぬ言葉が飛び出した。
「それと、今後はギルドの書庫をご利用いただけます」
「書庫……ですか?」
聞き慣れない単語に、ユークは首をかしげる。
「はい。ギルドの地下にある資料室です。さまざまな本が置かれていて、ユーク様の現在のパーティーメンバーであれば、自由に閲覧できますよ」
(アウリンが聞いたら喜びそうだな……)
ユークは話を聞きながら、仲間の顔を思い浮かべた。
「ただし、本の持ち出しは禁止です。写し取るのは自由ですが、傷つけたり汚した場合は弁償になりますのでご注意ください」
「わかりました。ありがとうございます」
軽く頭を下げて礼を言うと、ユークは仲間のもとへ戻っていった。
「あっ、もう来てるわよ!」
アウリンが手を上げてユークに呼びかける。
そこには、セリスやヴィヴィアンと楽しげに話す女性たちの姿があった。その中には、ダンジョンで言葉を交わした女性――ラピスの姿もある。
「あ、どうも……」
「はいっ! 今日はよろしくお願いしますね!」
ユークの挨拶に、ラピスは明るい笑顔で応えた。
そのあと、ラピスがほかの三人の仲間を紹介し、ユークたちも簡単に自己紹介を済ませる。
「じゃあ、さっそく霊薬の作り方を見せてもらえる?」
アウリンがさっきまでの和やかな笑顔を引っ込め、真剣な表情で問いかけた。
「あっ、はい……じゃあ、うちの宿にご案内しますね」
突然の変化に少し驚きながらも、ラピスは小さくうなずき、歩き出す。
彼女に連れられて到着した宿は、ユークたちが以前泊まっていた場所よりもずっと豪華だった。
手入れの行き届いた廊下に広々としたロビー、その外観だけでも、宿泊費の高さがうかがえる。
「ここでいつも霊薬を作ってます。今、用意しますね」
ラピスが案内したのは、部屋に備え付けられた小さなキッチンだった。
調理に使われた形跡はなく、霊薬作り専用として使われていることが伝わってくる。
「準備ができたので、始めますね。まずは……」
彼女の手つきは落ち着いていて無駄がなく、何度も繰り返してきた作業であることが伝わってくる。その様子は、ユークたちの目にも熟練の職人のように映った。
アウリンは真剣な表情を崩さないまま、ところどころで質問を挟み、彼女の説明にうなずきながら理解を深めていく。
だが、不思議なことに──霊薬作りが進むにつれて、アウリンの表情は次第に険しくなっていった。
「……はい! これで霊薬の完成です!」
ラピスが瓶を高く掲げ、完成した霊薬を誇らしげに見せる。
「おお〜!」
「すごーい!」
「プロの技だわ〜」
ユークたちは感嘆の声を上げた。
透明だった樹液が、少しずつ色を変えていく様子は、いつまでも見ていたくなるほど美しかった。
だが──肝心のアウリンは眉をひそめたまま、こめかみに指を当てて黙り込んでいる。
「えっと……あの……?」
困ったように、ラピスがアウリンの反応をうかがった。
「……手順は合っていたし、やり方も丁寧で良かったと思うわ……」
ようやくアウリンが口を開くと、ラピスは安心したように小さく息を吐く。
「一部にオリジナルの工程が入っていたけど、それ以外はほとんど完璧だったと思う。器具や技術の都合でどうしても再現できない部分を、工夫して補おうとする努力も感じられたわ」
その言葉に、ラピスと仲間たちは一気に笑顔を取り戻した。
「はい! うまくいかなかった部分を、みんなで力を合わせて考えたんです!」
ラピスは嬉しそうに話したが、アウリンの表情は変わらなかった。
そして、長い沈黙のあと──彼女はゆっくりと、言いにくそうに重い口を開いた。
「……その……すごく言いにくいんだけどね。あなた達が省略した工程……あれって、霊薬作りにおいて一番大事な部分なのよ」
「……えっ?」
場の空気が固まる。
「正直に言うと……その霊薬、本来の効果の二割くらいしか出せてないと思う」
「…………え?」
ラピスは、笑顔を貼りつけたまま動きを止めた。
「えっ、あの……それって、どういう……?」
混乱した様子でラピスが尋ねる。
「言葉通りの意味よ。霊樹の樹液が本来持つ力のうち、八割が製薬の工程で失われているの」
アウリンは苦い表情で、うつむきながら説明を続ける。
「で、でもっ! 私の霊薬は、院長様にも……」
ラピスが縋るように言葉を返す。
「……それだけ素材の質が良かったってことね」
アウリンは冷静な声で言い切った。
「そんな……」
ラピスは力なく膝をつき、その手から滑り落ちた霊薬の瓶が床で砕ける。
誰も言葉を発することなく、ただ視線を落としたまま動かない。
部屋の空気は、言葉にできないほど重く沈んでいた。
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ユーク(LV.28)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:空気が……空気が重い……
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セリス(LV.28)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:ど、どうしよう……
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アウリン(LV.29)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:今は私に出来ることをしないと……
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ヴィヴィアン(LV.28)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:かける言葉が見つからないわ……
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ラピス(LV.30)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪テラーバースト≫
備考:そんな……私たちのやってきたことって……
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