第6話 喰われるもの
「痛っっ!」
「カッツ、我慢するんだ。弱虫じゃないだろう?」
僕より4歳年下の兎人の少年――カッツは、痛みに顔をしかめ目尻に涙をためながら、糸のほつれや穴が目立つ上着を脱いだ。
「これはひどい……」
カッツの脇腹には拳大のアザができていた。犯人はゴブリンだ。許せない。
「ぐっっ痛い!」
狼人のトゲトゲしい尻尾とは違って、短くまん丸とした可愛らしい尻尾がダラんと垂れ下がっていて、彼の苦痛を物語っていた。
正直言って、痛々しい。だが不幸中の幸いと言うべきか、骨は折れておらず僕の初歩的な治癒魔法でも治せそうだ。
仰向けに横たわるカッツ。その隣に座る彼のお父さんに視線を向けると、深呼吸の後に深い頷きが返ってきた。
「治癒の精霊よ」
治癒の精霊との対話を開始し、周囲に現れたクリーム色の光粒子を体に吸い込んでいく。
「治癒魔法……」
苦痛に顔を歪めていたカッツの朱色の目に希望の光が宿り始めた。その一方で、カールのお父さんは険しい表情を崩さず、胸の前で手を握って祈り続けている。
「精霊の力、魔力、慈悲の心、その全てが等しく手を結び、もがき苦しむ者を癒す力となれ――ヒール」
クリーム色の眩い光を放つ右手をアザの位置にかざす。すると、ゆっくりとアザが消えていった。
「ふぅ、なんとか上手くいった……」
怪我を治せたことに胸をなで下ろす。
カッツは……ついさっきまで強い鈍痛を放っていたアザが消え去ったことに目をパチクリしている。また、戸惑うように尻尾が左右に揺れ動いている。
そして……。
「信じられねぇ! 治癒魔法って、本当にウソみたいに痛みがなくなるんだな! ヒューマンの兄ちゃん、ありがとう!」
自分にはないハチャメチャな元気さを発揮し、最大限の喜びと感謝を伝えてくるカッツ。心の奥が温かくなっていくのを僕は感じた。
「どういたしまして」
カッツと彼の父の治療を完了したあと、僕は砂浜に土魔法で要塞を造った。ゴブリンやオークが侵入できないように、高く頑丈に造った自信作だ。
その後は腹ごしらえだ。食材はアメリアさんがエルフ魔法で生み出して、料理は僕やカッツたちが担当した。ちなみに、なぜアメリアさんが料理に参加していないのか知ってはいけない。
そして食事中、カッツたちと会話を弾ませるアメリアさんの姿から、彼女の優しい性格が垣間見れた。
そう、彼女は元来優しい人なのだ。村でも種族に関わらず多くの人から好かれていた。ただ、とある理由から僕に対して冷たいだけなのだ。とても残念なことに。
いずれにせよ、見ず知らずの人を無条件で助けようとしたり、エルフ魔法を使えば魔力が許す限り自由自在に生み出せるとはいえ食料や水を惜しみなく分け与えるなんて、中々できない。
結局、カッツたちとはリバティーハイムまで一緒に行動することとなった。
食事中いろいろと話を聞いて知ったが、彼らは金や銀といった鉱物を扱う商人なのだそうだ。また、まだ幼いカッツは旅商人に必要な体力や商売のイロハを学んでいる最中らしい。
そして、不運にもドラゴンの巣作りが起きてしまい、危険を承知の上で彼らの故郷に向かっている最中、モンスターに襲われ、僕たちに助けられたということになる。
「ええと、あの、その……」
「なんですか?」
アメリアさんらしくない。一体どうしたのだろうか?
そして、二度の咳払いのあと……。
「ルドルフ、大事な話があるの」
「はい」
僕は無機質な返事をした。うん?
「えっ!?」
僕は驚いた。今までアメリアさんに名前で呼ばれたことがなかったからだ。それに彼女から話しかけてきたことなど今までなかった。間違いない。きっと今夜は大雨、いや怪物が降ってくるに違いない。
「どっ、どうしてですか? 急に名前で」
「うるさいわね。それならオマエって呼び捨てられたいの?」
「それは嫌ですけど」
「仕方ないわね、ルドルフで許してあげる。こほん。本題に入るけど、私が倒したオーク、変だったと思わない?」
ピンとこない。モンスターを憎むことはあっても、変などという感情を抱くことはない。
「特に何も……」
「経験の違いね。戦っていた時には特別気にしてなかったんだけど、どのオークも痩せこけていて、それに深い傷を負っているようだったの。遠くから見ても分かるぐらいに」
「でも、傷を負ったオークは特別珍しいわけでは……実際、時々村に襲ってくるオークもそうだったし」
「確かに、大森林ではめずらしいことではないわ。オークよりも強いモンスターもいるし。でも、ありえないことなの、この場所では。樹海に入る前、立ち寄った村の情報によると、この一帯では基本的にオークよりも強いモンスターはいないらしいの……」
アメリアさんの言わんとすることが段々と分かってきた。オークは捕食する側から捕食される側に転じたのだ。そして弱者となってしまったオークは、安全な場所を求めてゴブリンの巣穴を奪おうとした。正確には、奪わざるを得なかった。
原因はドラゴンの巣造り以外にないだろう。
つまり、今この近辺、樹海やセレニア湖周辺には、大乱闘を生き抜いた強力なモンスターが……。
「シィィィィィィィィィィィィィ――!」
頭が割れるぐらい大きな威嚇音が響き渡り、この場にいた全員の背筋が凍りついた。