第5話 ゴブリン、オーク、????????
助けを求める声が聞こえた方に全力疾走する。声の主、子どもと大人の男性は、岸辺にある小高い丘の向こう側にいるようだ。
「突っ切るよ」
「わかりました」
丘の斜面を蛇行するように通る道を無視し、最短距離で向かう。斜面に生い茂っている植物のトゲに肌が傷ついてピリピリと痛むが、今は我慢どきだ。
「今のうちに……火と氷の精霊よ」
アメリアさんが精霊との対話を開始した。すると赤または水色に輝く光の粒子が無数に現れた。と同時に、アメリアさんの体に粒子が吸い込まれていく。
「えっ?」
はっきり言って、僕は仰天した。
2つの魔法を一度に装填する、つまり2柱の精霊の力を吸収し、体内の魔力と混合させることは、一言も聞き逃さず同時に2人と会話することと等しいからだ。
そもそも魔法を使うことは非常に難しい。
1つだけでも難しいことを2つ同時にやろうとするなんて、信じられない。正直なところ、今この瞬間に魔力暴発が起こって一帯が吹き飛んでもおかしくない。
「あの、アメリアさん……魔法取消して1つの魔法に集中した方が……」
「……慣れてるから」
「えっ?」
「慣れてるから問題ないってこと!」
「わっ、わかりました」
そう言い切られてしまったのだから信じるしかない。
「「「キィィィィィィ!」」」
聞き覚えのあるモンスターの威嚇音が轟いた。続いて聞こえた、鈍器がぶつかり合う音。
「間違いない……ゴブリンだ」
「それもかなり多くの……おそらく数百はいる」
「「誰か――!」」
助けを求める声は先ほどよりも荒立っていて、心臓の鼓動が跳ね上がった。
そして丘の頂上に着き、一度立ち止まった。何が起きているのか正確に把握するためだ。
丘を下りたところには純白の砂浜が広がっていて、泳いだり、景色を眺めたりして過ごせたら最高だと思う。そんな風光明媚の地がモンスター同士の血生臭い争いによって台無しにされていることに、僕は苛立ちを覚えた。
そして助けを求めていたのは、恐怖からうずくまっている兎人の親子だった。親子の周りには結界が張られていて、モンスターからの攻撃を防いでいる。だが、結界にヒビが入っていることから予断を許さない状況にあるようだ。
「ゴブリンだけじゃない……オークも数十体いる。状況から判断すると、ゴブリンとオークの争いに兎人の親子が巻き込まれたのか?」
僕はひどく焦った。2メートルを超す巨体――オークの存在に。過去のトラウマが呼び起こされて、心臓がきつく握りしめられているように感じる。
「あそこ」
アメリアさんが指差す方向を注視する。砂浜から少し離れたところに、洞窟らしきものがある。
「洞窟の中からゴブリンが武器を持って出てきてる。オークと戦うために。理由は分からないけど、オークがゴブリンの棲家を奪おうとしているってところね」
「アメリアさん、どうしますか?」
「魔法の準備が出来たから私に任せて」
アメリアさんの周囲に浮遊していた光の粒子はなくなり、代わりに体から魔力がにじみ出ている。
「行くよ」
「アメリアさん!」
アメリアさんが僕のことを置き去りにして、丘を勢いよく下り出した。
丘の中腹まで下がり、モンスターにある程度近づいたところで魔法を放つつもりなのだろうが、察しろというスタンスは止めて欲しい。僕は言葉足らずなアメリアさんに対してため息をついたあと、彼女のあとを追った。
「解き放て絶対零度の刃――」
そしてアメリアさんは腰から剣を抜き、構えると詠唱を言い放った。その瞬間、全てを凍りつかせる絶対零度の風が刀身をグルグルと駆け巡り、僕は彼女の背後で大きく身震いをした。
「フローズン・ブレード」
アメリアさんが剣を薙ぎ払う。その瞬間、扇状に吹雪が解き放たれ、モンスターは動きを止めて、アメリアさんへと恐怖の視線を向けた。電光石火の速度で伝播する吹雪は、数百メートル離れたモンスターの大群のところまで一瞬で到達した。
モンスターは断末魔を上げることすらも許されず、吹雪が通り過ぎたあとに残ったのは、数瞬前までモンスターだったもの、今はモンスターの形をした氷像だった。
「すごい……」
無意識のうちに僕はつぶやいていた。魔力量と魔法の威力ではアメリアさんに勝っていると自負しているが、こんな一瞬で全てのモンスターを無力化してしまうなんて信じられない。
僕はあっけに取られて、思考が停止してしまった。だが、ハッとした。
「兎人の親子は!」
モンスターを倒したとしても、兎人の親子も凍らせてしまったら元も子もない。
「無事よ。あの結界に氷魔法への耐性があることを理解した上で、今の魔法を使ったから」
「ほんと……だ」
アメリアさんの言う通り、兎人の親子の場所だけ凍りついていなかった。兎人の親子はうずくまったまま、混乱した様子で周囲を見回している。だが、無事のようだ。
「親子のもとに急ぎましょう!」
巣穴からゴブリンが再び現れるかもしれないし、すぐさま親子をこの場から運び出すべきだろう。
「待って」
そう言うと、アメリアさんは右手に持った剣で駆け出そうとした僕を制止した。
「……?」
「ゴブリンを倒せても、氷耐性を持っているオークのことは一時的にしか動きを止められない。再び動き出す前に、火魔法でトドメを刺すわ」
「でも、あの結界に火魔法への耐性はないはずじゃ?」
「大丈夫。オークだけを狙うから」
不安だ。
「焼き尽くせ――ファイア・ボム」
アメリアさんは、オークの氷像群へと右手をかざし火の玉を放出した。
その結果、オークは氷像ごと焼き払われ、残ったのは灰だけだった。ちなみに、ゴブリンを覆う氷の膜の一部は溶けてしまったが、問題なかった。すでに生き絶えていたからだ。