第100話 霊薬と階層の謎
「ねえ、ちょっといいかしら?」
ラピスの話を聞き終えたアウリンが声をかける。
「はい、なんでしょうか……?」
ラピスはわずかに目を潤ませたまま、小さく首をかしげてアウリンの方を見つめた。
「その霊薬って、誰が作ったの?」
アウリンの声にはいつになく真剣な響きがあった。
「ギルドの書庫で本を読んで……それを見ながら、自分で作りました……けど」
ラピスは戸惑いながらも、正直に答える。少し自信なさげな様子が伝わってきた。
「はぁっ!?……自分で?」
アウリンの眉が跳ね上がる。
「ひゃっ……!」
ラピスは驚き、思わず肩をすくめて一歩あとずさった。
「ああ、ごめん。びっくりさせるつもりじゃなかったのよ……」
アウリンは慌てて手を上げて謝り、こめかみに指を当てて考え込んだ。
「霊薬を作るのって、難しい作業が多いし、高い技術も必要なの。だから、独学で作ったって聞いて……すごいとは思うけど、ちょっと信じられなくて……」
「そうなんですか……?」
ラピスが小さくつぶやく。
「ええ、そうよ。……悪いけど、あとで薬を作ってるところを見せてもらってもいい?」
アウリンが申し出ると、ラピスは笑顔でうなずいた。
「もちろんです。喜んでお見せしますね!」
そのやり取りが一段落したところで、ユークが控えめに声を上げた。
「あの……さっきの話で、ちょっと気になったことがあるんですけど。質問してもいいですか?」
「あ、はい。どうぞ」
ラピスが向き直り、ユークに視線を向けた。
「霊樹の樹液を採ってるうちにレベルが30になったって言ってましたけど……ここ、二十一階ですよね? 通常だと、ここでは26レベルまでしか上がらないんじゃ……」
ユークの疑問に、ラピスとボルダーが顔を見合わせる。
「は……?」
「え……?」
何とも言えない沈黙が場を支配した。
「……あれ?」
2人の反応に、ユークは自分が何か大きな勘違いをしているのでは、と不安になっていく。
「……あー、そういや。兄ちゃんはボス部屋から直で来たって言ってたな。なら知らないのも無理ないか……」
ボルダーはひとりで納得したようにうなずくと、ユークに説明を始めた。
「今、俺たちがいる場所はな。二十一階から三十階まで、全部がひとつの広いエリアになってるんだ」
「全部……つながってる?」
ユークは思わず聞き返す。
「ほら、前は階が上がるごとにモンスターも強くなってたろ? でもここは違くてな、いろんなレベルのモンスターが一緒の階層に出てくる。だから、ここでレベル三十まで上がるのは別におかしくはねぇってわけだ」
そこでボルダーは一度言葉を切り、ゆっくりと口を開いた。
「そういや、兄ちゃん達は……ここで他のパーティーと会うの、初めてなんじゃねぇか?」
「……うん。そういえば、ちょっと不思議だった。なんで他の人がいるんだろうって」
ユークが思い出すように言うと、ボルダーはうなずいて続けた。
「二十階まではな、パーティーごとに別々のダンジョンに入れられていたらしい」
「別々のダンジョン……?」
「だがこの階層はダンジョンがひとつしかねぇんだよ。そこに全パーティーまとめてぶち込まれる。だから、他の連中と出会うこともあるってわけだ」
「なるほど……そういうことだったんですね」
ユークはようやく状況を理解し、納得したようにうなずいた。
「ちなみにこの情報はな、二十階のボスを倒したあとにギルドで教えられるんだよ。『他のパーティーと会うかもしれないから注意しろ』ってな」
「……えっ?」
その瞬間、ユークの体が固まる。
「その……俺が言うのもなんだが。情報確認もせずに突っ走るのは、ちょっとマズかったんじゃねぇか? 今回は兄ちゃんが被害を受けた側だったけど、もし逆だったら……って考えると怖いだろ?」
ボルダーのまっすぐな言葉が、ユークの胸に刺さる。
そのとき、不意に背中に視線を感じた。
振り返ると、ヴィヴィアンが静かにこちらを見つめている。表情はヘルムに隠れて分からない。けれど、彼女がかけてくれた言葉が頭に浮かんでくる。
『待って、ちょっと見るだけの話だったはずよ!』
『だーめ! 約束したんだから一度帰りましょう?』
ユークは思わずうつむき、顔を赤らめた。
「ご、ごめんっ! 俺、ちょっと調子に乗ってた……!」
勢いよく頭を下げる。
「あっ、いや、俺はそこまで言いたかったわけじゃ……」
突然の謝罪に、ボルダーが困ったように手を振った。
雰囲気的にも、もうトレント狩りを続ける空気ではなかったため、その日の活動はここで終わりとなった。
ラピスはグループの仲間たちに何度も頭を下げていたが、彼女の真摯な態度と事情を聞いた仲間たちからは、誰ひとりとして不満の声を上げる者はいなかった。
こうして、少し早めに終わったこの日の探索。
それはユークにとって、ひとつの学びとなった。
"行ける"と思った瞬間こそ、一歩立ち止まるべきなのかもしれない。
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ユーク(LV.28)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:ちょっと考え無しだったなって。
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セリス(LV.28)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:あの声どうやって出してるんだろ……? ラピスさんもう一回見せてくれないかな……
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アウリン(LV.29)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:その“霊薬”ってやつの実物を見てみない事には……
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ヴィヴィアン(LV.28)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:ユーク君と目が合ったと思ったら、突然謝りだして驚いちゃったわ。
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ボルダー(LV.??)
性別:男
ジョブ:??
スキル:??
備考:仕方ない、十九階辺りで今日の分を稼ぐか……
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ラピス(LV.30)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪テラーバースト≫
備考:なんか詳しそうな人に私の霊薬を見て貰えるみたい!
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