観覧車とアネモネ
「少しは楽しそうにしろよ」
逸見が笑う。
けれど、私はこの男が本気で笑っているところを見たことがない。目が笑っていないとか、そんな次元ではない。きちんと笑ってはいるが、それはどこかで見た誰かのコピーを再現しているだけにしか見えないのだ。
「逸見と? 観覧車を? 楽しむの? 本気?」
「お前、そんなんだから彼氏できないんだぞー」
「いらないし」
「できないの間違いじゃね?」
ふてぶてしい逸見の横顔を見る。
同期会の飲み会の帰り、誰かが「観覧車乗ろうよ」と言い出した。酔っぱらいは電飾に引き寄せられる生き物らしく、一番目立つ大きなそれを目指して愉快に歩いてきたのだ。
ところが、寒い中歩いた来たせいで酔いはさめて冷静になり、あっという間にそれぞれ「ちょっといいな」と思っている相手と観覧車へ乗り込んでしまった。
残ったのが、私と逸見だったのだ。
「残り物同士だろ。十五分くらい仲良くしようぜー」
「全く心がこもってない」
「お前、本当に俺のこと嫌いね」
「そっちが私を嫌いなんでしょ」
「誤解だよ。大好きだよ」
「嘘つけ」
顔を見ずにする軽薄な会話が狭い空間で床に落ちていく。
金平糖のようだ。
私たちの無意味な声があの色とりどりの粒になって、ゴンドラの鉄板の床にカンッカンッと落ちていく。粒を踏めば、砕ける。そんな意味のない時間。景色は綺麗だけど。
しばらく黙っていると、逸見は笑った。
「本当だよ。好きだよ」
「うーわー、びっくりするほど響かない」
私がそう返すと、逸見は「残念」と嬉しそうに言う。
金平糖が落ちる。
わかる。
この男は女が嫌いなのだ。女という生き物。そのカテゴリー。それだけで、憎悪の対象なのだ。どうしてそうなのか、興味など微塵もない。きっと誰も愛せないのだろう。だから、綺麗に隠して笑う。
「私は逸見が嫌いだし、逸見は私が嫌い。それでいいでしょ。試さなくても私は一生逸見を特別になんてしないよ」
私から金平糖を落とすと、逸見はそれをつま先で蹴るように鼻で笑った。
「いいね。それ」
ゴンドラが頂上付近に近づく。
和やかな笑い声なんて響かない。
二人で金平糖を落として、夜景を眺めて、この何も起きない十五分を退屈しながら安心して過ごす。
「いいね」
逸見が繰り返す。
夜の外に投げ出されそうな観覧車の一部になって、廻っていく。
恋にも愛にもならない関係が、今この男にどれほどの安堵を与えているのだろう。
そう思うと、足元の金平糖が輝きを増したような気がした。
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なろうラジオ大賞の短編です。