第98話 擬態
「五千ルーン!?」
思わず声をそろえたユークとセリスは、顔を見合わせて絶句した。
二人と違い、アウリンとヴィヴィアンは金額を聞いても動じなかった。最初からその価値を知っていたのだろう。
「そりゃあ、そんなに稼げるとなれば、横なぐりを狙う連中も出てくるか……」
ユークが小さくうなずきながら言葉を漏らす。
「でも……この森、広いよね? わざわざ他の人のを取らなくても、別の場所でやればいいんじゃない?」
セリスが両手を広げ、不思議そうに首をかしげる。
「ああ、いや……場所の問題じゃねえんだ。なぁ、ラピス。見せてやってくれ」
ボルダーが、これまで沈黙していた女性に声をかけた。
「あっ……はい!」
呼ばれたラピスは慌てて一歩前に出る。
「こちらが、私の探索者カードです」
ラピスは手にしていた槍をそっと地面に置き、両手でカードを差し出した。
ユークはそのカードを受け取り、目を細めて情報を確認した。
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ラピス(LV.30)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪テラーバースト≫
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「……槍術士、レベル30。槍の才……それに、EXスキル? テラーバーストって……」
スキル名を見た瞬間、ユークが目を見開いた。
「えっ、EXスキル??」
隣でカードを覗き込んでいたセリスも、驚きの声を上げる。
「はい。ちょっと変わったスキルなんですけど、今から実演してみますね」
ラピスはにこりと笑って言った。
「えっ……今?」
ユークが戸惑いの表情を浮かべる。
「ちょっと耳を塞いでてくださいね。すぅぅぅ――」
ラピスが大きく息を吸い込むのを見て、ユークが慌てて声を上げた。
「待って、準備――」
「《テラーバースト》!」
「ゴガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
ラピスの叫びが森の中に響き渡った。
ユークは言われたとおりに耳をふさいでいたため無事だったが、ヴィヴィアンは兜をかぶっていたため、耳を塞ぐことが出来なかったようで、兜を押さえてよろめいている。
「っ……! いきなり何をするんだ!」
唐突な行動に、ユークが思わず声を荒げた。
「……ケホッ、ごめんなさい。でも、実際に見てもらった方が早いかと思って……」
ラピスは喉を押さえつつ謝罪し、森の奥を指差す。
その先では、一本の木が小さく震えていた。
「……動いてる?」
セリスが目を凝らして呟く。
幹がねじれるように変形し、その姿が徐々に変わっていく。やがて現れたのは、先ほど見かけたモンスター――トレントだった。
「まさか……木がモンスターに? でも、あのときのは最初から……」
ユークが目を見開きながら言葉を漏らす。
「この階層の森には、トレントが擬態した木が混ざっているんです。見た目じゃ判断できませんし、攻撃しても擬態中は何も反応せず、そのまま元の木に戻ってしまうので、見つけるのはとても難しいんです」
ラピスは静かに説明を続けた。
「ってことは……見つけられなきゃ、戦うことも出来ないのか……」
ユークが思わずつぶやいた。
「はい。だからこの階層でのトレント狩りは普通のやり方では非常に難しいんです。まずトレントに先に攻撃をさせて、擬態を解除できなければ戦えないので」
擬態が解かれたトレントは、ボルダーたちや周囲の探索者たちによって、すぐに討伐された。
「私のEXスキルは、音の衝撃でトレントの擬態を無理やり解除する効果があります。範囲は広めですが、あまり何度も使えるものではなくて……」
ラピスの説明を聞き、ユークは納得する。
たしかに、スキルで擬態を解いた直後に他の者が攻撃すれば、それは「横殴り」と言われても仕方がないのかもしれない。
「はぁ……分かりました。そういう事情なら……」
ユークがため息をつきながら話をまとめようとしたそのときだった。
「ちょっと待って」
突然、アウリンの鋭い声が響く。
「ん?」
「え?」
ボルダーとユークが同時に彼女を見た。
「ボルダーさんはちゃんと謝ってくれたし、お詫びももらった。でも、ラピスさん。あなたからは何もなかったわよね? 土下座だけで許されると思ってるの? こっちは殺されかけたのよ!」
アウリンが怒りを隠さずに詰め寄った。
「え、えっと……どうすれば……」
ラピスはオロオロと目を泳がせた。
「俺たちから徴収してる霊樹の樹液、たっぷり溜め込んでるんだろ? それを渡せばいいじゃねぇか」
そんな彼女にボルダーが助け舟を出す。
「徴収……?」
ユークが首をかしげる。
「おう。俺らはコイツのスキルでトレントを狩らせてもらってるからな。手に入った樹液のうち三割をコイツらに渡してるんだ」
そう言って、ボルダーが肩をすくめた。
「……だそうだけど?」
アウリンがラピスに鋭い視線を向ける。
ラピスは一瞬だけ目を伏せ、それから意を決したように顔を上げた。
「……すみません。それだけは許してもらえませんか? あの樹液は、私たちにもどうしても必要なものなんです……」
その言葉に、ユークは少しだけ考え込む。
ラピスの真剣な表情からは、切実な事情があることが伝わってきた。
そんな彼女から謝罪の代わりに樹液を取り上げるのは、少し気が引ける。
だが、アウリンの様子を横目でうかがうと、不満を隠しきれていないのが分かった。
理由を聞けば、アウリンも納得してくれるかもしれない。
「……よかったら、その理由を教えてもらえますか?」
ユークの問いかけに、ラピスは静かにうなずいた。
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ユーク(LV.28)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:いくら何でも、いきなり大声を出すのはどうかと思う。
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セリス(LV.28)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:ラピスのスキルを耳を塞がず自力で無効化し、その後はすぐに攻撃できるよう構えていた。
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アウリン(LV.29)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:何か落とし前はつけてもらわないと。
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ヴィヴィアン(LV.28)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:ラピスのスキルをまともに食らってしまい。殴りたいほど怒っているが、ユークの手前、感情を押し殺して黙っている。
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ボルダー(LV.??)
性別:男
ジョブ:??
スキル:??
備考:周囲に出現したトレントを狩った後、ユーク達の元へ戻ってきた。
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ラピス(LV.30)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪テラーバースト≫
備考: 「音の衝撃で擬態を解く効果」と説明しているが、実際は声に魔力を乗せて放ち、範囲内の弱い魔法効果を無効化するスキル。
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